第7章 動き出す歯車

60 イナバ君とコバヤシ君☆

《ISAOウォータッド大神殿》


「小林、今頃どうしてるかな?」


「イナバ、いきなりどうした?」


「ごめん、声に出したつもりはなかったんだけど」


 いけない。独り言を言っていたみたいだ。今は聖水作製の奉仕中だっていうのに。


「何か心配ごとでも?」


「そういうわけじゃないんだけど……小林って、ISAOに誘ってくれた高校の友達なんだ。でも、ここには来ていなさそうで」


 小林……小林怜央レオは、高校に入って最初にできた友達だ。人懐こい性格で、言葉使いはわざと崩していたけど、実はかなりのお坊っちゃま育ち。いわゆる御曹子ってやつ。


 金銭感覚がぶっ飛んでいた以外は、妙に僕とウマが合って、入学以来ずっと仲良くしていた。


「ここにはゲームをしていた人間が全員来ているわけじゃないからな。それにその友達って、確か始めてすぐにISAOをやめちゃった子じゃなかったか?」


「まあ、そうなんだけど。トレハンに移っちゃったんだよね。でも、無事ならいいなって、なんか急にそう思って」


「虫の知らせか?」


「うーん。なんだろ? そんな感じ……なのかな?」


 言われてみれば、なぜだろう。特にきっかけがあったわけでもないのに、ふと小林のことが頭に浮かんだ。


「別のゲームをやってたんなら、そこで、俺たちみたいにデスゲームに巻き込まれてる可能性はあるかもな」


「おいっ。口に気をつけろ。まだそうと決まったわけじゃないだろ?」


「悪い悪い。ついうっかりした」



 日本列島に隕石が衝突した直後、僕たちは日頃やっていたゲームの世界に強制的に放り込まれた。


 ログアウト不可。


 そんな異常事態に対して、ここまで平穏な日々を取り戻すまでには、様々な葛藤があった。今じゃ〈デスゲーム〉っていう言葉は禁句だ。誰もがその可能性を恐れ、そして誰もがそうじゃなければいいと願っているから。


 でも僕は、不安ではあったけど一人ではなかった。


 というのも、僕の家族は全員揃っていたからだ。運がいいのか悪いのか、両親は僕に内緒でいつの間にかISAOを購入し、夫婦でレジャーコンテンツを楽しんでいた。そのため、二人共にこの世界に来てしまっている。


 更に、ゲームで知り合った人たちもいる。ジルトレの街やこのウォータッド大神殿に人々が集まり、互いに支え合い励まし合うことによって、息の詰まるような不安を徐々に解消していくことができたから。


 でも小林は、おそらく一人でトレハンをやっていたはずだ。


 たった一人で、僕たちと同じように、「仮想ゲーム世界に閉じ込められる」といった状況に陥っていたとしたら。


 ……そうじゃないことを祈ってる。だけど。


 あのとき、あの教室で、僕が彼を引き止めていたら。今、ここに一緒にいられたかもしれないのに。過去を後悔しても仕方ないことは分かってる。


 でも、人懐こい反面、寂しがり屋でもある友人のことを思うと、そう考えずにはいられなかった。


 ◇


「おっはよう、稲羽イナバ。お前まだISAOをやってるんだってな」


「おはよう小林。うん、ぼちぼちだけどね。自分のペースで続けてるよ」


 友人の小林が登校するなり、ゲームの話題を振ってきた。好きだね、本当に。


「俺さ、悪いけどやっぱりこのままISAOはやめるわ。なあ、稲羽もさ、今度出る『トレハンCW』を一緒にやらないか?」


 トレハンか。確かに小林の好きそうなゲームだなって思った。だけど、どうかなぁ? 


「トレハンって、今TVとか動画サイトでよくCMしてるやつだよね?」


「そうそれ。知り合いがβテスターをやったっていうから、どんなものか内容を詳しく聞いてみたんだ」


「へえ。βテストの情報?」


「そう。βでの話じゃ、レア種族が当たれば、最初から最強路線を突っ走れたんだって。正式配信からは、更にレア度の高いSR種族が追加される予定で、予想ではぶっ壊れじゃないかって言ってた。それさえ引ければランカー入りも夢じゃないってよ」


「ふぅん。でもそれって、簡単に引けるわけじゃないよね?」


「まあな。種族決めはランダム召喚で、Rの出る確率はかなり低かったらしい。SRならもっとだろうな」


「それって、当てるのが厳しくない?」


「そう思うだろ?  でも、キャラメイク用のアプリが先行配信されるんだって。そのアプリは、丸ごと削除すればやり直せて、何回でもリセマラOK。だから根性で、出るまで粘るさ。アプリのDLは無料だから、よければちょっと試してみないか?」


「気にはなるけど、ISAOをセット購入してから、まだそんなに経ってないし、うちの親はダメっていうだろうな。だからゴメン無理。18歳未満は保護者の承認がいるだろ?」


「うちもだいぶ渋ってたけど、そこは粘り勝ちよ。稲羽もなんとか説得できない?」


 ……この様子じゃあ、もうやることに決めちゃってるみたいだね。


 小林は、欲しいものは何でもすぐに買ってもらえるっていう恵まれた環境のせいか、飽きっぽいっていうか、ちょっと移り気なところがある。そして行動力はあるから、実行に移すのは早い。


