79 世界の様相

 

 《ISAO代表者会議 ジルトレ冒険者ギルド会議室》



「皆さんこんにちは。マップの大移動お疲れ様です。本日は緊急の呼びかけにも関わらず、このようにお集まり頂きありがとうございます」


 今回の司会進行役は、クラン『賢者の集い』のリーダーのハルである。


 これまで司会を務めていた『黒曜団』のレオンは、現在〈竜の谷〉深部に潜っていた。そのため、この時刻にこの場所に来ることができなかったからである。


 限られたゲームマップの中であり、手を尽くせば、決して移動不可能な距離ではない。


 しかし、多方面攻略を展開している現在、〈竜の谷〉や〈グラッツ王国〉など、比較的遠方にいる一部のプレイヤーたちは、現在携わっているクエストの続行の続行を優先した。


 従って、いつもの会議より参加者は明らかに少ない。


 ……にも関わらず、白と銀の揃いの装束で非常に目立っている集団がいる。


 マップ北東部にある下北半島の攻略に邁進しているはずの「天馬騎士団」ーーその幹部たちが、何故か揃って顔を並べていた。


「まずは昨日の共闘クエストについて、順を追って説明させて頂きます」


 その概要はこうだった。


 共闘クエストのワールドアナウンス直後に、隧道の入口が明らかになり、その近辺で解放クエスト「タプコプ山地の魔獣」の準備をしていたプレイヤーたちが隧道内へ侵入した。


 すると、既に戦闘が開始されていたため、すぐにレイドに参加。近くの街や集落からも順次救援が駆けつけ、無事討伐に成功した。その成果として、隧道の通行が可能になった。


「ここまでで、ご質問のある方はどうぞ」


「既に戦闘が開始されていたっていうけどさ。それまで隧道の入口が不明だったのに、中に入って先に戦闘をしていたのって誰よ?」


「当然のご質問だと思います。後ほどご紹介させて頂きますが、チーム『ソトノセカイカラ』のお二人です」


 その返事に、室内が一気に騒つき始めた。


「『ソトノセカイカラ』? それって、謎マップの解放をした連中じゃなかったっけ?」


「はい、同一人物です。彼らは隧道の南側に存在するエリアを踏破してきました。我々にとって非常に重要かつ有益な情報を伝えるために、ISAOの外の世界から遥々はるばるやって来たと仰っています」


「外の世界から遥々? それはどういう意味? 裏技を使って辺鄙な場所にログインしたわけじゃないの?」


「彼らがわざわざ新マップを解放した理由はなんだ? 何か特別な事情があるなら先にそれを聞きたい」


「時間的にも距離的にも、明らかに遠回りなんだよ。それに、彼らは一体どうやって新マップに到達したんだろう?」


「あえて迂遠な方法を取ったのは、通常のログインへの妨害があって、それを避けるためとか?」


 精神だけが肉体から分離し、仮想世界に囚われている。未だそう考えているISAOのプレイヤーたちが、口々に疑問を発する。


「額面通り、『外の世界から遥々やってきた』で間違いありません。これをご理解頂くためには、あの巨大隕石の衝突が日本列島全域に引き起こした異常事態ーーそれを先にお話しする必要があります」


 一旦室内を鎮め、順番に情報が開示されていく。


 ・仮想世界と現実世界が次元融合し、ISAOと同じような状況が日本列島の各所に生じていること。


 ・現実世界では日本政府が機能を失い、各地方単位で生活圏が再構築され始めていること。


 ・中央分離帯により東西は分断。海外とは音信不通だが西日本とは通信が可能であること。


 ・仮想世界—仮想世界間や仮想世界—現実世界間は、エリアが隣接していれば往来が可能であること。



 一気にもたらされたリアルの情報により、再び室内が騒めき始める。


「そう簡単には信じられないが、つまりここは、ゲームの世界でもあり現実でもあるってことか」


「次元融合? そんなSF小説みたいなことがあっていいの?」


「その話が本当なら、俺たちが移れそうな隣接エリアってどこよ?」


 新たに生じた疑問に、ハルが急遽作成した日本列島の地図を提示しながら答えていく。


「ISAOの北には、海峡の向こうに現実世界である北海道があります。南には仮想世界である虫の王国。そこを抜ければ『Treasureトレジャー Huntersハンターズ ofオブ The Cristalクリスタル Worldワールド』——いわゆるトレハンCWの仮想世界があるそうです」


