76 猫のお宿
レオと香里奈の二人は、〈真足足媚珠〉の群生地で無事にその採取を終えていた。
その後は〈準国民〉待遇を最大限に活躍して、早いペースで北上を続け、〈アクトアンエイム〉を経て〈最北の街ホーニン〉にようやく到達していた。
「山の向こう側に抜ける隧道があると聞いたのですが、それはこの地図のどの辺りですか?」
〈コケッ〉
資料室で調べても空振りで、入手した周辺MAPを提示しながら、一縷の望みをかけて冒険者ギルドのカウンターで尋ねてみたところ。
「そうですね。山林の奥地にあるので正確ではありませんが、川の流れを参考にすると、だいたいこの辺りのはずです。でも、隧道は今は塞がっていて、使われていませんよ」
「それは知っています。ですが、そこに行かなくてはいけないことになったので、行き方を教えて下さい」
「行き方と言っても……あっ、そうそう。確か隧道の手前に大きな目印があったはずです。そこを目指して進めばいいと思います」
「どんな目印ですか?」
〈コケッ〉
「いけば分かると思いますが、渓谷の中に屹立する二本の巨岩です。まるで塔みたいに、天を突きそうなほど高さがあるので、遠くからでも見つけやすいと思います」
「その岩まで辿り着いたら、どの方向に行けばいいのかしら?」
「二本の巨岩の間を通って真っ直ぐに進むと、突き当たりの山肌に隧道の入口があると言われています。それくらいですね。隧道に関して分かっているのは」
「ありがとう。とても参考になったわ」
*
「迷うかと思ったのに、案外すんなり着いたわね」
「川沿いに移動して正解だったのかも。かなり遠くから二本の岩が見えたから」
〈コケッ〉
「この辺りに出てくるモンスターが、今まで戦ってきた相手より弱い気がする。これって、本来の攻略ルートを逆行している影響かしら?」
〈コケッコケッ〉
「そうかもしれないね。進めば進むほどモンスターが弱くなるなんて変な感じ。でもそのおかげで、〈真足足媚珠〉を集めるのは楽だったけど」
〈真足足媚珠〉の群生地ではかなり苦労した。
亀を散々倒して到達した群生地には、植物タイプのモンスターである大勢のマタタビーダマが待ち構えていた。
マタタビーダマは、〈マタタムブ〉という蔓状の枝が生えた低木に生る緑色の丸っこい実——に寄生するモンスターだ。
マタタビーダマが寄生した実は、表面が瘤のように凸凹になるので、一目で見分けがつく。しかし、採取するには注意が必要だった。不用意に近づくと、嫌がらせのように落果し、実が地面に触れると盛大に弾け飛ぶ。
マタタビーダマはそれなりに硬く、被弾するのはビー玉サイズの散弾を食らうようなもの。
ただし、弾けたあとに地面に転がったマタタビーダマには、もはや運動能力は残されていないため、ガラス製のビー玉のように簡単に拾える。こうなってやっと〈真足足媚珠〉というアイテムに変わるのである。
防御力をできるだけ上げた装備をまとったレオが、香里奈から目一杯の身体強化を受け、支援スキルも盛大に使ってもらった。そしてあえて身を晒して被弾して、たくさんの〈真足足媚珠〉を拾い集めた。
そんな強引とも言える方法を試みても大丈夫なくらい、敵の攻撃力が落ちてきている。
「エリアボスまで弱いってことはある?」
「さすがにそれはないんじゃない?」
「失敗したら……そう思うと不安になる。だけど、ここまで来たら、引き返すという選択肢はもうないわ。でも、危なそうなら即撤退。それでいい?」
「うん! じゃあ行こうか!」
〈コケッ!〉〈コケッコッコ——ッ!〉
《ポーン!》
《エリア解放クエスト「猫のお宿」が始まりました》
隧道に侵入すると同時にアナウンスが流れた。目の前の空間が蜃気楼のように揺らめき、徐々に大きな陰影が浮き出てくる。
揺らめきが消えると同時に現れたのは、火炎とみまごう荒々しい毛皮を持ち、見上げるような巨体の赤い大化け猫だった。
《「
〈コケッ〉〈コケッ〉
「話に聞いていたよりずっとデカイ!」
完全に実体化すると、その大きさは隧道のトンネル径の七割程度を塞いでいた。これで身動きができるのかと心配になるほど大きい。
〈北の山の伝承〉では、〈真足足媚珠〉を捧げて、〈
「丹暗誅が上手く酩酊したとして、どうやって向こう側に通り抜ければいいのかしら?」
丹暗誅の両脇には、一人がギリギリ通れるくらいの隙間が開いている。しかし、どう見てもギリギリなのである。
「あそこをすり抜けるとして、無事に通してくれるのかな?」
