62 天の導き

 

「間もなく接岸致します。若干揺れますのでお気をつけ下さい」


 駆動部が立てる大きな音が響き、船が減速して一瞬大きく揺れる。仮想世界のはずなのに、こんなところはやけにリアルだ。


 〈……ば………ば…………い……〉〈……ば……い! ば……ざい!〉


 なんだ?


 声が聞こえる。大勢の人が集まったような、そして一斉に何かを叫んでいるようなざわめきが、外から響いてきた。


「先触れを耳にした民衆が船着場に詰めかけているようです。この度の大司教様のご来訪は、カティミア大神殿だけでなく、教都民全てにとりまして長く待ち望んだものでしたから」


 つまりこれは。


「では大司教様。ご拝謁の準備が整ったようです。先導者に続いて移動をお願い致します。一目そのお姿を目にしようと集まった民衆に、是非姿をお現し下さいませ」


 甲板に近づくにつれて、次第に歓声は大きく、ハッキリと聞き取れるようになってきた。



 〈万歳! 万歳!〉〈万歳! 万歳! 万歳!〉


 〈カティミアに栄光あれ!〉


 船の装甲が震えるのではと思えるほどの大歓声が響く。


 促されるまま、ゆっくりと俺が甲板上に姿を現わすと、


 〈ウォォォ———ッ!〉


 まるで津波のようなどよめきが、岸から寄せてきた。


 ……凄い。なんだこの過剰演出。でもいくら何でも大袈裟じゃあ。


「うっ。うっううっ……」


 背後から嗚咽のような声が聞こえてきて、思わず後ろを振り返る。


 すると、少なくない数の神官が目元を袖で拭い、おそらく感涙の類だろう涙を流していた。


 えっ? ど、どんだけ?


 俺が驚いて固まっていると、最も高位だと思われる年配の神官がやってきた。


「大司教様。御立ち台へご移動をお願い致します」


 神官が指し示す方向を見ると、バルコニー状に柵が設けられた高い台が設置されている。


「あそこに……ですか?」


「はい。あの場所で軽くお手をお揚げになって、参賀に訪れた民衆にお応え下さい」



 《ポーン!》


 《最上級職クエスト「猊座へ至る道」限定ミッション②「教都カティミア・民衆の歓呼」が発動しました》


 ……これも限定ミッションなのか。


 限定って、限られた条件をクリアしているから限定なんじゃないの? それがこうもポンポン続くなんておかしい気がする。でも、これが転職クエストの一環だというなら、やらないわけにはいかないか。


 覚悟を決めて、御立ち台に上る。


 台の高さは50cmくらいじゃないかと思う。でも実際に上ってみると、もっと高く感じる。既に船の揺れは止まっているけど足元がちょっと不安定で、なるほど柵が要るわけだ。


 そして、その台の上から見下ろす光景は、圧巻の一言だった。


 ……これは数千じゃきかない。


 おそらく万は越えているだろう。それくらいの人の群れが、船着場一帯を埋め尽くし、更にはその奥の方まで続いていた。


 〈万歳! 我らに栄光を!〉


 先ほどから途切れないどよめきは最高潮に達し、割れんばかりの歓声が湧き起こる。


 ……なんというか。半端ないな。


 驚き半分、呆れ半分。でもそれ以外に不思議な高揚感もあった。


 NPCによる演出なのは分かっている。だけどここまでされると、なんだか自分に凄いことができるんじゃないかって、錯覚を起こしそうだ。これだけ大勢の人の注目を浴びるなんて、もちろん生まれて初めての経験だし。


 民衆パワーっていうのかな? ゲーム的世界とは思えないほど、それを実感できる。


 人気ミュージシャンの復活ライブとか、ホームで優勝を決めたサヨナラホームラン後のヒーローインタビューとかは、もしかしてこんな感じなのかも。それほどの熱気。そう、ゲームとは思えないほどの熱気が、この場を支配していた。


 言われるがまま、しばらく片手を挙げて、にこやかな表情で歓呼に応える。


 ……それにしても。いったいこの世界は、俺に何をさせたいのか。そこが疑問。



「大司教様。ではそろそろ、移動をお願い致します。桟橋の上は若干足元が不安定になっておりますので、お気をつけ下さい」


 やっとお終いか。思わず安堵の息がこぼれた。民衆に応えていた手を下ろすと肩の力が抜け、今まで緊張していたことに気づく。結構長い間、手を振らされていたからな。


 台から降り、この上なく派手で嵩張る衣装の裾をさばきながら、コケたりしないようにゆっくりと桟橋さんばしに向かった。


 橋を渡ってすぐの場所に、先ほど乗ってきた輿が置かれている。その周りを、白い制服姿の聖堂騎士テンプルナイトたちがガッチリと固めていた。


 そんな中、再び輿に乗り込むと、間もなくフワッとした浮遊感が訪れて、輿が担がれたのが分かる。


「大司教様、ご出立! 一同、拝礼!」


 そして、未だ湧き立つ歓声の中、出発の合図が発された。その掛け声と共に輿が動き出す。


 すると同時に、辺りが急に異様な明るさに変わった。何事かと、垂れ幕をよけて外を覗くと、幾本もの光条が列をなすように雲を割り、天から地上へと降り注いでいた。


 またあれか。謎のスポットライト現象。展望塔で起きた超常現象のパワーアップ・バージョンだ。


「おおっ! 天の導きが示されるとは! なんという奇跡!」


 輿の側に並んでいた侍者たちが、一斉にひざまずき跪拝きはいする。


 俺も降りた方がいいのか?


 その状況に戸惑う俺に、侍者の一人が姿勢を低くしながら駆け寄り、教えてくれた。


「この場所からカティミア大神殿まで至る道が、天に祝福されて輝いております。大司教様はそのまま輿にお乗りになってお待ち下さい」


 再び号令と共に、輿とその随身である神官たちや聖堂騎士たちが一斉に動き始めた。いまだ輝く天からの光が指し示す方向へと。


 ここに至って、ようやく俺は悟る。


 ……違う。これは全然違う。


 その質も、その規模も、関わるNPCの人数も、まさにハイエンド。桁違いだ。


 このハイエンド・シークレットクエストは、今までクリアしてきた転職クエストとは、おそらく全く違うレベルのものだ。


 これは、認識を改めないといけない。


 おそらく淡々とこなすだけじゃダメだ。できることを全力で。そして着実に。じゃないとこのクエストは終わらない気がする。


 今頃、レオと香里奈は北の果ての旧ISAO世界へ向かっているはずだ。ゲーム知識が一番豊富な俺が抜けて苦労しているだろうし、当然時間もかかるだろう。でも彼らなら、少しでも前へ進もうとあがき、努力しているはず。


 ……だったら。だったら、俺だってやらなきゃ。


 二人が旧ISAOに到着するのが先か、俺の転職クエストが進展するのが先か。状況があまりにも未知すぎて全く見通しは立たない。


 だけどこれだけは言える。努力すれば必ず目的は遂げられ、願いは叶うはず。……だってここは、あのISAOなのだから。

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