59 旅の行方

 

「同行を拒否した場合はどうなる?」


 ここはストレートに、セルヴィス神殿長に尋ねてみた。クエストの性質が不明な以上、少しでもその概要を知っていそうなNPCに聞いて、反応をみるしかない。


「面白いご冗談を。大司教様はこの国になくてはならないお方です。あるべき場所、つまり大神殿にお越し頂くのは既に決定事項であり、覆すことはできません」


「それでも二人と共に行くと言ったら?」


「あくまで仮定ですが、もし……そこのお二人が血迷って、大司教様を連れ去ろうとするならば、それは神をも恐れぬ所業であり、許されざるものです。従って、南の関所から国外退去ですな」


 じわじわと狭まる包囲網。そんな中でこんなことを言われたら。これじゃまるで脅迫だ。


「では、俺がここで彼らと別れて、あなた方と同行するとして。彼らは、このままこの国を通って旅を続けるとしよう。その場合、彼らにはどんな利益が生じる?」


 俺の言葉に、セルヴィス神殿長が考える素振りをみせた。そして、しばらくの沈思黙考。


 ……どうやら答えが出たようだ。


「それでしたら、お二人には一般の旅人としては最大限の便宜が図られることでしょう。この国の〈準国民〉としての資格を、出国するまでを期限として交付する……というのではいかがですか?」


「その資格があるとないとでは、どう違うんだ?」


「我が国は〈異邦人〉に対して、厳しい面があります。しかし、〈準国民〉であれば、各街で異邦人ゆえに巻き込まれるトラブルを回避することができるでしょう。それによって、よりスムーズに目的地まで移動できるようになるはずです」


 いわゆる足止め系クエストが起こりづらくなる。そういうことか?


「また異邦人には利用が制限されている公共の移動手段に関する制限が緩和され、利用に際して必要以上に誰何すいかされることも少なくなります」


「公共の移動手段とは何を指す?」


「主なものは乗り合い馬車の定期便と馬借ばしゃくです」


「河川の利用は? 高速船に乗るには神殿の許可が必要だと聞いている」


「お二人の場合は、高速船の〈私的〉な利用に該当します。その場合、乗船する商船が確保できれば許可はおりるはずです」


「つまり、神殿の船には乗れない?」


「そうです。神殿の船は〈公的〉な目的にだけ運行されるものですので、お二人は乗船できません」


 二人が神殿の船に乗るのは許可できないということか。そうすると、何か都合が悪いのか?


「少し二人と相談したい。時間をくれないか?」


「この場でのご相談でしたらどうぞ。お話し合いが終わられるまで、このままお待ち致します」


 *


「すまないが、どうやら一緒に行けそうにない」


「ここで別れるの?」


「本気? 相手はNPCなのよ」


「NPCだからだ。彼らはプレイヤーと違い融通がきかない。交渉するにしても限度がある」


 ゲームの決まりに沿って動いているNPCは、案外頑固だ。システム的にNGとされているものに関しては、どんなに頼んでも決して譲らない。


「転職クエストなんだろ? 終わるまで待って、それから出発すればいいんじゃないか?」


「そうよ。ここで別れ別れになるなんて、考えられない」


「俺も本当ならそうしたい。でも、いつ終わるか分からないんだ。全く見通しが立たない。まだレベルも全然足りていない。前回の6次職への転職クエストは、かなり時間がかかった。今回もおそらくそうなる」


「だからって……」


「それに、彼らの口振りからすると、転職クエストが終わった後も、この国から出られる保証はなさそうだ」


「拘束されたままだってこと?」


「あくまで推測で、未来は分からない。次は8次職をと言われるかもしれないし、転職おめでとうで一旦終了するかもしれない。ただ、これだけのNPCが既に動いている。7次職への転職クエストが簡単なものとは到底思えない」


 〈教国〉という名称、〈我が国の総力をあげて支援〉というセリフから推測すると、国単位の大きなイベントになる可能性だってある。


「だからって、自分が犠牲になるの?」


「犠牲じゃない。何もとって食われるわけじゃない。ただ相当に時間がかかる。二人には申し訳ないが、俺抜きでISAOヘ行ってくれないか? エリア解放が進み、この国と元々のISAO世界とが開通すれば、プレイヤーが行き来できるようになる。それを二人にお願いしたいんだ」


