57 展望塔

 

 三人寄れば……って言うけど、さすがに情報が少な過ぎた。憶測だけじゃ、なんとも言えない。


 考えてもそれ以上何も進まない。だったら動かなきゃ。ということで、食事を終えた俺たちは、話を切り上げてギルドの資料室へ向かった。


 そこにある資料を手分けして全て閲覧した。だが、あってもよさそうな、この国や街についての有益な情報は、なぜか見当たらない。成果は、このエリアの雑魚モンスターの情報と採取物、それと簡易マップが手に入るにとどまった。


 そして今俺たちは、展望塔へ向かうべく大通りを移動中だ。


「日本の文化が入り込んでいそうなところって……やっぱりないわね」


「そうだな。ぱっと見は見当たらないな」


 見渡せる範囲はどう見ても中世から近代の西欧風のたたずまいだ。歩くNPCの姿も同様で、和風どころかアジア風な気配もない。


「名物料理っていうならさ、街中に餅料理の屋台くらいあってもよさそうなのにな。それもなさげ」


「何か中途半端な印象よね。さっきも、和食を出すなら箸くらい出てきてもいいのにって思ったわ」


「確かに。フォークで餅を食べるのは無理があった」


 料理は美味かったが、餅にフォークはかなり食べ辛かった。箸がなかったのは何故なんだろう?


「スバルくんの話を聞いたせいかもしれないけど、やっぱりこの街に餅料理って、取って付けたような感じがするわね。なんて言ったらいいのかしら? たまたま形が同じパズルのピースを別の絵柄にパチンとはめ込んだような?」


「ああ確かに。そう言われるとしっくりくる」


「それって、私たちが想定外にこのエリアに侵入したせい? 慌てて急造したからうっかり……なんてね。そんなのどうかしら?」


「AIがそんな風に慌てるイメージはないかな。こんな整然とした大きな街を、見る間に構築してしまうような存在だ。想定外の事態についても、検証したり学習したりしてそうな気はする」


「学習! そっか。そうよね。仮にAIがこの世界の創造主だとしたら、それこそ万能ってわけじゃなくなる。どこかに穴があってもおかしくないわ」


「どういう意味?」


「AIは物事を解析したり判定したりするのはとても得意なの。だけど、状況に合わせてそれを的確に実行するためには、価値観っていうか……そう、物事に対する重み付け、判定基準の設定が必要なのよ」


「正しく判断するためには、単に情報を詰め込むだけではなく、そういった基準の入力インプットも必要ってことか」


「そう。そして、そのデータをインプットするのは人間よ。矛盾やエラーを見つけて修正するのも同じく人間。ただこのゲームに使われている技術は、最先端だと聞いているから、そういった判断を行う能力もある程度備わっているのかもしれないけど」


「じゃあ、それが備わっていたらAIでも万能になれるってこと?」


「どうかしら? AIの処理能力は人間より遥かに上だけど、物事を判断するのは案外難しいのよ。餅料理にフォークとスプーンでよしとするあたり、各データを関連付けたり、一般常識に照らし合わせて妥当かどうかって総合的に判断したりする部分に不足がありそう」


「関連付けって?」


「この地域に相応しい名物料理を検索して、データバンクから該当するものを見つけた。そして器ごと料理を再現できた。でも、餅を食べるときは箸を使うっていう、ごく一般的な習慣とはリンクできなかった。そんな感じじゃないかしら?」


