69 銀の鍵
「共通点は魔族?」
山と積まれた資料の閲覧が進むうちに、朧げながら今回の転職クエストの概要が見えてきた。
この大神殿は、かつて魔族と戦った最前線基地だったという設定がある。
そして資料にも、その戦いの歴史に関するものが多い。
直接的にそういったタイトルの本を渡される場合もあれば、全く別の資料に、魔族関連の記述が紛れ込んでいることもある。いずれにせよ、最も情報量が多いのが魔族に関することだった。
「かつて討伐されたという魔族が復活する可能性はあるんですか?」
そう、神殿長さんに直接質問をぶつけてみた。
大昔に封印された魔族や魔王が復活して、それを再び封印するために勇者が立ち上がる……なんて、割とよく聞くゲームシナリオだ。
「魔族は肉体的には完全に滅びています。ですから、肉体的な意味での復活は『ない』と言えるでしょう。神々による制裁で、この世界には二度と顕現することはできません。ただ……」
ただ? そこでセルヴィスさんが言い淀んだ。おっ、なんか来そうだ。
「何か他に懸念が?」
「はい。奴らは、この世界に顕現することはできませんが、我々に全く干渉できなくなったわけではないのです」
「干渉? それはどういう意味ですか?」
「肉体的に滅ぼすことには成功しましたが、残念ながら、その存在全てを根絶することは叶いませんでした。奴らは精神世界で生き残り、そこを介して我々への干渉をしてくるのです」
「つまり、人々の心に何らかの影響を与えてくる?」
「そうです。奴らは善良な人々の心に、悪意や疑心、嫉妬や傲慢などといった罪深き種を無差別に撒き散らします。そして、人知れず萌芽させ育てる。ひとつひとつは小さなものでも、放置しておけば信仰を少なからず揺るがし、人生を破滅させるほどの大問題になりえます」
なるほど。確かにそれはタチが悪い。
「その干渉を排除することはできないのですか?」
「各人が日々祈りを欠かさず、信仰を保ち続けることで、ある程度抑制することは可能です。ですが、干渉が大きい場合は、それだけでは完全に排除することが難しい。何しろ目に見えない形での干渉ですから」
「干渉をはね除けるために有効な対策はありますか?」
「まずは相手を知ることです。魔族についての知識の集積。これが大事になります」
「なるほど。今、私が学んでいるのはそのためですね?」
「そうです。我々聖職者は人々の防壁になるべく、敵を知り、かつ安易に干渉を受けないように、精神修養を積み重ねる必要があります」
「精神修養ですか。弱みも強みも全て含めて己を知り、それを利用されて付け込まれないようにする。そのための精神修養だと考えていいですか?」
「まさに仰る通りです。奴らは常に我々に付け入る隙を狙ってきます。その隙を自ら把握することが、大きな防御となり得るのです」
「全ての聖職者がそう心がけているとすれば、皆さんが私に求めていることはなんですか?」
「魔族の干渉の力は年月を経るに連れて大きくなってきています。このままいくと、守るだけではいずれ限界が訪れます。だからこそ、直接奴らを抑える力——高位の聖職者にだけが授かる〈対魔スキル〉を是非獲得して頂きたい。そして、精神世界に行き、そこに
「精神世界へ行く? それは何かの比喩ではなく?」
「比喩ではありません。このカティミア大神殿には、〈資格を有する者〉だけが立ち入ることができる精神世界への入口があるのです」
*
〈資格を有する者〉
それがいったい何を指すのかと調べてみると、まずひとつのアイテムが浮かび上がってきた。
〈鍵の所有者〉
鍵と言われて思い当たるのが、ゲーム時代にいつの間にか入手していた〈銀の鍵〉だ。
ずっと用途不明だったこの鍵を指すと思われる記述、それが出てきた。
更に調べていくと、次のステージに進むためには、〈精神世界〉——精神生命体となった魔族が支配する次元——へと繋がる〈次元をまたぐ回廊〉の入口を開ける必要があることが分かった。
その入口を開けるために必要な資格。それは三つ。
・銀の鍵
・対魔スキル
・緋色の決意
〈銀の鍵〉は高位聖職者の証とされ、それまで行ってきた奉仕や宗教的な活動が、一定水準を超えると自然と付与されるものらしい。
俺がいつの間にか取得していたのは、どうやら過剰とも言える奉仕活動のおかげだったようで、〈鍵〉という形を取っているが、称号に近い性質のもののようだ。
次の〈対魔スキル〉には、精神世界での攻撃手段だけでなく、精神防御も含まれる。というか精神防御が要となりそうだ。共に精神修養を積み重ねることで得られるらしい。
以前【瞑想】スキルを得たときに感じた精神的な動揺は、あれからある程度時間が経ったことで、かなり整理されつつある。今のところは大丈夫かな。
不安がないといえば嘘になるけど、あれからいろんな自覚ができた分、落ち着いて考えることができるようになったから。
そして〈緋色〉は、信仰のためならいつでもすすんで命を捧げるという枢機卿の決意を表す色であるとされている。だから〈緋色の決意〉と呼ばれている。
これらを全て手に入れて、精神世界へ赴き、魔族の勢力と戦い倒す、あるいは勢力を削る。
言うなれば一人きりで立ち向かう防衛戦。
それが、枢機卿へ至るための試練、〈緋色の試練〉の概要だった。
古の魔族の襲来。それは、この大神殿の造りを見ても分かるように、かなり大規模なものだったはず。
かつて地上で倒され、異次元に封印された魔族たちは、精神生命体のような形でこの世界に干渉を試みている。それを防衛するのが俺に課せられた役目というわけだ。
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