「会いたい人がいるのよね?」


「ああ。その人に、俺はここにいる、そして無事だって伝えて欲しい。きっと凄く心配してるから」


「そうでしょうね。……恋人なのよね? なら、こんないい男を心配しないわけがないわ」


「香里奈にそう言ってもらえると、ちょっと自信がつくよ」


 きっと凄く心配してると言ったものの、それは俺の願望に過ぎなくて。本当は自信がない。離れている時間が長過ぎて、少し不安になっている。


「その人、なんて名前?」


「……京香きょうか鈴谷すずたに京香。若い女性で、おそらくジルトレの街にいるはずだ」


「鈴谷京香さんね。そしてジルトレの街にいると。分かったわ。伝言は?」


「必ず会いに行く。だから浮気しないで……かな?」


 京香さんは誠実な人だ。それを疑ってるわけじゃない。でも、大災害が起こり、明日をも知れぬ環境の中で、頼り甲斐のあるいい男に危ないところを助けられちゃったりしたら。


 吊り橋効果? そんなのもあるんじゃないかって心配になってしまった。会えれば。会いさえすれば、こんな考えは笑って破棄できるはずなのに。


「やだ。ここで惚気のろけ? まあいいけど。他に誰か伝言する人はいる?」


「あとは特に伝言はいいかな。俺の無事さえ伝えてくれればいい。レオと香里奈が、あのエリアに行くこと自体に大きな意味がある。外の世界の情報を……現実日本の今の状態を、彼らに伝えて欲しい」


「そういうのって、まず誰に伝えればいいのかしら?」


「そうだな。京香さんに言えば、適切な人物を紹介してくれるはず。それに、開通すれば、ゲーム内メールが使えるようになるかもしれない。そしたら直接連絡が取れるようになる可能性もある」



 そうして、これからの旅に必要なアイテムや食料、そして資金を二人に譲渡し、俺はNPCが用意した輿に乗った。


 二人とも、無事にISAO世界に着けるといいな。でもダメそうなら、その時は教都まで引き返して来て欲しいと言ってある。それはそれで仕方ないから。


 でも、先に進める可能性があるなら少しでも進むべきだ。


 陸の孤島となったISAO世界にいる人々に、〈希望〉はあると伝えるために。


 *


「行っちゃったね」


 スバルを乗せた輿は、もうかなり遠くに離れてしまった。広場を取り巻いていたNPCも、それを待っていたかのように徐々に散り散りになり始める。


「本当は引き止めたかったけど。こうなったら一刻も早く転職クエストが終わることを祈るしかないわね」


「スバルは凄く時間がかかるって言ってたけど、その間、俺たちはどうする?」


 レオは、スバルの離脱という出来事がかなりショックだったのか、意気消沈しているように見えた。


「まずはNPCの店をチェックしましょう。ここは最新エリアなんだから、より強力な装備が売っているはずよ。そして北を目指すの」


「そっか。そうだね。立ち止まってちゃダメなんだ。俺たちだって前に進まなきゃだ」


「そうよ。元気出して! ダメそうなら引き返して来てって言われたけど、できれば私たちだけでもエリアを突破したい。そしてスバル君の仲間を引き連れて、この国に戻って来るんだから!」


「はは。俺へこんでる場合じゃないじゃん。俺も香里奈と一緒に頑張るよ」


「その調子。じゃあ、早速お店を探しに行きましょう。レオくんは何が必要かしら?」


「俺は瑠璃魔獅子ヴァイドゥーリャの装備があるから、そんなに困ってない。買い足すなら頭装備かな? 香里奈は?」


「私の場合は、残念なことに装備できるものが限られているのよね。ローブやアクセサリがあればいいかなって考えてる」


「じゃあ最初は服屋か。次に防具屋と細工屋。あと、こんなに大きな街だから市場にも掘り出しものがあったりするかも」


「そうね。いい考えだわ。念のため、修道院や神殿の物販所も覗いていい?」


「もちろんいいよ。そっか。香里奈のは、そういう所でも売ってるかもしれないんだね。装備を固めて、強くなって、敵をたくさん倒してエリアを解放する。それで仲間を集めて、スバルを取り戻すんだ」


「そうよ。このままNPCの言いなりなんて御免だわ。あちらのISAO世界に行けば、大勢のプレイヤーがいる。数は力よ。今回はNPCにしてやられたけど、必ず形勢は逆転できるはず」


「頑張れば……ひたすら努力すれば、誰でも思いを遂げられる。確かそんなのがこのゲームの売り文句だったよね?」


「そういえばそうだったわね。こんな状況で皮肉だけど、そのフレーズがまだ有効であることを願いましょう」




*——『次元融合』第六章[了]——*


いつも応援ありがとうございます。

次回から第七章「動き出す歯車」が始まります。引き続き『次元融合』そして『不屈の冒険魂』をよろしくお願い致します。漂鳥

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