78 外の世界から

 

 共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」から一夜明けた。レイドへの参加者は一旦現地解散し、本日またここジルトレの街に結集する予定である。


 街の中心部にある宿屋の一室で、小林怜央レオは、ひとり早朝に目が覚めた。


 まだ寝ぼけているのか辺りを見回し、明るくなり始めた窓の外を覗く様子を見せた。

 そんな彼の目に映ったのは、朝もやに包まれてぼんやりと霞む、整然とした美しい、そしてなんとなく見覚えのある街並みである。


「……夢じゃない。とうとう来たんだ。ISAOの地に」



 ◇



 昨日の丹暗誅討伐。その前後で目まぐるしく変わる周囲の状況に、レオは正直かなり戸惑っていた。


 ひとつひとつ、短い間に起こった出来事を挙げていけば。


 ・香里奈と二人で無謀とも言えるレイドクエストに挑戦したこと。


 ・助っ人の獣化プレイヤーたちとの出会い。


 ・続々と駆けつける応援とレイドの成功。


 ・ISAO世界に閉じ込められた大勢のプレイヤーたちとの新たな出会い。


 でもそんな中、彼にとって嬉しい出来事があった。救援に駆けつけたメンバーの中に、この旅の目的である探し人の懐かしい顔を見つけたことだった。


稲羽イナバ! 稲羽だよな?」


「小林!?」


 一緒にISAOを始めた高校の友達——稲羽まことは、昴が着ていたような黒い神官服を身にまとい、その手には見るからに物騒な武器を携えていた。


 先端に多数の棘が生えた球状のヘッドが付いたメイス。打撃破壊力のある神官用の武器である。


「やっぱり稲羽だ。よう、久しぶり。良かった。元気そうだな」


「久しぶり。まさかこんなところで会えるなんて。小林のこと、ずっと探してたんだ。ようやく会えた。でも、今までどこにいたの?」


「それがな。話せばかなり長い話なんだ。サクッと言っちゃうと、この地を目指してずっと旅をしてきたってところかな」


「旅? どこからどこへ?」


 不思議そうな顔をする稲羽少年。


 その顔を見ていると、今まであった様々な出来事や、これから実行しようと決めていること——その全てを、レオは彼に話してしまいたくなった。でも。


「香里奈。紹介するよ。こいつが、以前言ってた稲羽」


「あら、もうお友達に会えたの? 良かったわね。探す手間が省けたじゃない」


「こちらの方は? もしかして小林のお姉さん?」


 首を傾げる稲羽。稲羽と香里奈は当然初対面だ。彼が香里奈をレオの姉と間違えるのも無理はない。


「私は香里奈。ユーザーネームでいうとカタリナよ。レオくんとは姉弟じゃなくて相棒というか友達かな? ここまで一緒に旅をしてきたの」


「二人で?」


「ううん、三人で。事情があって、一人は途中で別れざるをえなかった。でも、必ず迎えに行って取り戻すつもり」


「なんか、いろいろワケありみたいだね」


「うん、そうなんだ。ちょっと話したいこともある。でもここじゃなんだから、後でゆっくり……」


「おい、そこの君!」


 その時、彼らの話を遮るように、一人の男性プレイヤーが鋭い声で呼び掛けてきた。彼は真剣な顔で近づいてくると、黙ってレオの装備をジロジロと眺めてから、再び口を開いた。