 ISAOを始める時も、広報PVを観て即決だった。


 まあISAOに関しては、僕も同じPVを観てかなりテンションが上がっていたので、あんまり小林のことを言うわけにはいかないんだけどね。


「いや、どう考えても無理。ISAOを買ってもらった時に出された条件の、成績を維持するのでいっぱいいっぱいで、新しいゲームとかとても言い出せないよ。しばらく勉強漬けだ、僕」


「お前の親、要求度が高いって言ってたもんな。優等生も大変だな」


「誘ってくれて嬉しいけど、そんなわけだから」


「おう。またなんかあったら一緒に遊ぼうな!」


 ……SR種族か。


 小林は結構熱くなるところがあるからちょっと心配。


 それにトレハンって、シリーズの前作がいわゆるガチャゲーで、過剰な課金煽りが問題視されて、一時マスコミで話題になっていたはず。


 まあでも、大丈夫かな? 


 その後、ベンチャー企業だったトレハンの制作会社は、大手資本に買収されている。そして今度の新作は、そこから出す初めての作品になる。だから、以前みたいな無茶な課金ゲーにはしないはず。


 それに、小林も思うようにいかなくなったら、また次のゲームに乗り換えるだろう。高校生じゃあ、課金するにしても限界があるしね。


 もしまた小林がISAOに戻ってくることがあるなら、その時は僕から誘って、また一緒にやればいい。


 いくらでもやり直せるさ!


 ◇


 僕はその後しばらく、一人でISAOを続けていた。でも支援系神官ってかなりキツくって、挫けそうになっていたとき、偶然の出会いがあった。


 あの、僕たちを虜にした広報PV。あれに出演していた、ゲーム内で有名な神官プレイヤーと知り合いになれたんだ。そして、それが転機となって、このウォータッド大神殿に来ることができた。


 そのプレイヤーっていうのは、ユキムラさんだ。ISAOで最強と言われる支援系神官プレイヤー。……そして、彼もこのISAOには現れていない。


 ユキムラさんは、非常に特殊なプレイスタイル(神殿プレイ、あるいはNPCなりきりプレイというらしい)を貫いている数少ないプレイヤーの1人だ。


 ただ、知り合いになってから実際に話を聞いてみると、思っていたのとだいぶ違った。


「特殊プレイ? うーん。今でこそ正規ルートを意識してプレイしているけど、最初は何も考えていなかったな」


「そうなんですか?」


「うん。ISAOを始めるまで、あまりゲームってしたことがなかったから、当然ゲーム内に知り合いもいない。だから、人助けができる仕事がいいな、くらいの気持ちで職業を決めたし」


「じゃあ、なぜ神殿プレイを?」


「ゲーム初心者だから、これでも始めた当初は、掲示板でちょこちょこ情報を集めたりはしたんだ。その時に支援系神官は寄生プレイと呼ばれやすいっていう書き込みを見つけた」


「僕もそういう書き込みは見たことがあります」


 なんか、そういうことを言う人たちって、自分勝手で酷いなって思った。


「寄生なんて言われるのは嫌だろ? だから最初はソロでプレイしてたんだ。そうすると自然とNPCたちと仲良くなって、気づいたら珍しいルートに乗っていた。そんな感じかな?」


 ……たまたまというか、成り行きというか。意外。最初から狙っていたわけじゃなかったんだ。


 そして僕は今、進路について悩んでいる。もちろん、このISAO内での話だ。


 ユキムラさんに会った後、勢いで来てみたウォータッド大神殿。ここには、他にも神官職のプレイヤーが何人もいた。そして、それぞれ自分の好きなルートを選んで進んでいた。


 幸い?  まだ位階が低い僕は、各ルートへの分岐を選ぶ自由カスタマイズ度がかなり高い。ゲーム開始当初の目標通り、ユキムラさんと同じ正規ルートを選ぶのも、可能ではある。


 だけどなぁ。


 よく話を聞いてみて分かったんだけど、ユキムラさん、意外なことに戦闘能力が相当に高い。生産職の仲間とパーティを組んでるって聞いていたけど、ソロで活動している時間も予想以上に長かった。


 ユキムラさんの様に、ステータスのマイナス部分をリアルスキルで補うとか、インドア系の僕には絶対に真似できない。


「いくら神官スキルがあると言っても、支援職が常闇ダンジョンをソロ攻略なんて、普通しないから」


 ……なんて、ウォータッド大神殿にいる神官プレイヤーの人たちが、口を揃えて言っていた。


 迷う。


 こんな状況になって、攻略組も生産組も先に進もうと日々頑張っている。そんな中、僕はどうすればみんなの役に立てるんだろう? いい加減、決めないといけない。


 このウォータッド大神殿には親切なプレイヤーが多い。そして、とても居心地がいい。このジルトレの街には、マイペースで自分の好きなことに邁進している生産職のプレイヤーも多くいる。


 僕のような学生よりも社会人の割合が多いせいか、この街がパニックから立ち直るのは比較的早かった。僕も、周りの大人たちに励まされて、なんとか日常的に平静を保つことができるようになった。


 小林のことが急に頭に浮かんだのは、そうなってやっと、リアルの友達のことを思う余裕が生まれてきたってことなのかな?


 怜央、それにユキムラさん。本当に今頃、どうしているんだろう?

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