65 教都カティミア

 

「これが、大神殿なんですか?」


 かつて転職クエストを受けたユーキダシュ大神殿は、非常に広大な施設だった。だが、今目の前にしているカティミア大神殿は、また違った意味で巨大であり、その威容を誇っていた。


 神殿というよりも軍事基地、あるいは難攻不落の要塞というのが似つかわしい。


 周囲をグルッと二重の深い堀に囲まれた様は、まるで着水した宇宙戦艦だ。

 発射台にある宇宙ロケットが林立するようにそびえ立つ尖塔も、油断なく周囲に警戒を放っているようで、いったい何に備えているのだろう? そう思わせる。


「驚かれましたか。ここは、遙か昔には魔族との争いの最前線基地でした。古き戦いを忘れぬ戒めとして、あえて当時の名残りをそのままに改築・修繕を繰り返しています」


「魔族……ですか」


「はい。今はもちろんそのような心配はございません。地表の魔族は弱体化し、僅かな小物を残して滅び去りましたから」


 古の魔族との戦い。このエリアの雑魚モンスターの面子が刷新されているのは、この設定のせいか。


「それは安心しました」


「神殿の外装はこのようなたたずまいですが、内装は改装して居住性を高めております。ですから、快適にお過ごし頂けると思います」


 そう言って案内されたのは、神殿の最も奥まった場所にある、やけに豪奢な部屋だった。


「ここは何かの集会場ですか?」


 居心地のよさそうな革張りのソファセットに、凝った細工が施された艶のある家具類。

 靴で踏むのが不安になりそうな、精密な織りの絨毯。

 宗教的な絵柄をモチーフとした大きなタペストリーが壁を飾っている。

 照明や窓にかかるカーテンに至るまで、全て芸術作品のように美麗で、まるで王侯貴族の部屋のようだった。


「いえ。こちらは大司教様の第一居室でございます。奥向きにもう一部屋、小ぶりの第二居室も用意致しましたので、どちらもお好きなようにご自由にお使い下さい」


 居室っていう概念が、どうやら俺のと違うみたいだ。こんな広い部屋で過ごせと言われても困るから、別室があるのは助かるかな。


「また、寝室の周りには浴場や書斎なども配置されております。専用の中庭も2箇所。展望台もございます。それとは別に、侍者の控室をいくつか、お声の届く範囲に設置しておりますので、お呼びいただければすぐにご用をお伺い致します」


「そんなにあるんですか。広過ぎませんか?」


「まだございます。ここまでは私的なお部屋のご案内になります。他に、お務めに際して使って頂くお部屋が幾つか。お一人で祈られる場合の専用の祈祷室に沐浴室。大・中・小の礼拝室。内向きの謁見室に、お身体を動かされたいときの武道場。専用の図書学習室。もし他にご希望があれば、いくらでもご希望の施設を用意致しますのでお申し付け下さい」


「いえ。これで十分です」


「では後ほど、今後の学習スケジュールにつきまして、担当の秘書官たちがお伺い致します。それまでは、ゆっくりお疲れをお癒しください。その他の侍者につきましては、順次紹介させて頂きます」


 〈パン! パン!〉


「大司教様にお茶を」


 正直、部屋が広過ぎて落ち着かない。


 ジルトレ大神殿のワンルームの居室。あのこじんまりとした自室がひどく懐かしい。最上級の待遇を受けているんだろうけど、これは先が思いやられるな。


 *


 それからは、内心危惧していた通り、綿密にスケジュール管理された生活が始まった。


 ・起床時刻に起こされ、そのまま沐浴


 ・朝礼拝


 ・朝食


 ・祈りの時間


 ・やたら広い図書学習室で数々の資料の閲覧学習


 ・昼食


 ・中庭での散歩や神殿施設の見回り


 ・精神修養としての瞑想


 ・宗教講話や神殿内の要人会議の傍聴や参加


 ・夕食


 ・祈りの時間


 ・入浴


 ・自由時間


 ・就寝


 日によって多少の組み替えはあるが、ほぼこんな感じの超規則正しい生活だ。


「ずっとこんな生活を続けてたら、本物の神官にでもなっちゃうよ。そう思わない? なあ、メレンゲ、爺」


 目の前で、嬉しそうにクッキーをポリポリとかじる二体の妖精たち。


「今はひたすら頑張れ? 踏ん張りどきだ? それは分かってはいる。分かってるけど……えっ? プリンが食べたい?」


 ゲームと違って、ログアウトできない状態でのこの宗教漬けの生活は、かなりこたえる。


「プリンは、材料はあるんだけど作り置きはもうない。……わかったわかった。厨房を借りれないか、明日聞いてみる」


 入浴後の自由時間に、こうして二人とお茶をするのが、現在の俺の唯一のいこいになっている。


 まだ始まったばかりで、クエストの最終地点は全く見えてこない。手応えも取っ掛かりも感じない。でも、少しずつでも消化していかないと、シークレットクエストは進まない。それは経験上分かっている。


