64 モンスタートレイン
東の旧鉱山に近づくにつれ、周囲の景色が次第に変化していった。生い茂る艶やかな緑から、モザイクを描くような鮮やかな紅葉色へと。
地面にも黄や赤が入り混じった落ち葉が敷き詰められ、常であれば目を楽しませてくれるものであるはずだったが……
「予想外ね。これじゃあ保護色だわ」
「黄色い鶏なんて、目立つからすぐに見つかると思ってたのに」
「スキルで探しましょう。取ったばかりのスキルが、もう役にたつわね」
「うん。やってみる」
【Sフィールド鑑定Ⅰ】
「……いない」
「まあ、そう上手くはいかないわよね。移動しながらどんどんいきましょう。数打てば当たるはず」
そうしてスキルを使用しながら山の探索を進めていくと。
「あっ! いた! 香里奈あそこ。あれじゃない?」
「えーっと。うん、あれか。それっぽいわね」
【S生体鑑定Ⅰ】
「敵性反応……黄金鶏(雄)。状態はノンアクティブ。間違いないわ。でもあの鶏、鳥籠に入るかしら? 大き過ぎる気がするんだけど」
遠目からでも、鶏のサイズは大型犬くらいのサイズがあるように見えた。
「うん。どう見ても鳥籠よりデカいと思う」
「あれって、魔法の鳥籠とかじゃなかったわよね?」
「……と思う。見てみる?」
「ええ。いざ捕まえて鳥籠に入らないっていうのは困るから」
レオが亜空間にしまった鳥籠を取り出す。
鶏用だけあって、一抱えもあるかなり大型の鳥籠ではある。だが黄金鶏と見比べると、やはり小さいように見えた。
【Sアイテム鑑定Ⅰ】
〈【鳥籠[鶏]】: 鶏の運搬用に使用される鳥籠 ※イベント『開通クエスト〈黄金鶏を探せ〉』専用〉
「やっぱり、大きさについては特に言及がないわ」
「でもイベント専用ならなんとかなるかな?」
「そうね。とりあえず捕まえてみましょうか」
*
〈ボゴォ!〉
いかにもな効果音と共に、もう何度目になるか分からない黄金鶏の猛烈な
「ゲフッ!」
「【回復】! 【全状態異常解除】!」
香里奈が即座にスキルを放つが、怒れる雄鶏の勢いは止まらない。
〈ドゴドゴドドドゴゴォォッ!〉
「カハッ!」
立て続けのキックに襲われ、レオのHPが見る間に削れていき、胴体の広い範囲が石化し始めた。それでもレオは根性を発揮して、両手で掴んだ雄鶏の羽を意地でも離さない。
「【完全回復】! 【全状態異常解除】!」
「往生際が悪いんだよ! いい加減に観念しろよ!」
そして、腹部に度重なる攻撃を受けながらも、何とか暴れる雄鶏を地面に押さえつけることに成功する。
「香里奈!」
出しっ放しにしておいた大きな鳥籠を抱え、香里奈が地に伏せるレオの元に走り寄った。
「このまま突っ込んでみるから、籠を転がして蓋を開けて! 入口はチョット横向きでそのまま固定。もし入ったら即、蓋をよろしく」
「分かったわ。これでいい?」
「うん。じゃあいくよ」
雄鶏を両腕でギュッと拘束したレオが身体をゆっくりと起こす。
〈ガッ! ガツッ!〉
レオの鎧に雄鶏のキックが当たる鈍い音が連続で響いた。
「【完全回復】! 【全状態異常解除】!」
「クソっ! 暴れんなよ! よいしょっと」
〈ドサッ! ゴケッゴケッ!……ガチャ! ゴケッコッコゴケ———ッ!〉
開口部に拘束したままの状態で雄鶏を押し当てると、その身体の大きさよりも遥かに小さい開口部に、雄鶏は吸い込まれるように取り込まれていった。
「やった! 入った!」
「なんとかなったわね。……よかった。本当によかった。これで入らなかったら、どうしようかと思ったわ」
「ガンガンに身体強化をかけてもらってこれだもんな」
「レオくんお疲れ様。酷く蹴られていたけど、お腹大丈夫? 大変だったわね。お疲れ様。ちょっと休憩しましょうか?」
「これくらいへっちゃらさ。香里奈もお疲れ様。そうだね。休もっか」
「でもサイズの小さい雄鶏でこれなら、雌鶏はどうなっちゃうのかしら? 先が思いやられるわ」
*
しばらく休憩した後、二人は鳥籠を抱えて次の目的地である北の森に向かう。
「レオくん、重くない? 鶏を入れると亜空間に収納できなくなるのは酷いわよね」
「嵩張って持ちにくいけど、重さは変わらないみたいだから大丈夫。収納できないのは、雄鶏がいるよって雌鶏に気配を知らせるためじゃない?」
「そういうところこそ、ゲーム的な融通をきかせてくれたらいいのに」
事前に冒険者ギルドで得た情報によると、黄金鶏の雌の性質は次の通りであった。
〈黄金鶏の雌は発情期になると雄への求愛行動が激しくなる。気に入った雄を追い回して、猛烈にアピールをしようとする。そして、そのアピールの仕方が問題になる。羽が変性して、身体に触れたものを手当たり次第に引っ付けてしまうから〉
「『異様に馬力があるから、いろんなものを引っ付けたまま強引に走り回る。だから、被害がどんどん広がる』って言ってたよね?」