 続いて、千葉県房総半島の先端を円を描くように指し示す。


「地続きで行ける場所では、東日本ではここ房総半島の極一部にだけ現実世界が残存しています。フォッサマグナにより東西が分断されているため、房総半島にある通信施設を利用して、西日本と情報のやり取りが行われているそうです」


「これが真実なら最悪な状況だな。政府が機能喪失しているなら、外からの助けは全く期待できないってことじゃないか」


「そうね。日本全体がそんな状況だとすると、到底その余力はないでしょうね」


「はは。自力で打開するしか方法がないだって? なんだよそれ」


「仰る通り、我々が取れる選択肢は限られています。しかし、新たにこうした情報が得られたことで、方向性はハッキリしてきたと言えるのではないでしょうか?」


「つまり、このままこの地で暮らすか、北海道に脱出するか、南下してトレハンにいるプレイヤーと合流するか。ほぼ三択か」


「きっつ……」



 その時、それまで静観していた天馬騎士団団長のグレンが口を開いた。


「なるほど。確かに『我々にとって非常に重要かつ有益な情報』です。それについては、もっと人が多い場で改めて話し合うとして。ではそろそろ、その貴重な情報をもたらしてくれた方々を我々に紹介して下さいませんか?」


「そうですね。では小休憩の後、『ソトノセカイカラ』のお二人をここにお呼びしたいと思います。聞きたいことは沢山あると思いますが、彼らへの質問は、お一人ずつ順番にお願い致します」


「いよいよか」


「謎の到達者の正体が分かるわけね」


「それに外の世界の情報もだ」


「くれぐれも皆さんにお願いしたいのは、話を聞いて理不尽な現状に対する怒りが湧いたとしても、それを彼らにぶつけないで頂きたいということです。彼らが危険をおかして我々の元に情報を運んできてくれたことを、決して忘れないで下さい」



 *



 小休憩になり、ハルが会議室の一画に座る天馬騎士団に近づき声を掛けた。


「グレンさん、それにユリアさんも。お二人は天馬山の北にいらっしゃったのでは? よくこの会議に間に合いましたね」


 明らかに含みのある言葉である。しかしそれを涼しげな顔で受け流し、グレンが返事を返した。


「仰る通り、私は少し前までは北で活動していました。でも、彼女は——ユリアさんは、この所ずっとユーキダシュに居たのですよ。クエスト関連でね」


「なるほど。ユリアさんは攻略には参加されていなかったと」


「そうです。定期報告のために、ちょうど彼女に会いに行ったところで、あのワールドアナウンスです。これは何か起きると踏んで、急遽こちらに向かったというわけです」


「ちょうど。……それは随分とタイミングがよかったですね。てっきりこの事態を知らせる『星のお告げ』でもあったのかと思いました」


 そう言って、ハルはユリアの顔を探るように見つめた。


「星のお告げ? それは私が天文学者だから?」


「あら。占星術師から転職されたのですか? ああ、なるほど。それでユーキダシュですか」


「そう。やっとね。でも、転職のために勉強して星には詳しくなったけど、占いは得意じゃないわ」


「では何が得意なんですか?」


「魔法かな? だって私、神官スキルも使えるのが売りの魔法職だもの」


「……なるほど。でももし、もし新たに何か有益なスキルが出てきたら、宜しければ我々にも教えて頂けると嬉しいです。何しろ占星術、いえ天文学者でしたね——は、貴重なオンリーワンジョブのひとつですから」


「協力できることはするつもりよ」


「よろしくお願いします」


 離れていくハルを見ながら、グレンは内心呟いた。


(やれやれ。情報クランの長だけあって、妙に勘が鋭いですね。しかし、今回の話を聞いた限りでは、今明かすのは時期尚早。彼女の——ユリアさんが最近獲得した興味深い、しかし解釈が難しいスキル。要らぬ誤解を生むのは避けなければなりません)

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