77 共闘クエスト

 

 未だ混迷の只中にいるISAOプレイヤーたち。


 降って湧いたような共闘クエストのワールドアナウンスは、そんな彼らに大きな衝撃を与えていた。


 それはここ、ジルトレの街の生産ギルドでも例外ではない。驚きと興奮が、瞬く間にギルド内に広がっていった。



「えっ? なに今の?」


「『猫のお宿』……なんて初耳なんだけど」


「二つの解放クエストの統合? タプコプ山って確か獣人の集落の南にある山だよね?」


「よく分かんないけど、わりと現場が近い。とりあえずタプコプ山に行ってみるか」


「共闘クエストが発生ってことは、既に誰かが戦ってるのかも?」


「だったら急がなきゃ」


「待って待って。せっかく行くなら、物資を持っていかないとダメじゃない?」


「それもそうか。じゃあ、他の連中にも連絡して分担しよう」


 生産職ならではの前向きな意見があがり、直ぐにこれからどう行動すべきか各所で相談が始まった。そして、そこに偶然居合わせたチームクリエイトの二人は。


「なぁ。どうする?」


「参加者は案外多そうだな。俺は行ってみようと思う。魔獣の素材が手に入ったら儲け物だし、何より久々に楽しめそうなイベントだと思わないか? トオルはどうする?」


「そうだなぁ。ジンさんが行くなら、俺も行こうかな」


「じゃあ、決まりだ。せっかくだから、みんなにも声を掛けてみよう」


「おうっ! ってか、もうガイさんからメールが来てら。鍛治師仲間と一緒にドワーフの集落から出発したってさ」


「それはまた動きが早いな。やる気満々ってところか。俺たちもなるべく早く追いかけよう。キョウカちゃんとアークには、俺が連絡を取ってみる」


「そっちはよろしく。俺は、近場にいそうな大手クランの知り合いに、動向を聞いてみるよ」


 *


 一方その頃、まさにタプコプ山周辺で活動中だった、とあるプレイヤー集団にも動きがあった。


 彼らは全員、【獣化スキル】の獲得者たちである。


 古代遺跡での奉納舞イベントにより、参加者に付与された【獣化スキル】。それには「戦闘時のみ使用可能」という制限が付いていた。


 その意味するところは「獣人NPCと同じ姿になって、キャッキャウフフの相互コミュニケーションを取りたい」——そんな彼らの熱き願いは、【獣化スキル】の制限を取り払い、平常時でも獣化が可能になる「真の隣人」にならないと叶わないということ。


 共闘クエストの発生を告げるワールドアナウンスは、解放クエスト「タプコプ山地の魔獣」の進行キーを探るため、彼らが一丸となって現地調査に乗り出した矢先の出来事であった。



