56 生じた疑問

 

「変って、何が? 味?」


「いや、味はとても美味しい。だけどさ、でこうした料理が出てくるのって、なんかおかしい気がしないか?」


「確かにいきなり餅料理が出てきたのには驚いたわ。それがゲーム的にはおかしいってこと?」


「なんだろ? 俺にはよく分からないや。スバルは何が変だと思ったの?」


 ああそうか。この二人は街を移動した経験がない。だから何も不思議に思わないのか。この料理を見て、食べて、俺の覚えた違和感。それは。


「……レシピだ。この街でこういった特殊な料理を出すには、おそらくレシピがいる」


「そうなの?」


「ああ。ゲームで出されるNPC料理やNPCからもらうレシピは、基本的に街の設定様式に忠実なんだ。もし、そうじゃない変わった料理が出てきた場合は、必ずプレイヤーの料理人が厨房にいて、彼らのオリジナルレシピを元に料理が作られていた」


「なるほど。まず、西洋的な宗教国家に日本のものが出てくるのが変。そして、この出来たばかりの街には当然、私たち以外にプレイヤーはいないはず。……なのにってことね。言いたいことが分かってきたわ」


「でもさ、これって郷土料理なんだろ? だったら、知ってる人は知ってるってことで、誰かが既にこのレシピを作っていたのかもよ?」


「その可能性も考えた。だけどそれにしても変なんだ。『プレイヤーのオリジナルレシピ』が、プレイヤーの指示なしで、NPCの判断だけに基づいて使用されること自体が。絶対とは言い切れないが、何か不自然だ」


 あと材料の問題もある。俺が知る限り、ISAOではまだ餅や餅米は見つかっていなかった。俺がいない間にグラッツ王国の攻略が進んで、新たに見つかった可能性は否定できないけど。


「じゃあ、元々そういったストーリーだったってことは? この先に日本の里なり日本的な何かが出てくるっていう設定があって、それをこの街を作ったAIが流用したとか?」


「それが一番安心する理由ではある」


 そう。レシピでなければ、ここでこの料理が出てくるには、そういったシナリオ的な必然性があるはずで。例え変な取り合わせだとしても、これがシナリオ通りなら問題はない。でも。


「もうひとつ気になるのが『場所の一致』なんだ。現実リアル日本でのこの辺りの名物料理が、位置的に合致するこの街で出てきた。それって偶然にしては出来過ぎじゃないか?」


 俺の考え過ぎならいい。そう思いたい。


「この料理をここで出そうって決めたのはAI?」


「AIの仕業だとしたら、AIは位置情報を持っているってことかしら?」


 俺が不安になるのは、もう一つの可能性について、ふとそれを思いついてしまったから。


 おそらくAIか何か……俺たちの侵入を契機にして、正体のわからない何者かによってゼロから造られた街。新たなマップを構築する際に、その素材として現実リアル日本のデータが利用されているとしたら。


 その何者かは、一体どこから現実日本の情報を入手したんだ?


 ……そういった疑問が出てくる。


 異変によりこんな事態になって、既存のネットワークが生きているとは到底思えない。じゃあ、異変以前に既に情報がインプットされていたのか?


 事前にインプット? それこそあり得ない。


 以前は岩手県の平泉周辺だったこの場所に、仮想世界が顕現するなんて、誰が思いつく?


 食文化や料理そのものよりも、そこがおかしい。


 なら、この世界の支配者は、異変により日本列島が丸々激変した事実も知っているということになる。ゲームサーバーの中の存在に過ぎないAIが天変地異をどうやって察知する? 


 いや。掲示板にアクセスし、その内容を理解できればそれも可能なのか? あるいは、こんな状況にも関わらず流用可能な膨大なデータベースにアクセスができる?


