68 花の里

 

 赤・黄・橙・白・紫ーー色とりどりの花々が咲き乱れる、見渡す限りの花畑。

 その間に敷かれた黄色い街道を、レオと香里奈の二人を乗せた乗り合い馬車は、縫うように進んでいた。


「綺麗ね。見て、蝶々まで飛んでるわ」


 〈ピヨピヨ〉


「すげえ。地平線まで花で埋まってる。こんなに広い花畑、初めて見た」


 二人はあれから「教都カティミア」で、どうにかしてスバルに会えないかと模索を続けた。


 しかし、大神殿では取りつく島もなく門前払いされ、街での情報収集も難航して行き詰まってしまう。

 結局、香里奈が修道院を訪れ、何とか聞き出してきたわずかな情報だけが唯一得られたものだった。


 〈「光の聖者」様は、既にこの国を導くための修行に入られた。神殿関係者以外の面会は当面不可能〉


 聖人としてまつりあげられたユキムラとは到底会えそうもない。


 そう悟った二人は、仕方なく方針を切り替えた。

 攻略を進めるべく一通り調査をした結果、次の街「花の里マナキア」に、最北の山越えに必要な攻略アイテムがありそうだという情報を掴んだのである。


 〈午睡花ごすいか


 この国の北端にある山に棲むという伝説の魔物「丹暗誅にあんちゅう」対策になるアイテムだ。




『《北の山の伝承》


 むかしむかし

 この国の北の山には、山の向こうに通じる隧道があり、人々は盛んに行き来していました。

 ところがいつの間にか、隧道に恐ろしい魔物が棲みつき、人が通れないように塞いでしまったのです。


 その魔物の名前は〈丹暗誅〉といいました。


 人々は困りました。そして試行錯誤の上に、猫によく似たその大型の赤い魔物に〈真足足媚珠マタタビーダマ〉を捧げ、同時に〈午睡花ゴスイカ〉を焚いた煙を浴びせると、魔物は酩酊してしまい、その間に隧道を通ることができると分かったのです。


 しかし喜んだのもつかの間。あるときから、それらの植物が全く採れなくなってしまいました。

 それ以降、隧道は人が通ることができなくなり、隣国との交通は途絶えてしまったのです。』



「この街で〈午睡花〉、次の街『ルーミカ』で〈真足足媚珠〉。上手く手に入るといいな。でもさ、花の方はいかにもなんだけど、〈真足足媚珠〉なんて、なんかオモチャみたいだね」


「そうね。当て字だし名称が適当過ぎる気がするわ。これって、想定外のアイテムだからかしら?」


「想定外のって、どういう意味?」


 〈ピヨピヨ〉


「本来ISAOのMAPは、北から南——つまり青森県側から岩手県側に向かって攻略が進むはずだったと思うの。当然、エリア解放も」


「あ、そうか!」


「気づいた? でも私たちのせいで、MAPの南端に突如プレイヤーが現れてしまった。だから、この世界を管理している誰かさんは、こちら側からもエリアを解放できるようにしないとって独自に修正を加えて、新たにクエストやアイテムを急遽用意した。だから想定外」


「なるほど。言われてみればそうかも」


「ISAOのアイテム名って、西洋神話に基づいていたり、アイテムに意味付けするような漢字を使ったりと、割とお堅い感じのものが多い印象なのよね。なのに今回のだけ、既存のアイテムとネーミングセンスが違う気がするのは……」


「名付け親が違うからなのか」


 〈ピヨピヨ〉


「マタタビーダマとか、猫の魔物だから『にゃん』とか、可愛いけど違和感を覚えちゃうわ」



 *



 〈芙蓉ふようが正午の時を告げるとき、赤き獣に微睡まどろみをもたらす〉


「このヒントって、どう解釈すればいいのかな?」


 〈花の里マナキア〉で情報を集めている途中で、〈午睡花〉に関する伝承資料を貸本屋で発見した。そして、そこに載っていたこの一文を目にして、二人は頭を悩ませ、何かヒントはないかとギルド資料室に戻ってきていた。


