第6章 新たな大地で
50 正体不明の到達者
《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。新しいエリアへの到達者が現れました。これに伴い、追加マップ実装のための臨時アップデートを行います。そのまましばらくお待ち下さい》
「おっ! ワールドアナウンスだ」
「新エリアへの到達者か。天馬騎士団がついにやったか?」
「だろうな。獣人の集落にいる調査隊は、まだ山越えの取っ掛かりすら掴めていないと定時連絡が来たばかりだから」
ここグラッツ王国南部の街には、山岳地帯の探索を目的として、有志による南方調査隊の一隊が逗留していた。同様に、獣人の集落にも山越えを模索する別の部隊が派遣されている。
各地に散らばる調査隊のうち、どの部隊が先に新しいエリアに到達するのか。互いにいくばくかの競争心はあった。
今のアナウンスで、どうやら他の部隊に先を越されてしまったようだと少しガッカリしつつも、新しいエリアへの到達という進展に、隊員たちの表情は一様に明るかった。
「そろそろかなと思ってましたが、やはり空を飛べる騎獣を所有しているのがアドバンテージになったようですね」
「あーあ。やっぱり先を越されちまったな」
「こっちは竜騎士待ちだから、仕方ない」
飛竜を操る竜騎士になるために、職業クエストに取り組んでいるプレイヤーが複数いる。南方調査隊は、竜騎士誕生の吉報を待っていた。
「おっ! 早速、天馬騎士団のフレからメールが来たぞ」
「自慢メールか?」
「自慢
「問い合わせ? いったい何の?」
「えっと……『ワールドアナウンスにあった新しいエリアと到達者について、知っていることがあれば教えて下さい』だそうだ」
「は? どういうことだ?」
「……ってことは、さっきのアナウンスは、天馬騎士団じゃないの?」
てっきり天馬騎士団の功績かと思っていた彼らの間に、そのあてが外れたことによる疑問と戸惑いが広がっていく。
「念のため、折り返し確認してみるわ」
「任せた。それにしても、もし新エリアへの到達者が彼らでないなら、結構
「獣人の集落にいる部隊でもないのよね? そうなると、私たちの知らない他の誰か。その誰かが、みんなに内緒で新エリアを目指して成功したってことになるの?」
予想外の可能性に、場が一瞬静かになる。
「……誰かって、誰だよ?」
「さあ? 本部公認の秘密部隊がいるとか?」
「もしいたとしても、対策本部が、私たち調査隊の隊員にまで、その事実を隠しているとは思えないけど」
「じゃあ、誰も知らない謎の到達者ってこと?」
「……正体不明の到達者か。なんか、以前にもそんなことあったな」
「あった。あったな。確か、グラッツ王国の解放レイドがいきなり始まったときだよな」
「覚えてるわ。あの時は、謎の到達者はいったい誰だって紛糾したもの」
彼らがISAOをゲームとしてプレイしていた頃の話になる。
現在彼らがいるグラッツ王国を解放する際にも、不意打ちのように、今回と似たようなワールドアナウンスがあり、新エリアへの未知の到達者の存在が告知されたことがあった。
「そうそう。あれは結局、『神殿の人』の個人的なシークレットクエストの産物で……シークレットクエスト! そうだよ! もしかして今回のもそれじゃないか?」
「いや。どうだろう? 俺たちがこんなに苦労してもまだ先に進めないのに、一個人、あるいはパーティ単位で、そんなことがあり得るか?」
「つまり、こんな状況にも関わらず、その見知らぬ誰かはゲームを独自にサクサク進めていて、たまたま大当たりして新エリアを解放したって話になるの? ……以前のゲームの時もそう思ったけど、出来過ぎてる感はあるわよね」
「でもさ、前例があるわけだし、またってこともあるんじゃないか?」
「まあね。検討するだけなら、してもいいけど。ねえ。あのシークレットクエストに関して、『神殿の人』が何て言っていたかを覚えている人いる?」
「ざっとなら。確か、シークレットクエスト開始と同時に、強制的に転移で新エリアへ飛ばされた。でも、外部との連絡が制限されていたため、新エリアで孤立状態に。なんとか自力で『抜け道』を探し当て、そのエリアから脱出した——みたいな話だったと思う」
「なるほど。また同じ状況だとしたら、到達者の帰還待ちってことになるのかしら?」