「ゲームの時には箸ってなかったの?」


「あった。プレイヤーメイドのものが個人的に流通していた。でも俺が知る限り、餅はまだなかった。米がやっと登場するかっていう段階だったしな」


「餅なら箸って、当たり前の気がするのにな」


「当たり前過ぎて情報が入力されてなかった……案外そんなことが原因だったりしてな」


 そんな話をしている内に、展望塔のある神殿前広場に到着した。



 *



「塔って神殿とは別に建ってるんだね」


「観光名所みたいだし、利用し易くするためにあえてこうなってるのかもな」


 凹字形の神殿の建物のへこんでいる場所。そこに高い尖塔が建っている。


 尖塔の基部にある入口には、緑色の制服姿の神殿騎士が立っていて、どうやら入場者をチェックしているようだった。


「こうして下から見るとかなり高いね。エレベーターってあるのかな?」


「あって欲しいわ。この高さを階段で登るのは大変そう」



 しかし残念ながら期待は外れ、俺たちは自分の足で一段一段上っていくしかなかった。


 そうは言っても、アバターは生身の身体と違い疲れを知らない。だから、時間をかければ上りきれるのが幸いだ。


 そして螺旋階段をぐるぐる回りながら、なんとか展望フロアまでたどり着く。


「うわあ、いい眺め」


「これは絶景だな」


 風が通って気持ちがいい。青い空に大きく真っ白な雲が浮かんでいる。晴れて空気が澄んでいて、遥か遠くまで見渡せそうだ。


 周りの景色はというと、東西両側と宮城県側にあたる南の方角には、青々と連なる山地が見える。


 そして俺たちが目指す北の方角には、キラキラとした何本もの尖塔と白い塊のような巨大な建造物を中心に据えた巨大な街影が見通せた。


「あの街はなんだろう?」


「 あれは『教都カティミア』です」


 背後から返事があったのに驚いて振り返る。するとそこには、一人の若い神殿騎士のNPCがいた。


「急に声をおかけして、申し訳ございません。恐れながら、高位の司教様とお見受け致します。もしご案内がご必要でしたら、私になんなりとお尋ね下さい」


 神殿騎士は明らかに俺にロックオンしているようで、膝をつき、高位の聖職者に対する礼を取りながら、丁寧な口調で話しかけてきた。


「……それは、ありがとう。ではせっかくなので、この塔から見える景色と、この国やここ以外の他の街について教えて頂いてもいいですか?」


「光栄です。喜んで!」


 騎士は破顔してとても嬉しそうだ。こういうのを見ると、ISAOから離れてかなりブランクがあるのにもかかわらず、俺のNPC好感度は依然高いままなのかもしれない。


「この街は『神聖カティミア教国』の最南端にあります。東西を山に挟まれた肥沃な盆地になっているため、山の幸に恵まれています。また、農産物も安定して供給されていて、民の暮らしは非常に豊かです」


 できたばかりの街なのに、そういった設定はちゃんとあるのか。


「西に見えるのが『サウフ山脈』、東に見えるのが『カティミア山地』です。そして、北に見えるあの巨大な街が『教都カティミア』。その手前には『サウフ』という街があり、教都の更に北には、花の生産で有名な『花の里マナキア』があります」


 花の里マナキアって……確か配布チケットにあった街の名前だった気がする。


「マナキアは花の生産が盛んで、栽培した花を素材にした香料の生産でも有名です。街全体が花の香りに包まれていて、小さいですがとても綺麗な街です」


 そうそう。〈香料生産施設体験チケット〉。あれか。


 *


 その後も親切な神殿騎士のガイドは続き、そのおかげで、これから俺たちが進むべきルートは概ね把握できた。


 〈尖塔の街キノイセック〉—〈サウフ〉—〈教都カティミア〉—〈花の里マナキア〉—〈ルーミカ〉—〈アクトアンエイム〉—〈最北の街ホーニン〉


 街道沿いにある主要な街はこの7つ。


 そして更に重要な情報もあった。最南端のキノイセックから最北端のホーニンまで、教国を縦断する大河〈カティミア川〉——そこに航路が存在し、高速船が行き来しているそうだ。


「高速船は誰でも利用できるのですか?」


「いえ。カティミア川の航路は国の管理下に置かれています。利用するには、各街の神殿に申請をして頂き、認可を受ける必要があります」


「その認可を取るのは難しいですか?」


「そう聞いています。高速船は一般民衆には解放されていません。許可を受けた大きな商会や神殿が所有しているのみです。ですから、関係者以外が利用する場合には、それに便乗するしかありません。でも、司教様ならあるいは……」


 ……この口ぶりからすると、どうやら簡単には乗せてくれなそうだ。


 ISAOこのゲームのことだから、利用するためには何らかの関連クエストを見つけてクリアする必要があるとか、きっとそういうことなんだろう。


「いろいろと詳しく、ありがとうございました。まだ宿を取っていないので、私たちはそろそろ塔を下りようかと思います」


「少しでも司教様のお力になれましたら幸いです。機会がございましたら、是非神殿にもお立ち寄り下さい」


「神殿には一度は伺う予定です。またお会いできるといいですね。では、さようなら」


 そう俺が別れを告げると、なぜか神殿騎士は再びその場で膝をついた。


 そして胸に手を当て、最上級の礼を取りながら俺を見上げ、まるで祈りを捧げるように真摯な顔つきでこう言った。


「至聖に至る高貴なる御方、どうか我らを……光を失い彷徨さまよう我らをお導き下さい」


 まるで、その言葉が合図だったかのように。


 頭上の雲を割って、力強く輝く一筋の光条が展望台に射し込み辺りを照らす。そして狙いは決まっていると言わんばかりに、俺を中心にしてしてスポットライトのように光が密集し始めた。


 うわっ! 眩しっ。


 あまりの眩しさに、その光の強さに思わず手をかざし、目を細める。


 なんだこれ? 何かの演出か? 


 以前のISAO経験上、ひしひしと嫌な予感がする。まさかイベントの兆候フラグ……とか?

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