「そうならいいけど。とりあえずやってみましょうか?」
丹暗誅は、まだこちらには気づいていないのか、コタツの中の猫のように気持ち良さげに丸くなっていて、少しも動く気配がない。
「これって眠っているわけじゃないんだよね?」
「たぶん。でも表情からは分かりにくいわね」
〈コケッ——コッコッコッコ〉
「しーっ! 静かにしてて」
まだ〈午睡花〉と〈
しかし丹暗誅の表情は、どう見ても眠っているか、あるいは笑っているように見えた。その両目は細く円弧を描いていて、とても開いているようには見えない。
もし笑っているとすれば、嘲笑とは間逆の、いかにも楽しげな緩んだ顔に見える。
「大人しい内に酔っ払わせちゃいましょう」
「ピヨたちが騒がしくなってきたから、その方がいいね。でも〈真足足媚珠〉を捧げるって、どうすればいいのかな?」
捧げるというくらいだから、てっきり祭壇か貢物用の台など、目印になるものが置かれていると予想していた。しかし目を凝らして探してみても、そういった類のものはどこにも見当たらない。
「珠は沢山あるから、試しにひとつ転がしてみるのはどう?」
「いい考えかも。やってみる」 〈コケッ〉
レオが〈真足足媚珠〉を丹暗誅に向かって転がす。
コロコロコロ…… 〈コケッッコ——ッ!〉
「あっ! ついてっちゃダメ!」
「ピヨ待って!」
追いかけ癖のあるピヨたちが、野生の本能のまま転がっていく珠について行こうとする。慌てて止めようとしたが間に合わない。
このままだと丹暗誅と激突か? そう思った瞬間。
〈ニャーゴォォォ——ッ!〉
丹暗誅が突然雄叫びを上げて動きだした。
素早い動きで腕を伸ばし、手で招くように珠を掬うと、大きな口に放り込みパクッと飲み込んでバリボリ珠を噛み砕き始める。
「一個で足りるかな?」
「もっと転がしてみる?」
ピヨたちはとりあえず放置して、次々と珠をコロコロ転がす。ところが、目敏くそれを見つけたピヨたちが、すかさず珠に駆け寄って珠を体表面に吸着させてしまう。
すると今度は、その珠を狙って丹暗誅が動き、受けて立つとばかりに、果敢にも応戦するピヨたち。彼らもかなり成長し、まだそのサイズは親に及ばないが、見かけだけなら戦闘的な金の鶏そのもだ。
〈ゴケ—ッコッコッコッコ〉
〈ミャ——ゴォ ミャ—ゴミャ——ッ!〉
〈コケコケッ!〉
大化け猫と金の鶏の熱血格闘バトル。伝承にはなかった、予想外の出来事である。
「うわっ。どうする?」
「出来るだけピヨたちを避けて珠を投げましょうか。その方が多分早いわ」
コロコロコロコロ。次第には、投げつけるように放る二人。
「そろそろいいかしら? 火を付けるわよ」
「うん、やってみよう!」
そして試してみた結果。
予め火種をセットしておいた携帯香炉に〈午睡花〉を投入する。すると、直ぐにモクモクとピンク色の煙が立ち昇り、隧道内に広がっていった。
「行けるかな?」
「酔っ払ってる?」
「酔っ払ってるような気がしなくも……ダメじゃん! 逆効果かも。めっちゃ興奮してるよ」
《ポーン!》
《エリア解放クエスト「猫のお宿」非戦闘シナリオに失敗しました。討伐シナリオに自動変更されます》
「あちゃ——っ! 失敗だって」
「二人で倒せるかどうか分からないけど、こうなったらやるしかないわね【身体強化】! 【状態異常耐性】!」
「【戦士の盾】!」
二人がそう覚悟を決めた時。
《ポーン!》
《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。エリア解放クエスト「猫のお宿」の討伐シナリオへの変更に伴い、解放クエスト「タプコプ山地の魔獣」と統合、一本化されます。その結果、新たに共闘クエストが発生致しました》
《共闘クエスト「隧道の主〈丹暗誅〉を倒せ!」はレイドクエストです。プレイヤーの皆様は、力を合わせて隧道封鎖の原因である魔獣〈丹暗誅〉を倒し、隧道を解放して下さい。イベント詳細は「お知らせ」をご確認下さい》
アナウンスの直後、隧道の壁が震えるような激しい地響きをあげ、これまで閉じていた丹暗誅の目がクワッと開き、空気を切り裂くような鋭い雄叫びをあげた。
〈ニャアァァァン———チュウゥゥゥ!〉
こうして、丹暗誅との二方面からの戦いの火蓋が、切って落とされたのである。
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