66 竜を狩る者たち☆

 

 〈ザシュッ!〉


 鋭利な槍の穂先が、小型肉食竜の硬い皮膚を貫いた。


 穂先はそのまま、獲物の胸郭に沈むようにみ込まれていく。即座に槍の柄に捻りが加えられると、刺突部から勢いよく鮮血が溢れ出した。


 〈ゴギァァァ!〉


 心臓を刺し貫かれた肉食竜は、断末魔の悲鳴をあげながらドウッと地に崩れ落ちた。


「はっ。もうこれくらいなら一人でも余裕だな」


「ついこの間まで、こいつら相手に馬鹿みたいに死に戻りしてたのにな。いい感じになってきた」


「おいおい、油断してるとやられるぞ。俺たちはまだ中型相手じゃ分が悪い。こういった小物相手に、何とか様になってきた程度なんだぞ」


「それくらい分かってるよ。俺たちはしょせん二軍だからな」


 光のエフェクトと共に消えていく小型竜。それを確認したせいか、その場の空気が少し緩んだ。


「一軍の連中は、もう大型を狩ってるんだっけ?」


「ああ。だけどレイドを組んでも、まだやられちまうことの方が多いそうだ」


「いやあ。あんな怪物とガチでヤレるだけ凄いよ。いいなぁ。早く俺にも出てこい! 派生ルート」


「本当にな。いい加減、ジョブチェンジして一軍に上がりてえや」


 そう雑談する彼らに、リーダー格の女性プレイヤーが注意を促す。


「ほらそこ! いつまでも無駄口を叩いてないで、次に行きますよ!」


「はい、はーい。ハルさん、怒んないで〜」


「怒ってないですよ? みなさんの調子が良さそうだから、このままリズムを崩さずに行こうってことです」


「了解。さっ、移動しようぜ」



 *



 その後しばらく、小型竜の生息域で狩りを続けた彼ら——〈竜の谷調査班〉のメンバーたちは、次のフィールドへの移動前に小休憩に入った。


「ハルさんさぁ。ところで『ソトノセカイカラ』について、何か続報ってあった?」


 軽食を取りながら、現在の状況を確認するような質問が飛ぶ。というのも、先を促したハルという女性プレイヤーが、調査班〈情報担当チーム〉のリーダーだったからだ。


「残念ながらなしです。ご存知のように、あれ以来ワールドアナウンスも途絶えてますし」


「気になるよな、あれ」


「いったい誰なんだろうな、『謎エリア』で攻略してる連中って」


 新エリアへの到達を告げるワールドアナウンスと、それに伴う臨時アップデート。

 更に、それに続くエリアボス討伐と新エリア解放。

 告知される知らない街の数々。


 そのアナウンスは、ここ〈竜の谷〉にいる調査班にも大きな焦りと衝撃をもたらしていた。


「『神聖カティミア教国』だっけ。どこにあんだろうね?」


「攻略順路的に言えば、『グラッツ王国』の南か? でも、『獣人の集落』の南でもおかしくはない」


 津軽海峡の攻略を断念した後、調査班の中でも攻略組と呼ばれていた面々は、ここ〈竜の谷〉深部の〈旧青函トンネル〉に詰めていた。


 海上に立ち塞がる化物たちを倒すには、早急なレベル上げと特効スキルの取得、更には特殊ルートへの転職ジョブチェンジが必要だと判断したからである。


 ・カリスマリーダー「レオン」率いる〈黒曜団〉


 ・重戦士特化クランの〈大地の楔〉


 ・魔術系の派生ジョブ職を多く抱える〈蒼い雷光〉


 ・魔術系属性特化集団〈魔女連合〉


 ・情報・斥候系クラン〈賢者の集い〉


 かつては最強と呼ばれた彼らが、何度も死に戻りを繰り返し、地に這いつくばり、いつ果てるとも知れぬゾンビプレイの果てに獲得したもの。


 それは〈ドラゴンスレイヤー〉系の派生ジョブだった。


 その獲得には大変な苦労を伴った。しかし、それら派生ジョブに就いたことで新たに得られた職業スキルは、絶望的と言われた〈旧青函トンネル〉の攻略を明らかに前進させた。


「獣人の集落の南はさあ。いくら何でも、何も出て来なさ過ぎじゃない?」


「あそこだけ何も成果が得られないのは、その先にMAPが存在しない可能性もあるって言われているが……」


「ハルさん、その辺りはどうなの?」


「そうですね。元運営プレイヤーから提供された情報では、ISAOのMAPは青森エリアの実装が終わり、次は秋田県を模倣したエリアを実装する準備をしていたそうです」


「その情報があったから、秋田県側のグラッツ王国南に真っ先に人員を割いてたのか」


「おっしゃる通りです。秋田エリアの実装が済んだら、次は岩手県を予定していて、最終的には東北地方のほぼ全域をカバーするような形になるはずだったとか」


「じゃあ獣人の集落の南も、ある程度は期待できるってこと?」


「でもさ、それってたまたまゲームMAPのベースに東北地方の地形を使っていただけなんだろ? 既に作り始めていたエリアはともかく、そうじゃない手付かずのエリアって本当に存在するの?」


「そこは確信は持てないですね。このような異常事態を引き起こした原因が、依然分からないままなので」


「一時、獣人の集落のそばにある遺跡が怪しいって言ってたじゃん。あそこは結局どうなったのさ?」


「あの古代遺跡には、思わせぶりな祭壇がありますからね。あそこになんらかのイベントを用意する予定はあったそうです。でも、詳細は不明で、その解放キーがなんなのかも分かりません。あの方面は派遣した人数が少ないので、検証も進んでいませんし」


「もっと人手があればな。遺跡調査の有志を募ってみたりはしないの?」


「いやいや。獣人の集落にいる奴らって使えない連中ばかりじゃん。あいつらなんなのいったい?」


「エンジョイ勢。ケモミミ嬢の好感度上げには熱心だから、その検証はかなり進んだらしいぞ」


「マジか。勘弁してくれよ。こっちは必死でやってるっていうのに」


「まあでも、NPCの好感度を上げることは、ときにプラスに働きます。シークレットクエストがいくつか発生しているという報告も入っていますから」


「へぇ、そうなんだ。で、どんなクエスト?」


「……怒らないで下さいね。発生数が多い順で言うと、『ケモミミ受付嬢とラブラブデート!』『獣人と一緒に身体を鍛えよう!』『ケモミミっこ筋肉マッスルアピール!』『獣に成り切ってえろ!』で……」


「やっぱり。やっぱりそんな具合か」


「うん。期待してなかった」


「それがですね。そうでもなかったんです。実は最新入った報告では、意外な進展があったんですよ」


「進展? それって期待してもいいの?」


「はい。もしかしてこれが、岩手県方面への突破口となるかもしれません」


「いったい何?」


「『獣化能力』です。それを獲得できそうなクエストが、既に発生しています」

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