「芙蓉って呼ばれるものには確か二種類あるのよ。アオイ科の低木か、あるいは蓮の別名としても有名だったはず。どちらかしら?」


「うーんっと、おっ、これなんていいんじゃない?」


「『〈マナキア〉花の分布地図』? いいかもしれない」


 分布地図を調べた結果、街を出て川沿いに北上すると、パンタゴヌ池という大きな蓮池があるということが判明する。


「もうひとつの芙蓉の方は載ってないみたいだから、とりあえずこの池を調べてみましょうか?」


「早速これから行ってみる?」


「いえ。この地図を見ると、歩きだと片道6時間くらいかかるわ。街中もまだ全部は調べ終わってないし、現地に行くのは明日にしましょうか」


「こういう時に馬とか騎獣があればいいのに」


「本当よね。馬って、ゲームのISAOではテイムできたのよね? こっちでもテイムは無理としても、借りるとかできないかしら?」


「探してみる? 街の聞き込みも兼ねて」


「そうしましょう。じゃあ、ここでの調べ物は終わり。ヒヨコちゃんたち、元気にしているかしら?」


 ギルド資料室にはテイムモンスターの入室が禁止されている。

 そのため、二人はギルドの預かり所にヒヨコたちを一時預けていた。卵から孵して以降、離れるのが初めてとあって、ちょっと心配な二人。


「あのピヨピヨも最初はうるさかったけど、慣れちゃうといないと寂しいもんだね」


「そうね。まだちっちゃくて可愛いし。あれがコケコッコーって鳴くようになったら流石に困るかもしれないけど」



 *



 果たして、馬を有料レンタルできる店を見つけた二人は、その日の午後、〈騎乗〉のスキル取得に励み成功する。更に、道具屋で簡易いかだという浮き具を見つけ、池の調査に必要かと思いそれも購入した。


 そして翌日、二人はパンタゴヌ池へと出発した。徒歩で六時間ほどかかりそうな距離を、馬に乗れば三時間半で到着する。早朝に出発して、着いたのは九時を回っていた。


「あれじゃない?」


「うわぁ、真っピンクだ。めっちゃ咲いてる」


 地図上で正五角形に近い形をしていた広い池には、薄紅色の大きく開いた蓮の花が一面に広がっていた。


「これだけ咲いていると壮観ね」


「蓮の花ってこんなに大きいんだ。直径二十cm以上ありそう」


 中央にある黄色い花托かたくの周りを、同じく黄色い雄しべが取り囲み、大きな薄紅色の花弁がそれを包むように花開く様は、色のコントラストも相まって目にも鮮やかだ。


「キャンプするのって、このあたりでいい?」


「そうね。昼前まで、ここを起点にちょっと周辺を見回ってみましょうか」


 〈午睡花〉を探すヒントであると思われる〈芙蓉ふようが正午の時を告げるとき、赤き獣に微睡まどろみをもたらす〉という一文に従って、二人は池の畔にテントを広げ、周辺散策をしながら正午を待つことにした。



 そして正午。


 何かが起こるのではないかと予想していた。だが、特にこれといって変わったこともなく時は過ぎていく。


「あんなに咲いていたのに、全部閉じちゃったね」


〈ピヨピヨ〉


「散らずに蕾は残っているってことは、また明日になれば咲くのかしら?」


 午前中に大きく開いていた花は全て閉じ、これまた大きな蕾に戻っていた。正午をかなり回ったが、やはり花が閉じてしまった以外に何も起こる気配はなく、周囲にもこれといった手掛かりは見当たらなかった。


