70 二人の竜騎士☆

 

《ISAO世界 竜の谷》


 竜の谷は海峡に突き出た大きな半島上に位置し、南北に分かれた山岳地帯の狭間はざまにある。


 ここにある体験施設には、陸あるいは空に分かれた難易度の高い【騎竜】修了コースが設置され、「騎士」系の職業に就いている者がそのコースを修了すると、王都の竜騎士団への紹介状をもらうことができる。


 そして、その紹介状を竜騎士団へ持参すれば、竜騎士への転職クエストでもある入団テストを受けることができた。


 だが、必ずしも受かるとは限らない。なぜなら、数段階に分かれた入団テストの最終試験。その難易度が非常に高いためだった。


 そして今現在、ここ竜の谷では、その最終テストに臨む二人の若者プレイヤーの姿があった。



「あったか?」


「いやない。ここも空振りだ」


「はぁ。またダメか」


「次に行こう。次に」


 彼らはこの竜の谷で、ある探し物をしていた。いずれ彼らの相棒となるべき存在であり、入団テストの合格に必須とされるアイテム『飛竜の卵』である。


 この数週間、毎日険しい山に登り、あるいは縦走じゅうそうしながら、ひたすら断崖にある飛竜の巣を探し回り続けている。


 しかし、彼らの求める飛竜の卵は一向に見つからない。


 大抵は巣は空っぽで、よくて卵の殻の破片を手にするだけだ。あるいは非常に惜しいことに、既に孵化してしまった雛の姿を見つけることもあった。


「見つからねえな。今日はこの辺で切り上げるか」


「そうだな。そろそろ日が暮れる」


 なかなか卵が見つからないことに焦燥を覚えてきた二人は、ここ数日は山に連泊をしている。標高が高いため、夜になると風は冷たく、朝には濃い霧がかかり、雨が降ればひょうになる。


「今日も冷え込みそうだな」


「ああ。さっさと飯食って寝ちまおう」


 以前参加した街解放クエストの報酬として手に入れた〈雪山縦走セット[耐寒]〉。これが、彼らの連泊を可能にしていた。


 足場の悪い場所でも安定して設置できる防寒機能付きの特殊テント。それに入ってしまえば、敵に襲われることなく、安全に快適な睡眠をとることができたからだ。



 適当な設置場所を定めた頃には、山肌が夕陽に赤く染まっていた。


「綺麗なんだけどな。さすがに見飽きてきた。気分の問題だろうけど、こうも見つからないとしんどいな」


「ああ。上級職の更に特殊な派生職への転職クエストだから、厳しいのは覚悟していた。でも、最後の最後に運ゲーというか、こんな宝探しクエストがあるとは思わなかったよ」


「卵ちゃん、卵ちゃん。お願いだからそろそろ出てきてちょうだい!」


「おっ! とうとう神頼みか」


「おう。もう、こうなったら何でもしちゃうぞ」


「次に街に降りたら、運気の上がりそうなグッズでも買ってみるか」


「それ、ありかも。絶対に運要素あるよな、これ」



 *



「あった! あったあった! それもちゃんと二つある!」


 あのあと、結局一旦山を下って街へ行き、入手可能な全ての運上昇アイテムを確保して、装備も運が高くなるものに入れ替えた。それが功を奏したのか、探し回ること10日以上。やっと念願の飛竜の卵を発見することができたわけである。


「やったな! やっぱり運上昇が効いたか」


「かもな。しかし、二つあってよかったな。仕様かもしれないが、これで喧嘩せずに済む」


「本当だな。ところで、どっちにする?」


「どっちも似たようなもんだろ。ちょっと色味が違うくらいだ」


「じゃあ、こっちの赤っぽい方をもらってもいいか?」


「構わない。俺はこの青っぽい方だな。さあ、親竜が戻ってこない内に引き上げるぞ」


「おうよ!」


 その後、二人は卵の親と思われる飛竜に、お約束通り執拗しつように追い回された。だが、何とかギリギリで逃げ切り、卵を保持したまま、無事にエリア外に脱出することに成功したのである。



 ◇



 《王都 竜騎士団》


 入団テストの合格者を発表します。合格者は竜騎士への転職が可能となります。


 ユーザー名:アカギ[空]


 ユーザー名:ヘイハチロウ[空]


 飛竜を操り空を疾駆する、二人のプレイヤー竜騎士の誕生の瞬間である。陸竜では既に合格者が出ていたが、飛竜ではこの二人が初めてであった。


 入団テスト後、借り物の飛竜に騎乗しながらの戦闘訓練を受ける一方で、己の相棒となる飛竜を孵化させ、好感度を高めながら育成する。竜舎に寝泊まりしながら幼竜の世話に明け暮れる日々。やっとそれが報われる。



「イブキ、今日は頼むぞ。初演習だからな、格好良く行こうぜ!」


 アカギが、彼の相棒である赤みがかった梔子くちなし色の鱗を持つ飛竜を激励する。


「ライデンも負けちゃいられないな。上手く決めようぜ」


 ヘイハチロウも負けじと自分の相棒に発破をかける。こちらの飛竜の鱗は青みがかったにび色だ。


 今日は、すっかり逞しく成長した飛竜と、その主である竜騎士たちの、編隊飛行デビューになる。


 これを終えて、やっと一人前の竜騎士と認められる、大切な儀式、そして大舞台だ。


 今までの訓練とは異なり、王都から出発してグラッツ王国までの長距離を飛ぶ。共に育ったこの二体はとても仲が良く、編隊飛行においてもペアを組んでいた。


 竜騎士団の広い演習場に、整然と並ぶ飛竜の一隊と、それに騎乗する鍛え上げられた竜騎士たち。


「飛翔!」


 号令とともに、それぞれの飛竜が翼をはためかせ、上昇を始めた。


「高度1000!」


 耳に装着した魔道具の通信機から指令が入る。それぞれが空の高みを目指し、かつ足並みを揃えて、遥か上空へと舞い上がった。



 *



 びゅうびゅうと風を切る音が鳴っている。


 しかし、スキルにより形成された薄い気層のベールが身体を包み、風圧を大幅に和らげていた。


 《右旋回》


 思念波で自らが騎乗している相棒にイメージを伝えると、左右にのびる巨大な羽が、すぐさまその角度を変えた。卵から育てた飛竜とは、こうして思念リンクが繋がり、即座に意思を伝えることができる。


 大空を我が物顔で飛ぶ二体の飛竜。


 それを操るのは、王都竜騎士団の新米竜騎士の二人だったが、お互いに新米とは思えないほど、息が合った操竜を見せ、二体の竜は戯れるように大空を滑空していた。


 プレイヤー竜騎士の誕生。


 これはISAO世界に閉じ込められた人々にとって、大きな意味があった。ハドック山を境にして定められた天馬の行動制限。竜騎士はその穴を埋める存在だったから。


 南へ


 現実の日本列島と癒合し、方位が90度変わったISAOのマップで、飛竜であれば南に立ち塞がる山岳地帯を飛行して越えることができるーー運営プレイヤーからの情報を元に、そう予測されていた。


 そして、その期待は裏切られなかった。それから間もなく、プレイヤーによる白神山地の攻略が開始されることになる。



*——『次元融合』第七章 「動き出す歯車」[了]——*


いつも応援ありがとうございます。

第八章は「ソトノセカイカラ」


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漂鳥

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