 おそらく、与えられたあの膨大な資料や講話・会議などに、次の段階に進むヒントが隠れているんだろう。これは腰を据えてやらないと、かなり手強そうだ。



 ◇



「来たね。教都カティミア。ここにスバルがいるんだ」


 〈ピヨピヨ〉


「チラッとでも会えると嬉しいんだけど、それにはどうすればいいのかしら?」


 〈ピヨピヨ〉


「とりあえず冒険者ギルドに行こうか。でもなんかさあ、お祭りなのかな、この街? なんかそんな雰囲気じゃない?」


「そうね。あちこちに目立つ金色の花が飾ってあるし、やけに屋台の数も多い気がするわ。何があるのかしら?」


 〈ピヨピヨ〉


 その時、花籠を持った少女が近づいてきて、二人に金色に光る花を一輪ずつ差し出した。


「可愛らしいヒヨコですね。花をどうぞ、旅のお方」


「ありがとう。これいくら?」


「そのお花は差し上げます。その代わり、一緒にお祝いしてくれますか?」


「お祝い? いったい何の?」


 〈ピヨピヨ〉


「この教都に、みんなが待ち望んでいた『光の聖者』様がとうとう来てくださったの。素晴らしいでしょ? そのお祝いです」


「もしかして、その聖者様って『ユキム……』」


 そう言いかけたレオの口を、少女の可愛らしい手が塞ぐ。


「ダメ。私たちみたいな一般人が、貴いお方のお名前を直接言ってしまうなんて、それはとても畏れ多いことよ。この街には、そういう序列にうるさい人が多いから気をつけてね」


「わ、分かった」


 〈ピヨピヨ〉


「じゃあ、良い旅を。さようなら」


 そう言って少女は、雑踏の中へ姿を消した。



「名前……言っちゃダメだって」


「どんだけ? そうすると困ったわね。この街では、スバルくんについてNPCに尋ねることができないってこと?」


 〈ピヨピヨ〉


「でもさっきの子さ、俺に『私たちみたいな一般人』って言ってなかった? 俺だからダメなのかも。同じ聖職者の香里奈なら平気だったりしないかな?」


「その可能性はあるかもしれないわね。ちょっと修道院に寄ってもいいかしら? 迂闊に名前を口にして詰問されるのは嫌だから、どこまで尋ねても大丈夫か確認してくるわ。できたら、スバルくんの足取りを調べて、現在置かれている状況も聞き出してくる」


 〈ピヨピヨ〉


「頼んだ。それにしても、さっきからピヨピヨピヨピヨって。どうしたんだ、お前たち?」


「この街に来てから、さえずる回数が急に増えたわね」


 先ほどからピヨピヨと鳴いているのは、開通クエストで入手した二つの有精卵……から孵化したばかりの二羽のヒヨコたちだった。


 あのクエストで手に入れた金の卵は、結局最後に拾った二つだけ。雌鶏から解き放たれたモンスターの討伐に労力と時間がかかり過ぎて、それ以上は回収することができなかったからだ。


 そして、討伐を終えて冒険者ギルドに報告した後に現れた画面を見て、二人はガックリと肩を落とした。


 《開通クエスト〈黄金鶏を探せ〉が終了しました。冒険者ギルドに提出すると景品交換画面が開きます。獲得した金の卵をご希望の景品と交換して下さい。※交換期限: イベント終了より3日間》


 《金の卵交換所》

 [卵の数]

 [1]金の有精卵

 [3]黄金鶏(騎乗用)

 [7]サウフ産並馬

 [15]サウフ産名馬

 [31]黄金花舟(少人数用高速小船)


 そこには、なんとも魅力的な商品が並んでいたからである。


 移動に便利な騎獣に、河川を利用できる高速小船。どれも今の状況で喉から手が出るほど欲しい品だった。

 だが、金の卵が二つしかない以上、手に入れられたのは二つの有精卵だけ。それを温めて孵化させたのが、このヒヨコたちである。


「孵化させるだけでテイムできたのはいいけど、いつ頃、鶏になるんだろうね?」


「さあ。卵から孵るのが異様に早かったから、大人になるのも早いんじゃないかしら」


 そもそも、普通のヒヨコがどの程度の日数で鶏になるのかさえ二人は知らなかった。


「うわっ。ちょ、ちょっと、ピヨリン、落ちちゃうよ。いきなりどうした?」


 孵化させた時の習慣のままに、レオの懐に収まっていたヒヨコが、少女の手渡した金色の花に跳びかからんばかりになっている。


「えっ? この花を食べたいの?」


 〈ピヨピヨ〉


「あら、食用なのこれ? 鑑定してみましょうか……ふうん。【黄金花】ですって。香りが良くて栄養素が含まれる。エディブルフラワーらしいわ。あげても大丈夫みたい」


「そっか。ほれ、食べて早く大きくなれよ」


「あら、食いつきがいいわね。すぐに食べ終わっちゃいそう。これなら、餌代わりにまとめ買いしておいてもいいかも」


 ところどころに花売りの屋台が見えていて、簡単に買えそうだった。


「ピヨたちってさ、鶏になったら騎乗とかできるのかな?」


「雌の金鶏鳥は乗れそうなくらい大きかったから、そこは期待しちゃうわよね」


「雄はあれ以上大きくならない? それだと無理か。これって雄雌どっちなんだろう?」


「さあ? ヒヨコの雌雄を見分けるのって難しいらしいわよ。『ひよこ鑑定士』っていう民間資格があるけど難関らしいし」


「そんな資格が本当にあるの? なんか可愛いね」


 〈ピヨピヨ〉


「『ひよこ鑑定士』は通称よ。正式名称はもっと固い感じだったはず」


 そんな話をしている内に、冒険者ギルドの建物を発見した。


「じゃあ、まずは資料室だね」


「そうね。情報収集を頑張りましょう」


 〈ピヨピヨ〉




*——『不屈の冒険魂3』(集英社ダッシュエックス文庫)【7/21】発売!——*

シークレットクエストに振り回されるユキムラに、召集命令?! いったいどこから?


♪ただいま、ご予約受付中♪



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