72 精神世界への干渉

 

「えっと、『カティミア大神殿の成り立ち』はOK。『魔族の侵攻と抵抗の記録』は……よし! これも[参照可]になってるから読了と」


 じゃあ、次はどれにしよう? ……ん?


 チラッと見えたタイトルが気になって、積み上がった資料の山の下の方から、そっと目的の本を引っ張り出す。お願いだから崩れるなよ?


「『精神生命体としての魔族』……やっと出てきた。これだよ、これ」


 資料の閲覧が進むうちに、朧げながら今回のクエストの概要が見えてきた。


 この神殿は、かつて魔族と激しく争った前線基地だった——というゲーム上の設定らしい。さらに、転職クエスト用にと渡された資料には、魔族との争いの歴史や、魔族を退ける方法に関する項目が比較的多かった。


「三章構成で、『魔族による精神汚染』『信仰による魂の救済』『魔の根絶』か。どれも重要そう。随分と読みがいがありそうだ」


 この本みたいに、イベントの核心に迫るのでは? と思うような文献も、数は少ないが時折混ざっている。


 いずれにせよ、資料を掘り返せば返すほど、魔族・魔族・魔族。人族の敵とされる魔族の姿が浮き上がってくる。


 先日の話では、魔族の肉体的な復活はないと神殿長のセルヴィスさんは断言していた。でも、本当にそうなのだろうか?


 大昔に封印された魔族や魔王がよみがえり、それを再び封印するために主人公が立ち上がる——なんて、割とよく聞くRPGのシナリオだ。


 そして、ここはまさにそのゲームを元にした世界なわけで。それも、今現在は誰が作っているのか分からない。いつ改変されてもおかしくない、危うい世界。


 もう一度、セルヴィスさんに確認してみよう。



 *



「かつて討伐された魔族ですが、彼らが復活する可能性はあるのでしょうか?」


 あえて、以前と全く同じ内容の質問をぶつけてみた。


「以前のような形態で復活することはないとされています」


「それは何故ですか?」


「魔族はかつての戦いで、肉体的には完全に滅びているからです。人々の信仰が続く限り、神々の恩寵が約束されたこの地に、自ら顕現することはもはやできない。ただ……」


「何か他に懸念があるのですか?」


「ございます。奴らは地上に顕現することはできませんが、我々に全く干渉できなくなったわけではないのです」


 ここまでは、多少の言葉使いの違いはあるが、以前と変わらない内容の返答かな。あの時、俺は何を聞いたっけ? 


 ……そうだ。干渉の意味が分からなくて、それを教えて欲しいと聞いたはず。だったら今回は、もう少し踏み込んで。


「その干渉の形として、可能性のある全てのものを教えて下さい。ごく僅かな可能性でも構いません。魔族が取りうる、全ての手段が知りたいのです」


 そう尋ねると、そこでまたセルヴィスさんが言い淀んだ。さて、どう来るかな?


「そうですね。考えられる形は二通りあります。ひとつは、我々生きている人間の精神世界への干渉です」


「人々の心に何か悪い影響を及ぼしているということですね」


 精神世界への干渉は前回も聞いた。でも今回は、質問を変えたせいか二通りに増えている。新しい情報が出てくればいいが。


「はい。奴らのやり方は狡猾です。善良な人々の心に、人知れず悪意や疑心、嫉妬や傲慢など、罪業の種を撒き散らし芽吹かせる。最初の内は誰も気づかず、手遅れになって初めて露見します」


「手遅れになると、どうなりますか?」


「ひとつひとつは小さなものでも、放置して汚染が広がれば、人々の信仰を——さらには世界を揺るがすほどの大きな問題になりえるのです」


 世界を揺るがす?


 なんか話が大きくなっていないか? 前回は確か、汚染されたら人生が破滅すると言っていたはずだ。


 悪い変化が起こっても、あくまで個人個人の問題。そう捉えていたのに。


 つまり、この仮想世界にいる多数のNPCに、ゲームの進行が止まるほどの変化が起きる。その可能性が出てきた。そういうことか?


