45 越境
街道沿いにしばらく北上し、先のMAPに進めることを確認してから野営をした。
「源次郎、これから宮城県まではどれくらいかかる?」
「そうだな。あくまで地図上の計算だが、県境まではどう見ても50km以上はある。ぶっ通しで歩いたとしても、おそらく12時間以上はかかるな」
「ってことは、休憩を入れて二日あれば行けるくらい?」
「この街道がずっと続けばな。道がなくなって山岳地帯に入れば、もっと時間がかかる」
「そっか。でもそろそろ、ISAO世界に入った後のことも考えた方がいいよね?」
ISAO世界に入れば、当然アバターが変わるはず。そうすると、レオはスキルバランスの難しい速さ特化の戦闘職。俺は特化しまくった支援職。香里奈が魔法剣士か騎士職辺りだと都合がいいのだが。
「俺たちのも教えるから、香里奈のISAOでの職業を聞いてもいいか?」
「もちろんよ。私は支援職をしてたわ」
「どんな?」
「スキルは歌関係ばかりね。だから歌って支援する感じで、本当に申し訳ないんだけど、戦闘で前に出るのは無理だと思う。上級職の一つ手前の中級職でレベルは76だったかな?」
残念。戦闘職じゃなかった。そうは都合よくいかないか。
「レベルは高いな。でも支援職か。俺と被りだ」
「あら意外。じゃあ源次郎くんも?」
「ああ。支援特化の上級職の神官だ。レベルは103。棒術である程度は闘えるが、エリアボス級はさすがに難しい」
「二人ともレベル高っ! 俺が言い出しにくくなっちゃうよ」
「レオはあまりやっていなかったんだから、仕方ないだろ」
「そうなんだけどさ。俺は軽戦士の初級職でレベルは23とかそのくらい」
レオががっくりと肩を落とす。
「大丈夫、レオくん! 一番の足手まといは、どう考えても私だから」
「なんで? 支援職でもそれだけレベルが高いってことは、やろうと思えば結構闘えるんじゃないの?」
「それがね。ここまでついて来ておいて、凄く言い辛いんだけど、私、ISAOでは一度も戦闘したことがないの」
「一度も? じゃあ、どうやってそこまでレベルを上げたの? パワーレベリング?」
「それはしていないわ。そもそも、フィールドに出てないもの。地道に、ひたすら街中の修道院で、ご奉仕してレベルを上げたわ」
マジか。引きこもりプレイで俺より上手がいたとは。
「奉仕だけでそこまで?」
「そう。ずっと始まりの街にいて、街中で遊んでいただけ」
「それは……ある意味凄いな」
待てよ。始まりの街の修道院。歌って支援。そして、高レベルの支援職といえば。
「始まりの街で合唱祭とか出てました?」
俺がそう言うと、香里奈がびっくりしたように目を見開いた。
「ええ。出てたわ」
「源次郎、知ってるの?」
「実際に会ったことはないが、修道院に有名な歌い手がいるっていう噂話を聞いたことがある」
そのせいで、対抗心を燃やしたNPCたちが神殿でも合唱祭をすると言い出して、俺が指揮する羽目になった。だから忘れるわけがない。
「へー。そんなに歌が上手いんだ。なら、なんか歌って欲しいな」
「無理無理。あれはスキルで思いっきり歌唱補正しているから」
「残念。じゃあ、ISAOに行ったら歌ってもらおうっと」
それからは、日の出ている間はひたすら歩いた。
阿武隈高地の山岳地帯に入ると渓谷に入ったため、進度は落ちるが、香里奈に安全なルートを選んでもらい、休み休み無理せず進んで、岩屋から4日後、とうとう宮城県との県境についた。
◇
「これが《次元境界》か。想像していたのと様子が違うな」
初めて目にする《次元境界》——異なる世界間を仕切る存在は、境界というよりも壁と称するのが相応しいものだった。
イメージ的に近いのは、流れる水の壁。
その表面には様々な色彩がよぎり、例えていうなら滝の裏側から向こう側にチラつく景色を見ているような感じだ。
天まで届く左右何十kmにも渡る境界線。ナイアガラの大瀑布どころじゃないな。
「誰から行く?」
「ISAOでレベルが一番高い俺が行こう。万一の時にもスキルを使えばいいし」
「分かった」
「お願いするわ」
いよいよだ。慎重に境界線を踏み越える。
身体が《次元境界》に沈み、飲み込まれるように移動する。するとそこは、真っ暗なログインルームで……あれっ? なにか違わないか?
《「インセクティア」の世界へようこそ》
《既存データが確認できません。新規アカウントを作成します。パートナーマッチングを始めますか?》
待てっ! 待て待て!
明滅する[Yes][No]の選択肢が、宙に浮かんでいる。
これは……ISAOじゃない?
可能性はあったとはいえ、予想外の出来事に頭が混乱する。落ち着け。まずは状況の確認だ。
宙に浮いているゲームタイトルの文字列。改めてそれを読むと「インセクティア」とある。いや。正確には、「インセクティア〜僕の嫁物語〜」だ。
……そんなゲーム、聞いたことない。レオなら知ってるかな?
ここは一旦戻ろう。一人で先に進むのは無謀過ぎる。二人に相談して、どうするか決めよう。
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