「おいっ! 隧道の場所が分かったぞ!」


「このタイミングで?」


「おそらくこのタイミングだからだ。ワールドアナウンスがあった直後、隧道の入口を隠蔽していた岩壁が、一気に崩落したらしい」


「マジか。見つける手間が省けたじゃん!」


「つまり隧道が開通したってこと?」


「ああ。もう先発隊が中に入ったそうだ。報告では、魔獣らしき咆哮が聞こえたと言っていた。あと応援を頼むとも」


「よし! 俺たちも行こう! 魔獣を倒して【獣化スキル】を完成させるぞ!」


「「「おうっ!」」」



 ◇



 そして隧道内では。


「やっば。丹暗誅、硬過ぎ。それに何あのHPバー」


「五本もあるわね。やっぱり、レイドクエストは甘くないってことかしら。もうしばらくやってみて、ダメなら仕方ないから諦めましょう」


 〈丹暗誅〉と戦闘に入ったレオと香里奈は、まだ敵が[酩酊]の状態異常にあるにも関わらず、敵のあまりの手強さにすっかり手をこまねいていた。


 どう見ても火力不足。敵のHPバーを全て削り切れるとは到底思えない。


 成り行きとはいえ、レイドクエストのボスと化した〈丹暗誅〉に、軽戦士と援護系神官の二人で立ち向かうのは、明らかに無謀だったのである。


 それでも彼らは諦めず、攻撃と退去を繰り返していたのだが。


「マズい。なんか仕掛けてくるぞ」


 〈丹暗誅〉が全身を火達磨のように大きく膨らませ、その周囲を盛大に火花が飛び散り始めた。


「【範囲結界(魔)】!【範囲結界(状態異常)】!」


 香里奈が慌てて結界を張り直した直後、暴力のように荒れ狂う高温の爆風が二人を襲う。


「うわっ強烈! [火傷]が点灯してる。香里奈大丈夫?」


「【全状態異常解除】【範囲回復】【持続回復】! 私は平気。でもなにこれ!」


 結界を張ってなお状態異常を引き起こし、HPを大幅に削ってくる範囲攻撃。特に香里奈を庇って爆風をモロに受けたレオのダメージは相当に大きかった。


 どうする? これはもう引き返すしかないかもしれないと、二人で顔を見合わせ、迷いが生じたその時。


 《共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」への参加申請が2件あります。申請チームは「獣の隣人・金狼」及び「獣の隣人・銀狐」です。許可しますか?》


「もちろん、許可! ……って、どうやるの? えっと画面を呼び出して……あった! 承認!」


「来た———っ! マジマジマジ?」


 申請に許可を出して直ぐに、〈丹暗誅〉の背後からこちら側へ、壁との隙間を縫うように二つの影が飛び込んできた。


「えっと、えっ? 助っ人って獣なの? てっきりプレイヤーだと思ったのに」


「でも、参加申請はちゃんとあったわよ」


 二人の目の前に現れたのは、美しい銀色の毛皮を纏う二匹の大型の狐だった。


「こんな姿をしてるけど、プレイヤーだから安心して欲しい」


 狐が若い男性の声で喋った。


「そうなの?」


「今はスキルで全獣化してるから、この姿なんだ。とりあえず共闘よろしく。応援を呼んだから、もっと参加者は増えるよ。修道女さん、もしよければバフをくれると嬉しいです」


「了解です。助かったわ。こちらこそよろしくね」


「向こう側にも味方がいるから、ガンガン攻めて行こうぜ!」



 その後、しばらく戦いは膠着した。


 四つ足の獣姿のプレイヤーたちは、物理戦闘能力が高く攻撃与ダメージは目に見えて増加した。しかしいかんせん、彼らは脳筋タイプの戦闘職で、体当たり的に突っ込むため被ダメージによる消耗も大きい。


 それに加えて、本来は十全のバックアップの元に行われるはずのレイドクエストである。


 このままではジリ貧か——そう思われた時、アナウンスを聞いて周辺集落から駆けつけた増援が参戦。さらにそれより少し遅れて、生産職プレイヤーの先陣も到着した。


 それにより戦況は一転、攻勢に傾いていく。


「このまま行けるか?」


「いや。そろそろHPバーを一本削り切る。そうしたらなんか来るぞ。油断するな」


「クソっ! ISAOのお約束ってやつか。こんな時までゲームルールを適用してんじゃねえよ」


 その予想通り、〈丹暗誅〉の段階進化により、範囲攻撃の爆風に「バフ解除」と「継続ダメージ」が追加され、レイドチームは再度劣勢に陥ってしまう。


 しかしそこにまた、頼もしい助っ人が現れる。


 《共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」への参加申請が3件あります。申請チームは「ウォータッド神官兵」「妖精弓士隊」及び「魔女連合・風」です。許可しますか?》


「増援が来た——っ!」


「勝てる! これなら勝てる!」


「射線を開けて! 駆けつけの一発行くよ!」


 向こう側の陣営から大きな掛け声が聞こえ、支援バフを受けた属性矢と魔術の槍が勢いよく放たれる。


「うぉぉぉ——っ! 削れ削れ!」


 それでもなお参加プレイヤーの全体的な火力不足は否めなかった。


 しかし、生産職が大量に持ち込んだ物資を投入し、物量作戦で強引に押し切った結果、長い時間は掛かったものの、レイドボス〈丹暗誅〉はようやく討伐された。



 《共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」をクリアしました》


 《ポーン!》


 《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」のレイドボス〈丹暗誅〉が討伐されました。討伐者はチーム「ソトノセカイカラ」「獣の隣人・金狼」「獣の隣人・銀狐」以下、14チームです。


 これにより、タプコプ山の隧道が解放され、隧道を介して「神聖カティミア教国」への往来が可能になります》

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