52 新エリアでの戦闘

 

 巨大な赤い獅子。


 当然モンスターなわけで。たてがみには火焔をまとい、背には蝙蝠こうもりのような羽がある。そして、先端に沢山の棘が付いたさそりに似た尾が、俺たちを狙っていた。


 [マンティコア]


 それが、新エリアで最初に遭遇した雑魚ざこモンスターだった。


「速えぇ!」


「きゃっ! 棘が!」


 恐るべき速さで接近するマンティコアの尾から、一斉に棘が射出され、香里奈が避けきれず被弾してしまう。


「香里奈、大丈夫か!?」


「大丈夫! でもこれ、毒があるわ。気をつけて」


「分かった!」


【範囲結界】[物理][魔][精神][状態異常]


【戦闘支援】[身体強化][精神強化][状態異常耐性]


 すぐさま必要そうなスキルを連続で放った。出会い頭の戦闘で、なおかつ敵が速いとか。厄介でしかない。


 個々に結界をかけている余裕はないと判断して、まず多岐にわたる範囲結界を使ったが、改めて各人に戦闘支援スキルをかけていく。


 戦闘開始時の戦闘支援スキルに関しては、香里奈には自分自身にかけてもらい、俺がレオと自分の二人にかけると決めていた。もちろん緊急性のある場合は例外になるけど。


 香里奈は棘が当たってしまったので、早速、回復と毒中和もかけている。


「【聖なる行進】!」


 香里奈が、新たに取得したバフスキルを使う。


 うわっ。派手だなぁ。


 見上げると、戦闘フィールド上空に、何人もの子供姿の天使が現れている。後光を放つ可愛らしい天使たちは、羽をパタパタさせながら一列になり、外側から中心へ向かって渦模様を描き始めた。


 そして、戦闘フィールド上でクルクル回ると、見事な螺旋模様を描きながら天へ昇っていき、宙に溶けるように消えていった。


 おっと。見とれている場合か!


 香里奈のこのスキルは、全ステータスにバフをかけて上昇させる。その一方で、邪悪なる存在にはデバフがかかる。有効範囲は戦闘フィールド全体。なかなかに強力だ。


 そしてここで重要なポイントが、俺が使った戦闘支援スキルの効果との兼ね合いなんだけど……よし、思った通り加算されている。バフスキルの重ねがけが有効なのは大きいぞ。


 結局、香里奈は攻撃スキルを取ることはできなかった。本人は恐縮していたけど、これはこれで悪くない。


「レオ、回避優先だ!」


 レオが果敢にマンティコアに攻撃を仕掛けている。でも、レオの現在のステータスでは、さすがに敵が強力過ぎた。


 マンティコアはかなり速い。大量のバフを受けた俺なら、その速さにも付いていけるけど、レオにはまだキツそうだ。


 なので、香里奈には支援のために後衛に控えてもらい、俺も積極的に戦闘に参加することにした。


「レオ、突きだ! 突きを上手く使え!」


 回避優先で、二人で入れ替わり立ち替わり、敵の注意を散らしながら攻撃を仕掛けた。胴体への打撃と急所への突き。結界をしっかりかけた上での近接戦闘になる。


 二人がかりでダメージを与えていき、順調にHPが削れていく。


 終盤になり、あともう少しというところで、マンティコアが俺に噛みつこうと、その大きな口を開く。口の中——目にも鮮やかなピンク色と、ゾロリと何列も並んだ鋭い牙が見えた。


 ……噛まれたらめっちゃ痛そう。でも、そうはさせないけどな!


 マンティコアの噛みつき攻撃をいなしながら、絶好のタイミングを狙って、その喉深くに[突き]を叩き込んだ。


 よしっ! モロに入ったぞ! これでいけるか?