「それって、いったいどんな状態になってるのか、想像もつかないわ」
「『雄鶏を捕まえていれば、雌鶏をおびき寄せることができる』と言ってたけど、そんなに周りのものをくっつけていたら、籠に入れるのは無理だよね?」
「普通に考えたらそうね。でも雄鶏もスポンって籠にはいっちゃったし、案ずるより産むが易しかもしれない」
景色が次第に山から森に変わり、しばらく進むと南北を縦貫する黄色い街道が見えてきた。
「街道に出たわ」
「この辺りが怪しいはずなんだけど、しばらく待ってみる?」
雌鶏が飼われていたのは、街の北西にある山麓牧場である。そこから脱走して、本能の赴くまま雄鶏のいる東の旧鉱山に向かっていたとすると、その中間地点に当たるのがまさにこの辺りになっていた。
また、乗合馬車が止まっていることからも、雌鶏はおそらく北の街道付近にいるに違いない……二人はそう推測していた。
——ドッドッドッドッガラガラガチャガチャズゴゴゴォォォ——
〈ガガガッコケッゴンゴンコケッドドドドドコォ———ッ!〉
妙なリズムの地響きと、不協和音的な騒音が聞こえ始め、それが次第に大きくなっていく。
「来た?」
「来た——っ!」
「なにあれ?」
街道の北の方向から、雑然とした騒音と共に徐々に大きくなってくる影は、見るからに異様な姿をしていた。
その先頭にいるのは大きな黄金の鶏である。
それ自体が牛のように大きなサイズだったが、最早それはたいした問題ではなかった。
「あっ! あれ、乗合馬車じゃない?」
黄金鶏に引っ付いて、いろんなものが引きずられている。それも列車のように連なって。
スタート地点が牧場だったせいだろうか?
雌鶏の後には、まず羊や牛に牧羊犬といった動物たちがズラズラと並び、それに続いてウッドパペットやガーゴイル、インプやマンティコアなどのエンカウントしたらしいモンスターたちが窮屈そうな姿勢で連なっている。そして最後尾に、強引に引きずられるようにして乗合馬車がひっ付いていた。
「やべえ。なんだよあのモンスター」
総勢何十匹もの家畜やモンスター、その他もろもろ、木材や何かが破壊された残骸などいろんなものを巻き込んで、まるで長い長い大蛇の化け物のようになった巨大な金色の雌鶏が、目を血走らせ、興奮した様相でこちらへ向かって走ってくる。
〈ゴケッ! ゴケッゴケコッコ———ッ!〉
危険を察知したのか、鳥籠の中の雄鶏が急に叫び暴れ出した。
「どうしたんだ?」
「雌鶏が近づいているのが分かったのかしら?」
「なんかめっちゃ興奮しているみたいけど、どうする?」
「雄鶏には観念してもらいましょう。雌鶏に雄鶏はここにいるよって見せてあげたら、脇目もふらずに直進してくるんじゃないかしら?」
「そうだね」
レオが大きな鳥籠を抱え直し、雌鶏によく見えるように腕を前に突き出した。
〈コッケッコンッコッコ—! ケッコンコッコ—!〉
即座に雌鶏が雄鶏をロックオン。
その瞬間、バ———ン! と弾けるように、雌鶏に引っ付いていた全てのものが外れ、一気に脱落した。
そして。
「あっ! 卵!」
身軽になった雌鶏は、一目散に雄の入った鳥籠を目指しながら、時々ポロッと金の卵を産み落とす。
「あれ、拾った方がいいのよね?」
「そうだけど、この状況で拾える?」
雌鶏は卵を産み落としながら前進するので、当然のことながら、卵が落ちているのは雌鶏の後方だ。
卵を拾いたい。かといって、雌鶏も捕獲しないとこのクエストは失敗になる。だから鳥籠を放り出すわけにはいかない。なのに二人しか人がいない。どう考えても手が足りなかった。
「雌が近づいてきたら、拾えそうな卵をできるだけ拾いましょう!」
「う、うん」
タイミングを読みながら、雌鶏が鳥籠に激突する直前に鳥籠の蓋を開ける。
まるで排水口に水が流れ込むように、開口部から中へ吸い込まれて行く雌鶏。その消えゆく最後に、ポロンポロンと卵が二つ産み落とされた。
「蓋を閉めて!」
レオが急いで蓋を閉め、香里奈が卵を掬うように拾う。
「二個、二個だけ拾えたわ」
《ポーン!》
《開通クエスト〈黄金鶏を探せ〉が完了しました。冒険者ギルドに鳥籠を提出すると、景品交換画面が開きます。獲得した金の卵を、ご希望の景品と交換して下さい。※交換期限:イベント完了より3日間》
「げっ! 雌鶏から剥がれたモンスターがこっちに来る!」
「せ、【聖者の行進!】。【範囲結界(物理)】!【身体強化】!【状態異常耐性】!あとは……」
「とりあえず突っ込むから! 香里奈、援護よろしく!」
「了解!」
レオの奮闘と香里奈の必死の援護により、なんとか全てのモンスターを倒したのは、それからだいぶ時間が経った後、夕陽が落ちる間際のことだった。
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