「やっぱりそうだ。歓談中悪いんだけど、君に聞きたいことがある」


「俺に?」


「そう君に。単刀直入に聞くけど、その鎧をどこで手に入れた? あるいは誰かに譲ってもらったのであれば、その相手を教えてくれないか?」


「あんた名前は? それに、なんでそれを知りたいの?」


「俺の名前はジン。皮革職人をしている。知りたい理由——それは、おそらく、十中八九間違いなく、俺がその鎧の製作者だからだ」


「この鎧の? じゃあ、あんたが昴のチームメイトってこと?」


 レオの質問に、ジンが目を見張った。


「昴を知っているのか?」


「もちろん。すっごく世話になった。それに、一緒に旅してきたから」


「一緒に? じゃあ彼もここにいるのか?」


「ううん。昴はここにはいない」


「おい、ジン。どこへ行ったのかと思ったら、こんなところ……おい、この鎧。もしかしてユキムラのか?」


 近づいてきたジンの知り合いらしい男性プレイヤーも、レオの鎧をシゲシゲと眺めた後、同じような疑問を発した。


「ガイさん。彼はどうやら昴の消息を知っているらしい」


「本当か?」


 どうやらこの二人の男性は、昴の仲間らしい。彼らの言動からそう判断した香里奈が、レオに代わって話を引き継いだ。


「あなた方、もしかしてチームクリエイトの人?」


「そうだが?」


「なら良かった。こっちも探す手間が省けたわね。キョウカさんという方に、特別な伝言を預かっているの。もちろん昴さんから。彼女も今この場所に来ているのかしら?」


「いや。彼女はジルトレで留守番をしている」


 キョウカも共闘クエストへ誘ったが、まだレベルの低い妹を放って行くのは無理だと言って、彼女は参加を見合わせていた。


「そう。じゃあ街へ行けばきっと会えるわね。その件とは別に、あなた方にお願いがあるの。早急に、ISAOのプレイヤーをまとめている代表者の方に会わせてもらえないかしら? あなた方に頼めば繋ぎを取ってもらえるはずだって、昴さんから聞いているのよ」


「代表者? それには心当たりはあるし、繋ぎも取れる。でも、なぜ彼らと会いたいんだ?」


「それは、とても大事な話があるからよ。このISAO世界にとって。そしてあなた方プレイヤーにとっては、おそらく認識がひっくり返るような重大な話が」



 こうしたやり取りの後、レオと香里奈は、チームクリエイトのメンバーと共にジルトレの街へと撤収した。


「じゃあレオくん、また明日。今日はよく休んでね。何か気になることがあったら、遠慮なくメールで連絡してきて」


「うん、香里奈も。無理しないでゆっくり休んで」


 そして街中で一旦解散。


 ずっと一緒にいたので、互い離れがたい気持ちもあったが、レオは宿屋へ、香里奈は情報収集を兼ねて修道院へと泊まりに行った。


 旅の途中は、互いに助け合い励まし合ってきたレオと香里奈。


 その関係性は、年齢や性別を越えて、チームメイトとして対等なものだった。しかし、こうして街中に入ってしまうと、今後は香里奈の社会人としての交渉力が必要になってくる。


 これから、このISAO世界の人々に、彼らが直面している厳しい現実を話さなければならない。矢面に立てば、見知らぬ人たちからどんな反応を浴びるか分からない。その役割を、香里奈が自ら請け負ってくれたのだった。


 これが昨日の出来事だ。



 ◇



「ふぁぁぁぁぁ」


 ゲーム世界のはずなのに、なぜか欠伸が出る。ようやく目的地に着いて気が緩んだのかもしれない。レオはそう思いながら、早々と起き出すことに決めた。


 今日は、ここジルトレの街の冒険者ギルドで、ISAOプレイヤーたちとの話し合いの場が設けられている。


 本音を言えば、今日一日くらいはゆっくりしたかった。でも、そういうわけにもいかない。だって昴は。彼は今頃、カティミア教国で孤軍奮闘しているはずだから。


 なんとしても昴を助け出す。その強い思いと焦燥が、レオを駆り立てていた。


「代表者の集う会議までは口にチャックね」


 もし誰彼となく全てを話してしまうと、ISAO世界に甚大な混乱パニックを招く恐れがある。だから会議までは黙っているようにと、昨日香里奈に言い含められている。


 その一方で、あの場にいた昴のチームメイトたちから、ISAO世界の状況と人々の認識について、概ね聞き出していた。


 昴が懸念していた通り、ISAO世界の人々は外部の情報から隔絶されていて、外の世界については一切知らない様子だった。


 何者かによってこの世界に閉じ込められた。デスゲームと思い込み、現実に置き去りにされた肉体の死を恐れる人も多い。そう聞いている。


 今日はその誤解を解き、彼らの協力を得て昴を助け出す算段をつけたい。


「上手くいくといいな。昴、待ってろよ! 絶対に助け出すからな!」


 そう改めて誓うレオ少年であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る