 ……なんか、わけが分からなくなってきた。それに。


「今の話とは関係ないかもしれないが、実はもうひとつ引っかかっている点がある」


「それは何?」


「ここまで通過してきた二つのゲーム世界では、現実日本由来の人工物のほとんどが消えていた。残った断片のような現実リアル日本と仮想ゲーム世界がモザイクのように存在しているか、あるいは、現実世界の上に似たような地形のゲームマップを貼り付けたような『融合』の仕方をしていた」


「うん。そんな感じだったね」


「じゃあ、消えてしまった現実部分は、一体どこに行ったのか? ……おそらく別の次元に存在する。掲示板ではそう考察されていたし、俺もそう思っていた。ここには存在しなくても、どこか別の場所にはあるはずだって」


「思っていたってことは、今は違うの?」


「ああ。あくまで推測に過ぎないし、杞憂であればいいと思っているが」


「それでもいいわ。聞かせてくれる?」


「俺も聞きたい」


 杞憂というか妄想? 俺の考え過ぎだって、馬鹿げた考えだって、二人にそう言って欲しかった。


「ここに俺たちが足を踏み入れたときには、何もなかった」


「うん。雲ひとつない空と灰色の地面だけだったね」


「つまり、掲示板の考察に従うと、地形を含めた全ての現実世界が別次元に移され、ここだけぽっかりと穴が空いたような状態だったと言える」


「そうね。あれでは、現実の地形やランドマークは存在していないでしょうね。当然、人間も」


「そう。だから、今ここにあるものは全て。全てデータからできているはずなんだ」


「現実世界が全部消えちゃってるんだから、そういうことだね」


「この状態は、少なくとも『融合』とは言いがたい。現実世界は別の次元にあるのかもしれないし、隕石衝突の余波で跡形も残さず消滅したのかもしれない。あるいは、考えたくないが……この世界に丸ごと吸収された。利用できるデータとして」


 俺の途方もない思いつきに、二人が驚いた顔をする。


「吸収? 仮想世界が現実を? そんなことってある?」


「そっか。それでこの料理が問題になるわけね。……もし現実世界が別次元に隔離されたのなら、これが出てきたことに説明がつかない。だってこの地には現実の痕跡なんて欠片も残されていなかったんだから」


「そういうことだ」


「でもゾッとする仮説ね。生体も物質も料理さえ、全て飲み込んでデータ化してしまうなんて」


「俺の考え過ぎかもしれない。さっきも言ったように、異変が起こる前に現実日本の情報が幅広くインプットされていたり、シナリオで日本文化が導入される予定だったりする可能性もある」


「なんかヤバイね。俺たち、ここから出られるの?」


「それについては、あまり心配していない。少ないながらも、実際にISAOから北海道に脱出したプレイヤーがいるだろ? だから、仮想世界から現実世界への移動はできるはずだ」


 ……とは言ったものの、そうであって欲しいと願うしかない。



 今まで深く疑問にも思わなかった。


 次元が「融合」して現実と仮想世界が重なり合い統合された。それでなんとなく腑に落ちていたからだ。でもここに来て、あの無機質な灰色の大地を見て疑問が生じた。


 ここでは、他の仮想世界では存在していた地元民すらいない。


 俺たちが目撃したのは2つの世界の統合ではなく、新たなゲームマップの構築だった。まるで天地創造のような。


 なぜここは違うんだ?


 分からない。


 いったいこの世界は誰が作り誰が采配している?


 分からない。


 俺たちがアバター姿でいる間、俺たちの実体は、本物の俺たちの身体はどこにある?


 何もかもが分からない。


 もっとずっと前に疑問に思ってよかったはずだ。


 仮想世界の住人として選別されたのは、日本の人口を考えれば極少数に過ぎないんだから。


 残りの条件に合わなかった人たちはいったいどこに消えた?


 〈大災害だから〉


 その言葉に、目をつむり耳を塞がれ、思考さえ閉ざされていたような気がする。あるいは思考が麻痺していた。そして、どこかに生きているはずという希望的観測に無意識に縋った。


 それは必然で。仕方がないことだった。だって。


 ……そうじゃないと乗り越えられなかったからだ。


 今までの生活の喪失を。大事な人や親しい人々との永遠の別れを。正面から向き合ってしまえば、身を引き裂かれるようなその思いを。


 そしてひとつの可能性を夢想する。


 もしこの仮想世界と融合するはずだった現実世界を、この世界がデータとして丸ごと取り込んでいるのだとしたら。


 再現できるのだろうか?


 居なくなった人々を。現実日本で、この場所で生活していた人々を。現実世界にいた当時の、ありのままの姿で。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る