《戦闘が終了しました》


 アナウンスと共に、マンティコアは光となって消えていった。


「お疲れ様。いきなりだったけど、倒せたわね」


「すげえ。めっちゃレベル上がった。これで雑魚モンスターなの? いくら何でも強すぎない?」


「以前のISAOで出会った敵よりも、明らかに強い。でも、時間はかかってしまったが倒せたな。これならなんとかなりそうだ」


「それにしても。すんなりと街へたどり着かせてはくれないのね。あそこに見えているのに」


「そうだな。今の戦闘の感じでは無理は禁物だ。それに街へ入る前には、おそらくエリアボスとの戦闘もあるはず」


「エリアボス? 雑魚モンスターでこれなら、エリアボスはどうなっちゃうの?」


「このままならかなり苦戦する。失敗もありうる。従って、討伐を成功させるには、戦闘職であるレオの成長が欠かせないわけだ」


「……ってことは?」


「しばらくここでキャンプってこと」


 安全第一。地道に強化合宿だ。


「そうね。それがいいかもしれない。ここなら死に戻りしても直ぐにまた合流できるし」


「ということで、レオ、頑張ろう!」


「お、おう!」


 *


 それからは、雑魚モンスターを倒しに倒しまくった。


 ・地面から染み出すように浮き出てくるガーゴイル


 ・一見、蝙蝠に見えるが、よく見たら人型のインプ


 ・不思議な舞を踊るウッドパペット


 マンティコア以外にも、そんな強敵が次々と出てきた。でも、俺と香里奈でバフをかけまくって、レオもレベルとステータスがポンポン上がったせいで、なんとか死に戻りはせずに済んでいる。


 レオのスキルの成長を考えるとパワーレベリングは好ましくないが、弱い敵がいない以上、やむを得ない。


「ちょっと休憩にしないか?」


「わーい。飯だ飯だ」


「今日は何が出てくるのか楽しみだわ」


 キャンプに際しては、俺とレオがそれぞれキャンプセットを持っていたので、寝泊まりは男女で別れることにした。食料は俺の亜空間にストックしてあったものを提供している。


 そして今はおやつタイム。


「恩寵桃のフロニャルドに、英明の綺羅星・葡萄の雫だって。スバルのくれる食料って美味しいんだけど、面白い名前の料理が多いね」


「あーそれはだな。ちょっと変わったスキルのせいで、そうなっちゃうんだ。普通に作ってるんだけどな」


「ふーん。スキルのせいなんだ」


「ねえ、このお菓子。もしかして『聖なるガレット』よね? NPCに大人気の。ジルトレの街の名物だって修道院長様から頂いたことがあるの。凄く手に入りにくいって聞いた覚えがあるわ」


「えっ? このクッキーみたいなのって、貴重品なの? 俺、沢山食べちゃった」


「値段自体はお手軽設定だから、気にしなくていい」


「でも、これを買うためにNPCが神殿前に長い行列を作るんですって。信者の獲得に効果絶大らしいわ。そのせいで、お菓子作りに興味はありませんかって、何回も修道院長様に打診されたんだもの」


 ……そ、そうなんだ。


 かなり売れていることは聞いていた。だけど、まさか隣の街にまで影響が出ていたとは知らなかった。


「それでも貴重品ってことはないから、普通に食べてくれ。材料があればまた作れるから」


「えっ? これ、スバルが作ったの?」


「まあな。でもスキルやレシピを持っているから、別に作るのが難しいわけではないんだ」


「なら良かった。安心したぜ」


「作ってる人からしたら、そんなものかもしれないわね」


 *


 そうして、かなりの日数を割いて大量の経験値を稼いだ。


 元のレベルが低かったレオはレベルが上がるのも早く、中級職相当のレベル60を越えた。


 香里奈はレベル80を越えて、そのままのルートで上級職である【慈愛の歌い手】にジョブチェンジした。


 俺も若干レベルが上がった。元のレベルが高いからその程度だ。


 香里奈は、レベル以外の転職条件をすでに満たしていたため、上級職への転職は簡単に済んだ。しかし、レオに関しては事情が違う。何しろ現状では、戦闘以外の転職クエストを受けることができないからだ。


 そして、初級職の「槍使い」のままS【棒術】を取得して、槍以上に棒を使い込んでしまったレオには、当然のことながら、このゲームの特徴である派生職ルートが現れた。


 三次職の中級職として、出てきた選択肢がこれ。


「棒槍士」「槍士」「棒士」


 レオは、悩んだ末に「棒槍士」を選んだ。


 そして、次の四次職の中級職では、棒槍士の[達人]しか選択肢が出てこなかったため、それを選んでいる。


 戦闘職で【棒術】を選ぶのは、おそらく珍しいと思う。最終的にどういった職業になるのかな? そこは全く見当が付かない。


「もしかして、オンリーワン? どんなジョブが出てくるか、楽しみだな」


 当人が楽しそうなのが幸いだけどね。

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