「無事に帰って来られれば……だけどな。最悪死に戻りか」
「ちょっと。縁起悪いこと言わないでよ」
「いやだってさあ。シークレットクエストってことは、基本的には一人なんだよ。あの無敵発動、防御無双の『神殿の人』でさえ、脱出するので精一杯だったと聞いている。あれは、それだけイレギュラーな事態だったんだ。ってことはさ」
「どうなるかは、飛ばされた人次第。死に戻り以外では、こちら側に戻ってこれない可能性もあるわけだ」
「やべえな、それは」
「でも、『神殿の人』が脱出に使った抜け道って、実は正規な到達経路として運営が用意していたものだったって、後で分かったのよね?」
運営が何を思ったか、新エリアへの正規の到達経路を巧妙に隠蔽してしまった。
そのせいで、正規経路のはずなのに隠しルート化してしまい、最新エリアの探索を得意とする攻略組ですら見落とし、探しあぐねた。
その結果、個人プレイヤーのシークレットクエストが先行して到達してしまった。そういった状況だった。
「じゃあ、その抜け道を見つければ……って、そう簡単にはいかないか」
「うん。また盲点を突くような仕掛けになっていたら、そうそう見つからないはず」
「それに、以前と同じ事態かどうかも、そのプレイヤーが戻ってこない限り分からないしな」
「運営プレイヤーは、そういった点について詳しくは知らないの?」
「彼らは、ストーリーの概略しか分からないらしい。その辺りのシナリオを書いた人が、この世界に来ていないからだって」
《ISAOをご利用中のユーザーの皆さまにお知らせ致します。大変長らくお待たせ致しました。追加マップ実装に伴う臨時アップデートが終了致しました。引き続きISAOをお楽しみ下さい》
「またワールドアナウンス。どこかに追加マップが実装されて、どこかでアップデートが終わった」
「謎のアップデートだよな。運営がやってるわけじゃないんだから」
「これもマスターAIの暴走なのか? また難易度おかしくて到達者のプレイヤーが立ち往生していないといいが」
「津軽海峡の状況を見ると、こればかりは祈るしかないわね」
津軽海峡には未実装の凶悪なモンスターが跋扈し、未だ攻略の見通しが立っていない。もし新エリアが同じような状況だったら、今回の到達者たちにとって凄まじい試練になることが予想される。
「そう悲観的になるなよ。到達者が、また『神殿の人』かもしれないじゃん」
「それは、いくらなんでもポジティブ過ぎる思考でしょ」
「でもさ、『神殿の人』って、この世界で見つかっていないんだろ? だったら、ちょっとはそういう可能性もあるんじゃないか?」
「ないない。この異常事態になってから、かなり時間が経っている。それなのに出てこないってことは、この世界には来ていないってことだ」
「……だよね。そう思った。希望的観測を言ってみたかっただけ」
「それにしても、いったいどこに追加マップが現れたんだか……そうだ、マップ! マップに出ているんじゃないか?」
そう気付いた彼らは、慌てて世界マップを呼び出して確認し始めた。
「ちょっと待て。マップ、マップ……あれ? 何も変わってなくないコレ?」
「本当ね。どういうことかしら? 未解放エリアだから暗転化はしているとしても、輪郭は表示されるはずなのに。バグかしら?」
「……いやそうか。以前もそうだった。『連続性のない』マップは、未入手扱いで概略の表示すらされない。確かそういう仕様だったはず」
「なにそれ!」
「つまりだ。今度の到達者も、転移で新エリアへ飛ばされたってことで決まり?」
「そうなるな。そして、マップが見れないのは俺たちだけじゃない。前回のとき、マップが見れなかったから抜け道を探すのに苦労したと『神殿の人』が言っていたから……」
「じゃあ、今回の到達者も?」
「おそらく同じ状況だろうな」
「それは運が悪過ぎる」
「……なんだよ、そのクソ仕様」
「なあ。シークレットクエストの途中で死んだらどうなるんだ?」
「新エリアの街を解放する前に死んだら、こちら側に死に戻りで、エリアは未解放のままじゃない?」
「……やっぱりそうか。マップは実装されたけど、エリア解放されない可能性もあるわけだ」
「そうね。よく分からない状況だし、とりあえず今は、対策本部からの情報を待ちましょうか」
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