第一章「赤毛の魔導師カラナ」

1-1:強襲

 テユヴェローズ共和国は、大陸の南に位置する海に面した海洋国家である。


 その首都から外れた林道の中。

 ぼろぼろの黒いローブで身体をおおい、フードを目深まぶかに被った人間がひとり、おぼつかない足取りで歩を進めている。日はちょうど天中てんちゆうにあり、林の中でも光が届いているが、それでもなおフードの奥の顔は影になって分からない。


 すると、進む先のわき道から、数人の人間が慌てた様子で飛び出して来た。この辺りに住んでいる村人の様である。

 彼らは酷く狼狽ろうばいしており、周囲を激しく見まわしている。そして、黒ずくめの存在に気付くと駆け足で近寄って来た。


「あんた、コラロ村に行くつもりか!?」

「コラロ……村?」

 村人の一人の問いに、黒ずくめは問い返す。

「この先にある俺たちの村だ。いまは近寄っちゃならねぇ!

 『ゴーレム』どもの襲撃を受けてるんだ!」


 黒ずくめはふと、上を見上げる。

 木々の合間、彼らがやって来た方角の空に、黒い煙が立ち上っているのが見えた。

紅竜騎士団ドラゴンズナイツが対応してる。いいか、コトが収まるまで村に近づくな!」

 口早にまくしたてると、村人たちは反対方向へと逃げて行った。


 一人残された黒ずくめは、再び行く先の空を見上げつぶやく。

「『ゴーレム』……? 紅竜騎士団ドラゴンズナイツ……?」


  ***


 立ち上る黒煙の下。

 コラロ村と呼ばれる小さな集落では、あちこちで火の手が上がっていた。

 丸太造りの家から噴き出した炎が、周囲の木々や畑の作物を焼き、延焼して行く。


 火の粉の中を逃げ惑う村人たちを狙って、複数の小柄な影が駆け回る。

 少女の顔をした魔導人形『ゴーレム』だ。

 黒いローブをたなびかせ、小刻みに走り回っては、手にしたかしの杖の先端から、無差別に"光弾キヤノン"を放つ。


 一体の『ゴーレム』がひとりの娘を追い詰めた!

 崩れた瓦礫ガレキに逃げ道をふさがれ立ち尽くす娘に、"光弾キヤノン"を宿した杖が向けられる。

 ケタケタと笑う『ゴーレム』。

 その背後から――むちの様な光が一閃し、『ゴーレム』の首を跳ね飛ばした!


「カラナ!」

 助けに入った紅竜騎士ドラゴンズナイトの姿を見上げ、娘は安堵あんどの声を上げた。

「大丈夫? ケガはない?」

 背中に届く赤い髪をかき上げカラナは、娘に手を差し伸べる。


 朱色のマーカーがほどこされた銀の軽装鎧ライトアーマーを身に着ける二十代なかばの女。その肩当てに描かれたあかい竜の紋章は、彼女が紅竜騎士団ドラゴンズナイツの隊長であることを示している。


「あなたも一応紅竜騎士団ドラゴンズナイツの一員なんだから、少し頑張ってよ、リリオ?」

 カラナが差し伸べた手を握り、リリオと呼ばれた娘は立ち上がる。

 年の頃はカラナと同じくらいか。こちらはカラナの軽装鎧ライトアーマーと同じマーキングがほどこされた白いローブまとっている。騎士団の衛生兵ヒーラーだ。


 リリオは頭を振る動作をして赤毛の三つ編みを揺らし、指を立てて眼鏡を直す。

「だってわたしは、貴女あなたみたいな戦闘員じゃないし……ってカラナ、来たよ!」

「!」

 リリオの言葉より先に、カラナは背後を振り返る。


 村の中央の広場となっている場所に『ゴーレム』が少なくとも十体以上。ゆらゆらと身体を揺らしながら集まり始めていた。

 その頭が一斉にカラナたちへ向き直る。

 獲物を見つけたその顔がニタリと歪み、一斉に飛び掛かって来る!

「リリオ、後ろに下がって!」


 友人を背後に隠し、カラナは右腕を胸の前にかかげ、唇を滑らせ”マギコード”を走らせる。

 二の腕に着けた金属製の腕輪バンクル、それにはめ込まれた紅い魔導石が彼女のつむぐ言葉に呼応して輝く。

 光は収束し束となって腕に絡みついた!


 腕を力強く前に突き出す動きに乗り、高熱を帯びた”光鞭プロミネンス”が一直線に突き進み、『ゴーレム』の胸を貫通する!