「今日は池のほとりでピクニックだね」


「景色はいいし、のんびり待ってみましょうか」


 待っている間に何かが起こるかもしれない。それを期待して、二人は明日を待つことにした。


「開花時刻って何時頃かな?」


「九時には満開だったから、遅くても明け方? それとも、もっと早いのかしら?」


〈ピヨピヨ〉


「じゃあ、今夜は交代で見張りする?」


「そうね。いつ何が起こるか分からないし、そうしましょう」


 そしてなにごともなく陽が暮れ、夜も更けた。



 *



 〈リィィィ———ン リィィィ———ン〉


 月明かりの元、澄んだ虫の音が辺りに響いている。

 香里奈と交代で、今はレオが見張り番をしていた。ちなみに、ひよこたちは夜の間は静かに寝てくれている。


 〈ホゥ——ホゥ——〉


 ときどき、夜行性の鳥の声も聞こえてくる。静かだが、自分以外の生きものが活動している音があった。


 (元はゲームなのに、よくできてるよな。以前もこんなだったっけ?)


 プレイしていた時間が短か過ぎて、そのあたりのことはよく覚えていなかった。音だけでなく、吸い込む空気も、夜のせいかしっとりとしていて、かつ日差しが強かった昼の名残りか、草花が放つ夏の匂いがした。


 (そろそろ夜明けが近い?)


 さっきより、空が少しだけ明るくなった気がする。そうして、夜から朝に移りゆく、夜明けの予兆を感じ始めたとき。


 一斉に、音が消えた。


 (え?)


 先ほどまで聞こえてきた虫の音も鳥の声も全てが止まり、一瞬の静寂が訪れていた。

 そして、その静寂を打ち破るかのように、


 〈ポンッ!〉


 何かが弾けるような軽い破裂音が響く。


 (何の音だ?)


 レオは何事も聞き逃さないようにと、息を潜めて注意深く耳を澄ました。そのまましばらくジッとしていると、


 〈ポンッ!〉


 (あっ、また)


 その音は、池の方から聞こえてきた気がした。


 (香里奈に知らせなきゃ)


 次第に辺りが薄っすらと明るくなってきた中、香里奈が休んでいるテントに静かに近づき、幕を引き上げ声をかける。


「香里奈!」


 眠りが浅かったのか、それで香里奈は直ぐに目を覚ました。


「何かあった?」


 〈ポンッポンッ!〉


「変な音がする」


「今の?」


「そう。池の方から。今のでポンッていうのが、4回目」


 起きてきた香里奈と、ようやく視認できるようになってきた池の方を観察する。


「あっちから?」


「うん」


 〈ポンッ!〉


 二人は音源を突き止めるべく、池全体を眺めた。


 〈ポンッ!〉


「これで6回目」


「あっ!」


「何かあった?」


「今ので6回目だとすると、咲き始めた花の数と同じね」


「えっ? 咲いている花ってどれ?」


「まだ開ききっていないから分かりにくいけど、周りよりひと回り大きく見える蕾があるでしょ?」


 〈ポンッ!〉


「タイミングを考えると、蕾が開花するときに音が鳴っている?」


 〈ポンッ!〉


「見えた! ポンッていう音と同時に、大きくなった蕾がある」


「〈芙蓉ふようが正午の時を告げる……正午、正午……時を告げる」


 〈ポンッ!〉


「9回目。たぶんあそこだ!」


「レオくん。その調子で、音と同時に咲いた花を見つけて教えてくれる?」


「うん、いいよ」


「特に、12回目に咲いた花の位置を覚えていて欲しいの」


「了解」


 12回目は間もなく訪れた。


「あの花だ!」


「近くに行ってみましょうか?」


 池に簡易筏を浮かべ、恐る恐るそれに乗る。


「案外、安定性がいいわね」


「うん。これなら大丈夫かも」


 静かに水をかきながら、目的の蓮の花に近づく。


「見た目は、他の蓮の花と変わらない気がするけど」


「【Sフィールド鑑定Ⅰ】……出た。【午睡花】。これで間違いないみたい」


「この花を採取すればいいのね」


「やってみる」


レオが花を丸ごと刈り取ると、それは直ぐにアイテム化した。


《エリア解放キーアイテム①「午睡花」を入手しました》

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