73 月の御使い

 

 夜空に煌々と輝く巨大な満月。


 今夜ここ古代遺跡には、同じ目的を持つ大勢の獣人プレイヤーたちが一同に会し、暑苦しいほどの気勢をあげていた。


 全員が一丸となって協力し、補修を終えた巨大な石の祭壇。そこを中心に円陣を組み、皆真剣な面持ちでクエストに参加している。


「月と獣を司る偉大なる神よ。我らの熱き願いを叶え給え!」


「「「叶え給え!」」」


 リズミカルに響く太鼓の音をBGMに、彼らは盆踊りのように祭壇の周りを巡り、野太い声で月に向かって叫び始めた。熱き願いーーその言葉通り、みなぎる熱気にみちながら。


「願いの対価に、我らの信仰と供物を捧ぐ」


「「「叶え給え!」」」


 祭壇の上には、収穫されたばかりの新鮮な野菜(人参・小松菜・キャベツなど)が、溢れんばかりに積まれている。これも、彼らが丹精込めて育て、自ら収穫したものだ。


「我らの願いは獣化能力! 獣と化し獣人と共に歩む。ひとえにそれを願う」


「「「叶え給え!」」」


 この日のために、どれほどの厳しい訓練を繰り返したか。


 その成果が試される今夜、ピタリと息のあった踊りや呼びかけは、見事に昇華し同期シンクロしていた。



「ここまでやるんですね。上手く行くといいですが」


 少し離れたところから、その様子を偵察しているのは、情報クラン「賢者の集い」から派遣された二人のプレイヤーだった。


「ゲームらしくていいかも。一見バカバカしいことでも、楽しんだもの勝ちだな。彼らをみていると、いろんなことを忘れて、こっちまで楽しくなってくる」


「そうですね。彼らの本気、通じて欲しいです」」



 そうして、祭壇の周りを何周した頃だろうか? 頭上の満月が急に明るさを増した。


 その輝きの中から、光の絨毯のような帯状の路が、祭壇に向かってスルスルと伸びてくる。続いて、光の路を通って、賑やかな月の御使いたちが次々と遺跡へと舞い降りてきた。


 楽しげにキャッキャしながら群れる二足歩行の月の住人たち——ふんわりモフモフとした毛皮を持つ、愛くるしい白い兎の群れである。


 そして、やけに男前なよく通る声が、辺り一帯に響き渡る。


 〈獣の隣人となることを望む貴様らに、最初の試練を与えよう。願いを叶えたくば、分かっているな? さあ、全身全霊をもって挑むがよい!〉


 天の声と共に、祭壇前に巨大な臼が現れた。その傍には、濛々もうもうと湯気が立つ蒸し器が山のように積まれている。


「よっしゃ—!! 野郎ども! 行くぞ!」


「「「お——っ!」」」



 〈ペッタン・ペッタンペッタンタン・クルッと返してまたペッタン〉


 一人一人が、自ら作製したマイ杵を掲げ、威勢良く臼に向かって振り下ろす。


 ひとつきしては列の最後尾に戻り、次の順番を待つ。その繰り返しだ。


 あっという間に出来上がった餅は直ぐにどこかへ消え、臼にはまた新しい蒸し米が補充される。餅をつくために躍動する彼らの姿は、洗練された一連の舞のようであった。


 いつ終わるとも知れぬ餅つき大会。それが今始まったのである。




 《ポーン!〈獣化クエストα及びβ「俺は獣人になる!」〉⑧奉納舞をクリアしました。クリア報酬として、参加者全員に制限つき【獣化スキル】が付与されます》


「うぉ———っ!」


「きた———っ!」


「やった! でも制限つきって?」


 《獣の隣人となった貴様らに告ぐ。南を目指すがよい。新しい能力は、今はまだ仮初の契約として与えられているに過ぎぬ》


「えっ? まだ何かやるの?」


「そんなぁ。今度は何よ」


 《南の山に棲む魔獣を倒し、隧道を解放せよ。討伐の証として、満月の夜に〈魔獣の髭〉を祭壇に奉納するがよい。さすれば、汝らは真の隣人へと至るであろう》


 《ポーン!》


 《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。ただ今より解放クエスト「タプコプ山地の魔獣」が開始されます》


 《「タプコプ山地の魔獣」はレイドクエストです。プレイヤーの皆様は、力を合わせて隧道封鎖の原因である魔獣を倒し、隧道を解放して下さい。イベント詳細は「お知らせ」をご確認下さい》



 ◇



「香里奈、解放クエストだって。おっと」


 〈ドゴッ!〉


 レオが盾を前方に突き出し、襲ってきたモンスターを跳ね返す。


「このタイミングでワールドアナウンスが来るなんて、驚いたわ」


 〈ピヨピヨ〉


「『タプコプ山の魔獣』って、もしかして〈丹暗誅にあんちゅう〉のことかな?」


 〈ボゴッ!〉〈ピヨコケッ!〉


 今度は大剣で薙いで打ち払う。次々と襲ってくるモンスターを、香里奈を庇いながら応戦するレオ。レオとともに、彼のテイムモンスターであるピヨリンも戦闘に参加中だ。


「結構せわしないわね。レオくん大丈夫? 【身体強化】! あちらでいうタプコプ山が、こちらのカット山ならそうなりそうだけど」


「俺は平気。おっ? 部分石化だ。ピヨリン、やるじゃん!」


 〈ドゴォッ!〉


「〈丹暗誅〉のクエストはエリア解放扱いっぽいから、どうかしら?」


「じゃあ、別の場所かな?」


 〈バコッ!〉


「期待しちゃうと外れたときガッカリするから、そう思って対処した方がよさそうね」


「確かに。それにしても……〈ドゴォ!〉。いつになったら本命が出てくるんだよ!」


 レオと香里奈の二人は、次のキーアイテムである〈真足足媚珠マタタビーダマ〉を手に入れるために、〈ルーミカ〉と〈アクトアンエイム〉、この二つの街の間に位置するティワエ山麓の樹海にやってきていた。


 〈真足足媚珠〉は、同じ名前の植物系モンスターからドロップする。


 〈真足足媚珠〉の群生地に至る経路には、大型の亀モンスターの巣があり、そこにいるレアモンスター「花紋甲大亀」——花柄の甲羅を持つ大亀を倒すと、群生地への道が開けると言われている。


 しかし先ほどから、無限湧きのように次から次に現れるのは、通常サイズの茶緑色の亀だけだ。


 この亀がなかなかに厄介で、亀の癖に素早い動きで飛びかかってくるので、隙を見せたら細かい鋸歯でザクッと噛まれそうである。


「キリのいいところで1000体討伐とか? それくらい倒せば出てくるかな?」


 亀を倒し始めてから、二人の視界には計数カウンターが浮かび、討伐個数の表示が始まっていた。現在その数字は582まで増えている。


「それが正解……な気がしてきたよっと」


 〈ボゴォ!〉〈ドガッ!〉


 大剣と盾を鈍器として使いながら、レオが強引に亀を押し潰した。


「レオくん、凄い。潰しちゃった」


「へへ。これで584。俺とピヨリンはガンガン行くから、ピヨコは香里奈をよろしくな」


〈ピヨ!〉


「まだまだ先は長いわね。【持続回復】!」


「お願い! 早く出てきて花亀ちゃん!」

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