 攻撃を避けようと、他の『ゴーレム』が四方に飛び散る! ……が、

「甘い!」

 そのまま腕を横に振り上げる!

 その動きを追って”光鞭プロミネンス”は『ゴーレム』の身体をぎ、勢いそのまま数体の”彼女”たちをまとめて切り裂いた!

 地についた鞭の先端が爆発を起こし、虚空に消える。

 カラナの得意のかたちだった。


「カラナ、『ハイゴーレム』を倒さないとキリがないよ!」

「分かっているわ!」

 『ゴーレム』には自我がない。与えられた命令コードに従い、ただ活動するだけだ。

 仲間がたおれようとも、腕を斬り飛ばされようとも、笑顔をたたえて襲い掛かる。

 “彼女”らを止める方法は二つ。

 活動不能になるほどのダメージを与えるか、”彼女”らを統率する上位種『ハイゴーレム』を斃すかである。


 放たれた光弾を、組み上げた"魔法障壁シールド"で弾きつつカラナは、周囲を見渡す。

 どこかにこの『ゴーレム』群を率いているリーダー格の『ハイゴーレム』が控えているはずだ。それを潰せば、他は統制を失う。


「いた!」

 カラナより先に、リリオがそれを見つけ出し、指差す!

 広場に再び集まりつつある『ゴーレム』の群れ。

 その中に目的の『ハイゴーレム』は確かにいた。

 ニタニタ笑みを浮かべる『ゴーレム』に混じり、目を閉じてひたいの魔導石を輝かせつつ、”マギコード”を唱える個体。これが群れを統率する『ハイゴーレム』だ。


 見た目は『ゴーレム』とほぼ変わらない、ローブを纏ったボブカットの少女の姿。

 額の魔導石で意思疎通を図る”彼女”たちは、人間の様に外見を着飾って指揮系統を明示する必要がない。

 戦略的にも、見分けがつかない方が有利である。『ハイゴーレム』を見分ける手段は行動パターンの違いだ。


 群れを指揮する『ハイゴーレム』は、ある程度の自我を持ち、命令を下すために自ら前線へは出ない。いま、カラナたちの前にいる『ハイゴーレム』がそうである様に、後方に立ち、『ゴーレム』の指揮に専念している。

 であるならば、いっそどこかに隠れて指揮をった方が良い様に思うが、所詮しよせんは人造の生命。そこまで頭は回らないらしい。元々、物量で戦線をくのが”彼女”らの戦術アルゴリズムである。


 あれを潰せば、事態をおさめられる。

「リリオ、ここを動かないで。一気に『ハイゴーレム』を潰すわ!」

「分かった!」


 飛び掛かって来た『ゴーレム』一体を拳で殴り倒す!

 一瞬開いた『ハイゴーレム』までの軌道を見極め、カラナは駆け出した!


 反撃をかわしつつ、右手に再度造り出した”光鞭プロミネンス”で孤を描く!

 軌道上にいた『ゴーレム』をことごとく両断し、最後に鞭は爆散する。舞い上がった土煙を煙幕に、間を置かず組み上げた"光弾キヤノン"の標準を『ハイゴーレム』に合わせた!


 撃ち放つ!――瞬間、何かに足を取られ、その場に転倒する!

 的を外した"光弾キヤノン"は、はるか上空へと飛び去り爆発してしまった!

「嘘ッ!?」


 思わず叫び声を上げる。

 振り返ると、上半身だけになって斃れたはずの『ゴーレム』が彼女の足首を掴んでいた。『ゴーレム』も人間と同じ。こんなダメージを受けて動けるはずはない。

 いや。見れば両断された『ゴーレム』の傷口に光が集まり、泣き別れた上半身と下半身が急速に癒着ゆちやくしつつあった。


 その光は『ハイゴーレム』の手のひらから伸びている。

 さっきから唱えていた”マギコード”は、回復魔法リカバリか!

「コイツ……回復魔法リカバリを使うの!?」


 斃れた他の『ゴーレム』も、光に包まれ立ち上がりつつあった。

 もげた腕が、脚が、首が、逆再生の様に修復されて行く!

 魔法で復元しているとは言え、その回復力は人間を遥かにしのいでいる!


 カラナは依然として足をつかまれ立ち上がれない。

 彼女を取り囲んだ『ゴーレム』たちの杖の先端に一斉に"光弾キヤノン"の光が集まる。

「カラナ!」

 リリオの叫びをかき消し、炸裂音が木霊こだました。

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