 ……そんな搦手から攻撃してくるなんて、大問題じゃないか。


 このゲームの仕様上、NPCの存在はシナリオを進めるための重要な要素ピースになっているはず。


 もしNPCの協力を仰げなくなったとしたら、かなり不味い。


 この先プレイヤーがいくら頑張ったとしても、魔族の影響を払拭できない限り、どこかで手詰まりになるのが目に見えている。


 嫌な予感がする。


 遠くない未来に、ISAOの仮想世界に閉じ込められた人々は、海峡を隔てた北海道への脱出を試みるはず。その際に、無情にもプレイヤーだけでは力及ばず……なんてことが、当たり前のように起きそうだ。


 ひとつ目の懸念でこれか。


 なら、魔族による干渉の二つ目とはいったい? もうひとつはなんだ? 考えろ! ひとつ目が「我々生きている人間の精神世界への干渉」なら、二つ目として可能性があるのは。


「もしかして魔族は、亡くなった方々への干渉が可能なのでしょうか?」


「ご推察の通りです。奴らは、既にこの世を去り冥界へ落ちた魂——死者たちへの干渉をしてきます」


「それはどういった形で、現世に影響を及ぼしますか?」


「例えば、アンデッド系の魔物の存在があるでしょう。あれらは、本来この世に存在してはならないものです。ですが魔族は、この世を害するために、死せる生き物に仮初めの命を与えるのです」


「以前、アンデッド系のドラゴンと戦った経験があります。ではあれも?」


「ほう。それはいったいどこで?」


「『龍が淵』という場所です。ハドック山の裾野に広がる湿地帯にある」


「なるほど。ハドック山には冥府へ至る路が隠されているという言い伝えがあります。ですから、魔族の干渉——それもドラゴンのような大型の魔物を生み出すほど強いもの——により、アンデッドが現れてもおかしくない場所です」


 そうなると、伏線とまではいかなくても、最初のレイドモンスターがアンデッドだったことは、シナリオ的には意味があったのかもしれない。


 だったら、常闇神殿が冥界と繋がっていることも、今後の展開に何か関係があったりするのか?


「先ほど『魔族は死せる生き物に仮初めの命を与える』と仰いましたが、それには『人』も含まれるのでしょうか?」


「含まれます。ですがそれは我々の管轄ではありません」


 我々の管轄ではない? じゃあいったい誰のだよ?


「この大神殿に任された仕事ではない。それでは、どこが対処しているのでしょうか?」


 そう質問すると、セルヴィスさんが急に考え込む素振りを見せた。動きも不自然なくらい完全に止まっている。


 そういえば、以前質問した時もこんなことがあった。


 いわゆるAIの思考時間なのかもしれないが、つまりそれは、リアルタイムでゲームの方針を決定している存在がいるということにならないか?


 そしてしばらくの後に、セルヴィスさんが再起動して発した言葉は。


「それはいずれ時が来ればお分かりになるはずです。このカティミア大神殿の役割は、魔族による生者の精神世界への干渉を防ぎ、人々の信仰を保つことです。大司教様におかれましては、ひとえにその道に邁進して頂きたく存じます」


 都合の悪い? ことに関しては明言を避けるという、いかにも人間くさいものだった。



 ◇



 山のようにあった資料をさらい、ひたすら読み込みと知識の習得を続けた。以前獲得した【J辞書l(聖)】スキルをフルに活用しながらだ。


 マジこれ便利。


 職業や職業クエストに関係するもの限定ではあるが、繰り返し読めばその書物を参照出来るようになる。さらに、ファンタジー世界にはミスマッチな付箋・検索機能・My note機能つき。


 キーボード、タッチパネルまで利用可能な上に校正機能まで付いていて、プリント転写だってできる。知識取得系の条件が多い俺の転職クエストにおいては、まさに神スキル。


 そんな作業中に、魔族に関する本らしいのに、なぜかページが余白だらけのものが見つかった。


「なんだこの本?」


 誤植ってわけないよな? いやでも、元がゲームなだけに、バグっていう可能性はあり得るのか?


 気になったので、学習図書室の司書NPCであるビブレさんに、現物を提示して確認してみたところ。


「誤植や落丁ではありません。これは『読めない冊子』ですね」


 読めない冊子。まさか手抜き? あるいは入力し忘れとか?


「では、この余白には特に意味がないのでしょうか?」


「いえ、その逆です。余白にこそ意味があります。『読めない冊子』は、読む資格を得られた者だけが読むことができる……そう言い伝えられているからです」


 どうやら、読むための条件があるらしい。


 これが転職クエストの一環なら、俺がここに軟禁されている現状を鑑みると、その資格とやらはこの神殿で得られる可能性が高い。


 瞑想か武術かあるいはその両方か? まさか散歩ってことはないよな?


 日々課されている日課のどれか。たぶんその中に何かある。


 学習や修練を積み重ねて、既得のスキルのレベルを上げる。あるいは新しいスキルを得る。そういったことが条件だと思うけど。


 ……もうこうなったら、案ずるより何とかで、片っぱしからやってみるか。

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