61 御用船
冷んやりとした空気が頬をなでていく。
カティミア川を滑るように走る高速船。その甲板上で、俺は後方に流れ去る山々や美しい田園風景を目で追うように眺めていた。
行き先は教都。そして、今俺が乗っているのは、神殿の
船体を真っ白に塗装された
「大司教様。恐れ入りますが、間もなく教都に到着致します」
声に振り向くと、俺に付けられた侍者の一人が、申し訳なさそうな表情でこちらを伺っていた。
「もう到着?」
前方を確認するが、それらしい街はまだ見えてこない。
「今しばらくお時間はございます。ですが、お支度がございますので、大司教様には一旦船室へお戻り頂き、下船前の準備をお願い致します」
「支度とは? 街へ入るのに着替えが必要なのですか?」
「はい。僭越ですが、教都への初めての入場でございます。その晴れがましい瞬間を、是非それに
先導されて下層の船室に向かう。するとそこには、俺付きの衣装係だという侍者が四人も待ちかまえていた。それぞれ、何やらギラギラしたものを手に捧げ持っている。
……うげっ。金ぴかじゃないか。
不思議に思って覗き込むと、布地から縫い糸から豪華な刺繍まで。全てが黄金色に輝いていた。
「大司教様にお召し頂くご衣装でございます。どうぞお
いやいやいやいや。サンバ踊るわけじゃあるまいし、そんな金ピカの服なんて恥ずかし過ぎる。こういうのは、威厳のある年配の聖職者が着るから貫禄が出るわけで。
「せっかく用意して下さったのに恐縮ですが、今回は手持ちの典礼服を着てもよいでしょうか?」
手持ちの〈輝煌シリーズ〉の典礼服も、かなり華美なデザインだ。それじゃダメ?
「着慣れたご衣装の方が宜しいのでしょうか? こちらの衣装は、大司教様の〈格〉に相応しいようにと、選りすぐりの職人たちを集めて、特別な素材を用いて
そんな
四人は揃って膝をつき、ひたむきな瞳で俺をジーッと見つめてくる。こういうのには弱いんだ。NPCだと分かっていても、その真摯な眼差しに逆らうのは、俺的には難しかった。
それに〈格に相応しい特別な素材〉。この言葉も引っかかった。万一、この衣装替えも転職クエストの一環、あるいは何かの布石だとしたら。……その可能性が否定できない以上、無視しては不味いような気がした。
「試着だけなら」
いろいろ考えた末の俺の返事に、嬉々として金ピカ服を差し出すNPCたち。着付けてくれようとしたが、支度の手伝いは断り、彼らには一旦部屋から下がってもらうことにした。
そして、衣装箱ごと残された装備品を、改めてひとつひとつチェックしてみる。
「えっと、典礼服と冠に……肩帯・腰帯・腕帯。フルセット揃ってるか」
さらには付属品らしい、やはり金ピカのアクセサリやローブ、さらに靴まで用意されていた。全て黄金一色。これを全部身につけたら、どこぞの大仏のようになってしまうのでは?
そう思いながら、それらを順次、亜空間に収納する。
これで、空いている〈セット装備枠〉に登録すれば、ポチるだけで一瞬で装備変更が完了。さらに、一括してその能力も確認できるから一石二鳥でもある。
《ポーン!》
《最上級職クエスト「猊座へ至る道」限定ミッション①「装備品〈
限定ミッション。
確かなんらかの条件を満たしたときだけ提示されるものだったはず。やっぱり職業クエスト絡みか。しかし、事前告知はなくて達成アナウンスだけとは。もし条件が揃っていたとしても、見逃してしまいそうだ。これは、これから気が抜けないな。
気持ちを改めてメニューを開き、新しい装備シリーズを表示する。
UR【天燦聖金の典礼服】MND+150 VIT+50 耐久600
SSR【天燦の飾り帯(肩)】MND+80 耐久500
SSR【天燦の飾り帯(腰)】MND+70 耐久400
SSR【天燦の飾り帯(腕)】MND+70 耐久400
SSR【天燦の司教冠】MND+80 耐久500
うわっ。レアリティと数値を見て驚いた。
俺が持っている装備だって、現状では支援職最高クラスのはず。なのに、それより全てのレアリティがワンランク上ときた。
早速、装備セットの合算数値を比較してみる。
従来の[輝煌シリーズ]は、フルセットでMND+250 VIT+30
一方の[天燦シリーズ]は、フルセットでMND+370 VIT+50
さらに、他の装備も入れ替える。
SSR【至聖のローブ】MND+100 耐久∞
SSR【流星天馬の軌跡】VIT+30 AGI+60 耐久 500
↓
UR【貎星のローブ】MND+200 耐久∞
UR【貎星の指輪】MND+60 LUK+40 耐久∞
UR【天燦麒麟の聖跡】VIT+30 AGI+40 MND+50 耐久500
すると、トータルでMND+330 VIT+20 LUK+40 AGI−20 になった。
一気にこれか。ハイエンド・シークレットクエストとはいえ半端ない。これだけの衣装をポンとくれちゃうとか。
さらには、先ほどからNPCたちが口にする「入場」「晴れがましい」「誂えられた衣装」というセリフ。
……不穏だ。凄く嫌な予感がする。
かなり強引に、拉致同然に教都まで連れてこられたが、いったいここで俺は何をさせられるんだ?
かつて経験した上級職への転職クエストですら、かなり大掛かりで、クリアするのに相当の時間を費やした。
最上級職への転職クエストがそれより楽なわけ……どう考えてもそれはない。そこはISAOクオリティ。
〈コンコン!〉
「大司教様、ご試着はお済みでしょうか?」
まるでタイミングを見計らったように部屋の外から声がかかる。NPCなんだから、当然と言えば当然か。
「済みました。どうぞ中へ」
先ほどの四人が、しずしずと室内へ入ってくる。
「おおっ! これは素晴らしい」「なんと……なんと崇高な……」「よくお似合いです。さすが大司教様であらせられる!」
そして口々に誉めそやす。
「先ほどはご試着と
本音を言えば金ピカ服は趣味じゃない。だが、これも転職クエスト関連だと分かった以上、拒否するという選択肢はなしだ。
「いえ。実際に着用してみて、やはり皆さんが用意して下さったこの衣装の方が良いのではないかと考えを改めました」
「誠ですか! それはありがとうございます。教都カティミアでは、皆が大司教様の到着を心待ちにしております。このお姿を拝見できるだけでも、彼らにとって
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