中編

「みんな、下がって!……変身ッ!」

 最初に動いたのは近江だった。共振によっていち早く敵性体がバイサズであることを察知した彼は、その身体を一塊の殺意へと変換して鮫へと突撃する。

 シャーッ!

 殺到する刃物と化した近江の眼前に氷の盾が現れ、その鋭さを削り取っていく。鮫肌にわずかな傷を残しただけで近江の勢いは減衰し、その腕は攻撃を解除する。しかしその目は鮫の隙を伺い、その命を握りつぶさんと待ち構えている。

「我が教え子に手を出すとは、貴様が悪であることに疑いはないっ!」

 つぎに飛び出したのは只野、その手には炎、その胸には正義狂気を持って鮫の懐へと潜り込んでいく。その姿は既に変身態ヒーロースーツに包まれている。

「消し飛べ、悪!」

 ドゴォ!

 轟音と共に狂戦士の一撃が氷の盾の上から鮫本体に打撃を与える。装甲ど真ん中への超火力の直撃で拳からの火花が、削り取られた氷片が弾け飛ぶ。凹んだ皮膚から流れ出る血を気にする様子もなく攻撃動作に移る。

「生徒諸君は逃げたまえ!」

 只野が後ろも見ずに叫ぶ。何かを守りながら戦える相手ではないとの判断だ。一目散に逃げる金本と心配そうな顔をしながらも後ずさっていく入椅子。しかし、一人逆の動きをするものがいた。

「敵を目の前に逃げ出すなど、正義ではない!先生はそう思いませんか!?布団がふっとんだ!」

 突然意味の分からないギャグを言ったかと思えば、面田の体が膨れ上がり怪獣のごとき姿に変化していく。

「ええと、あれなんだろ?かい……じゅう?」

「俺が知るかよ!テレビのコント番組でなら似たようなの見たことあるかもな!」

 撤退途中の金本と入椅子が間の抜けた会話を交わす。二人の視線は面田であるはずのものに向けられている。

 そこには、テカテカとした質感の茶色の怪獣の着ぐるみに覆われた面田の姿があった。彼の飢えとは真面目すぎるが故の笑いに対する渇望、くだらないギャグは変身トリガー、そしてこのコントに出てくるような安っぽい着ぐるみ姿こそが彼の変身態なのであった。

「サメを挟めー!」

 間抜けな掛け声とは裏腹に取り出したアサルトライフルを自身に接続、視界と照準を連動させる。そこからの三点バーストによる正確な射撃が鮫に氷の盾を作らせる暇を与えず、その皮膚に穴を空けていく。

「おお、悪を打ち破るは正義なり!」

 これには只野も感嘆の声を上げる。その悪役然とした変身態はあまり気にならないようだ。

「只野さん、敵の攻撃が来ます!」

 近江の叫びにより皆が鮫の動きに注目する。鮫の頭のうち一体が天に向かってうなり声をあげる。すると見る見る内に黒い雲が現れ、雨が容赦なく降り注ぐ。さらには雷まで落ち、直撃を受けた木が倒れてゆくのが遠くに見える。

 さらにまた別の頭がうなりをあげると、周囲の気温が急激に下がり始める。天気が悪くなっただけでは説明のつかない冷気に、皆が凍えだす。

「あーん、やっぱり降ってきたー!」

「いや、これ鮫のエフェクトですって。この時期にこんな寒いはずないですもん。」

 体をがたがた震わせながら入椅子と金本が会話する。それを見て三番目の鮫の頭が薄気味悪く笑い、さらなる雄たけびをあげる。

 次の瞬間、全ての時が止まった。嵐の音も、雷の音も聞こえなくなったのだ。

「ーーー、ーー(なあに、これ)!」

 違う。音だけが消えていることに入椅子が気付く。肌には風の吹きつける感覚も、雷で大気が震える感覚も残っている。何より鮫の第四の頭が天を向いて次なる何かを繰り出そうとしているのが見える。

 聞こえぬうなりの後にもたらされたのは湧き上がる怒り。入椅子玲子の心に、わけのわからない自分自身への怒りが芽生える。

「ーーーーー。」

 振り向けば、そこには拳を固めて殴りかかる怒り狂った金本の姿があった。

「ーーー(やめて)!」

 すんでのところでその攻撃を避けると金本は正気に返り、何事かを謝っているようだが聞こえないので入椅子はこれを無視。ふと他の皆を見ると只野、近江、面田の三人も同じような形相でこちらを見ている。その向こうには人間とは顔の構造が異なるはずなのに確かにニヤついているとわかる鮫の姿がある。

「ーーーーーーーーーーーーー(私がやるしかないってことね)……」

 最後に残された第五の頭が攻撃態勢に入る。今までと違い、大きなエネルギーによって大気が引き寄せられるのを感じる。

「シャーーーッ!」

 無音の空間で確かに聞こえた鮫の叫びととともに大気が振動する。その振動が、空気中のそこかしこにに生成されたTNTに反応開始に十分なエネルギーを与える。

「ーーー、ーーー(ちょっと、待って)!」

 只野の腕先から始まった爆発が空気を伝って次々と襲い掛かる。近江、面田、金本と爆発は連鎖し、入椅子も爆発により体が四散する。前にスマートフォンを超速度で展開。咄嗟の変身が幸運に働き、なんとか爆発を回避する。

「ーーー(えーい)!」

 入椅子のスマートフォンから射出された雷が不規則に揺れながら鮫の横腹を貫く。肉の焦げる臭いとともに周囲の風音や雨音が戻ってくるのを感じる。

「や、やった……」

「大丈夫ですか、入椅子さん!」

「ごめん!まじごめん!」

「雷撃とはえらい劇的!」

「あっぱれ正義なり!えいっ!」

 音を遮るエフェクトの効果が切れ、互いの声が聞こえるようになる。心配する近江、殴りかかったことを謝る金本、ギャグの滑りが止まらない面田、能天気だが片手間に止めをさす只野。全員無事だ。

「これ……なんなんですかね?」

 事切れた鮫の死体を前に近江が呟く。

「鮫、だな。夏の海岸で鮫が人を襲うというのは定番だからな。そういう映画はいくつも見たことがある。実際にあったのは初めてだが、被害がなくてなによりだ。」

 只野が何の役にも立たない説明をする。それくらいのことは聞かれなくても皆分かるというものだ。

「みんな、無事でよかったってことでいいじゃないですか。ね?」

 入椅子がかけより仲裁に入る。今回のMVPの前では他の人間も黙るしかない。

「ところで教官、さっきから何してるんですか?」

 面田が鮫の体をあちこちひっくり返したり、指を入れたりしている只野に問う。

「何って、これからこいつを食べるんだよ。」

「「「「え。」」」」

 四人の声が響き渡った。

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