55 尖塔のある街

 

「やった、街だ!」


「随分と大きな門ね……でも閉まってる。普段は開いてないのかしら?」


 間近で見る街門は、見上げるほど大きく、かなり堅牢な造りだった。


 大きな石材をきっちり積み上げた分厚い外壁に、重厚な木製の扉。馬車数台が並んで通り抜けられそうな程に間口が広い。


 しかし、その街門は今はピタリと閉ざされ、脇にある通用門に制服を着た守衛が2名立っている。


「『尖塔の街キノイセック』へようこそ。検問にご協力下さい」


「検問ですか? 何か事件でも?」


「いえ。街は平常通りです。この街は国境の街なので、ここは関所も兼ねています。そのため、外から来られた方には『神聖カティミア教国』への入国審査を受けて頂きます」


「入国審査ですか。理解しました。手続きをお願いします」


 ここは大人しくNPCに従うことにする。


 検問という言葉に驚いたが、俺と香里奈は所属している神殿と修道院を告げ、聖職者であることを確認されたらフリーパスになった。


 一方のレオは、幾つか質問されて更に身体検査も受ける必要があった。しかし、俺たちの同行者であることを考慮され、本来ならもっと時間がかかるのですが……と前置きされた上で、形式的な手続きで入国を許可された。


 そしてレオが交付されたのがこれ。


【「神聖カティミア教国」一時滞在許可証】


「以前行ったグラッツ王国では、こういったものはいらなかったのに」


「あらそうなの? この国が特殊なのかしら?」


「分からない。『神聖カティミア教国』という国名からすると、為政者は聖職者かな?」


 今までISAOで出てきた国は2つある。でもどちらも「〜王国」という名称だった。ちなみに、国王を始めとする王族を見たことは一度もない。


「NPCの言葉使いが、俺に対するのとスバルや香里奈に対するのとでかなり違ったのはそのせい?」


「どうかな? そういうのは好感度とも関係するから、何とも言えない」


「見た感じ安全そうな街だけど、情報がないとやっぱりちょっと不安ね」


「そうだな。久々の街だし、直ぐに宿を取りたいところだが、先に冒険者ギルドに行った方がよさそうか。だったら、ギルドの食堂で休憩することにしないか?」


「食堂! やった! なんか食べるんだよね? この街の名物料理って何かな?」


 ISAOでは各街に名物料理が設定されていて、冒険者ギルドの食堂のメニューには必ずそれが載っていた。その仕様が適用されていれば、この新しくできた街にも名物料理がありそう。


 いったい何かな?


「美味しいものだといいわね」


 そう期待しながら歩き出したキノイセックは、大きな街だった。


 街門から真っ直ぐに伸びる大通り。白っぽい石畳みが敷き詰められ、整然と立ち並ぶ建物も石造りが多い。遠くから見えた尖塔がこの街のシンボルなのかも。今ではかなり大きく見えている。


 そういえば、街の解放時に貰ったチケットに「尖塔の街キノイセック」展望塔利用券というのがあった。二人に聞いて、よければ後で登ってみるか。



 *



「お待たせ致しました。キノイセック名物『ガトドゥリ』料理です。後ほどスープをお持ちします」


 ギルドの食堂で早速名物料理を注文した。すると直ぐに、重箱のような四角い木の器が、三段に重ねられて運ばれてきた。一段が一人分らしい。


 目の前に置かれた器の中は井型に9つのマス目に仕切られていて、そのひとつひとつに小鉢が入っている。


「カラフルだね。でもこれが料理? ドロッとしてる。なんだろこれ? 紫、黄緑、黒、茶色に……これは、小海老が入っているけど、あんかけかな?」


 それぞれの小鉢には、色とりどりのペースト状のタレや粉状のものが盛られていて、「ガトドゥリ」という音の響きから抱いていたイメージとは全く違っていた。


「これ……」


 香里奈が料理を見て首を傾げている。


「どうした香里奈?」


既視感デジャヴかしら。以前、これとよく似たものを見たことがある気がして」


「えー。どこで?」


「そうね。たぶん、友達のブログ? ……そうよ。確か旅先の食事の写真にこんなのがあったはず」


「旅行の場所は?」


「それが丁度この辺り。平泉や一ノ関だったと思う。そこの郷土料理だって紹介されていたけど、これって偶然かしら?」


「ふうん。じゃあこの謎料理は、現実リアル日本にあるもののコピーなの?」


「たぶん? でも写真で見ただけだから、偶然よく似ているだけかも。その答えは、食べてみたら分かるはず」


「そっか。なら、いっただっきまーす!」


 とりあえず実食だ。


 最初は……これにするか。中央にある見た目が大根おろし状のものをスプーンですくう。ひと口含むと、ピリッとした辛さを伴うサッパリとした食感と風味が口の中に広がった。


 ……ってこれ、まんま大根おろしじゃん。いきなり和風?


「この白いのは、大根おろしっぽい。他のはどう?」


「こっちの黒いのは胡麻餡ごまあんかしら?」


「ねえねえ、タレの下になんか丸っこいのが入ってるよ。ほら」


 レオが手にするフォークには、丸くて白い、ぽってりとした形のものが刺さっていた。


「本当ね。胡麻餡の下にも同じのが隠れてる」


「えっ? そんなの入ってないぞ。大根おろしだけだ」


 入れ忘れじゃないよな?


「ちょっと食べてみる…………んーっと。餅? これ、お餅じゃないか?」


「お餅? それならやっぱり、あのブログにあった『餅膳』なのかも。お餅をいろいろな味つけでご馳走する料理で、お清めの役割をする大根おろしにだけお餅が入ってないってコメントもあった気がするわ」


 行儀は悪いが、試しに大根おろし以外の小鉢をつつくと、全て餅っぽいのが入っているよう。


 食べてみるとなるほど、見た目も食感も味もどれを取っても餅そのもの。餅なんて久しぶりに食べるな。柔らかい。それによく伸びる。まさにつき立てって感じだ。


「生姜に胡桃に、これはエゴマ? どれも香りがいいわね」


 確かに美味い。だけど、違和感が半端ない。まさかこの見るからに西洋風な街で、餅料理が出てくるなんて。


 そして遅れて運ばれてきたスープは、具だくさんの野菜と餅が入った、ちょっと変わった雑煮だった。野菜の風味と出汁がきいていて美味い。素朴だがホッとする、そんな味わいだ。


 美味い。美味いんだけどさ。


「……変じゃないか?」

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