44 破魔

 

 老婆が小屋から出て行き、小屋の中は俺たち三人だけになった。


「これって、さっきの話にそっくりだね」


「ああ、まんまだな。『決して覗くな』ってことは、イベント進行的には逆をやれってことだよな?」


「でしょうね。奥の部屋を覗いて死体があれば、急いでここから逃げ出す。そうしたら追いかけてくるんじゃないかしら?」


 ということで、早速行動に移すことになった。


「うへえ。骨だらけだ」


 予想に違わず、決して覗くなと念を押された奥の部屋には、山積みの白骨死体があった。いかにも解体されたといった風に、骨の種類ごとに分別されて積み上げてある、


「じゃあ、逃げ出すぞ」


 外は既に陽が落ちて、月が昇っていた。小屋を出て巨石から離れ、冷たく吹きつける風の中を街道沿いに北へ向おうとしたところ、早速、怒りの形相を隠さない老婆が姿を現した。


「約束を破ったね。許さないよ! 全員喰い殺してやる!」


 そのセリフがスイッチだったかのように、みるみる内に老婆の変化へんげが始まった。


 ざんばらな髪が獅子のたてがみのように伸び始め、小柄だった老婆の身の丈が、着ていた衣を破りながら見上げるほどの体躯になる。柔和だった顔も恐ろしげな鬼面へと変わり、髪を振り乱したその様は、まさに鬼女そのものだ。


「そうはさせるか!」


 すっかり武装を整えたレオが、妖怪特効のある【鬼面の盾】を構え、香里奈を庇うように前に出た。予め、今回の戦いでは対妖怪装備を使うことを決めていた。どこまで有効かは分からないが、多少なりとも敵を弱体化させられたらもうけものだ。


 俺も対妖怪の武器である【鬼丸】を構え、続いて精神攻撃スキルである【N幻惑】を放った。


〈ブウォン!!〉


 弓の弦を弾くような振動音と同時に、俺の身体全体が金色に光り始める。光の雫が飛び散って、急速に輝きが増していくと、二翼の翼が現れて大きく広がっていった。


 目の眩むような閃光。


 辺りが一瞬、昼間のように明るくなり、鬼女の動きが止まった。【N幻惑】が効けば、戦意にデバフがかかるはずだ。最悪、目くらましでもいい。その隙に風を巻き起こし、頭上の虚空へと一気に舞い上がる。


 おおっと! もう復活したか。


 上空から鬼女の背後に降り立った俺に、暴れ始めた鬼女の剛腕が横薙ぎに振るわれた。風圧が寄せてくるが、回避が間に合い攻撃は届かない。


「こっちだ! 【挑発タウント】!」


 レオがヘイトを稼ぐスキルを発動すると、鬼女の注意がレオに移った。レオと鬼女が戦闘に入る。鬼女が激しく殴打を繰り返すが、レオが巧みに盾で防いでいる。


 いいね。凄く安定している。


 レオが時間を稼いでくれている内に、これを使ってしまおう。亜空間から、この時のために確保したアイテムを取り出した。


 【如意輪観世音菩薩(黄金像)】


 観音菩薩像は全体に金色の燐光を放ち、ここが出番だとばかりに明滅していた。これで鬼女の不死身化と創傷治癒を防げるはず。


 頼むぞ! そう強く念じると、観音菩薩像が俺の手から離れ、フワリと空へ舞い上がった。


 観音菩薩像は、放射状に金光を放ちながら等身大まで大きくなると、滑らかな動作で、弓に矢をつがえるような態勢に移った。


 唸るような風切り音が鳴り、虹色の尾を引く矢が放たれた。矢は一直線に鬼女へ向かい、鬼女の背の真ん中吸い込まれるように命中する。


 鬼女はグゥォォッゥ! と凄まじいうめきご声を上げて、大きな背を仰け反らせ、身を細かく振るわせ始めた。


 振り仰ぐと、既に観音菩薩像の姿は消えかけていた。その姿が完全に消えるのと同時に、俺の手に一張の白木の弓と虹色に光る矢が現れた。


【破魔の白真弓/金剛の矢】観世音菩薩の加護を受けた破魔の弓矢。魔物の特殊能力を抑制する。


 これは、早速この戦闘で使った方が良さそうだ。


「香里奈、送ったぞ。受け取れ!」


「了解!」


 俺は弓を上手く使えない。だから一旦亜空間にしまい、弓術スキルを持つ香里奈に転送した。こういう時は、ゲーム仕様が便利なんだよね。


「行くぞ!」


「「おう!」」


 レオが盾を構えながら挑発を繰り返し、安定した構えで正面から鬼女の攻撃を受けきる。


 後方にいる香里奈が弓矢で牽制しながら鬼女の特殊能力を抑える。


 そして俺は、鬼女の隙を突いて急所を狙い刀を繰り出す。接近すると、鬼女の攻撃が風圧となって頬を掠めた。直撃したらヤバそうだから、攻撃は徹底して回避した方がよさそうだ。


 鬼女は膂力りょりょくと体力に優れ、激しい攻防が繰り返される。一進一退。なかなかチャンスが現れない。


 しかしついに、ドゴォッ! という轟音が、その流れを変えた。鬼女の剛腕が勢い余って地面を割り、バランスを崩したからだ。


 よっしゃ! 


 思い切って深く踏み込み、重心を下げて鬼女の膝裏をさばく。


 もう一度! 支えを失い、地面に膝をついた鬼女の背に、追撃の一太刀を浴びせた。肉を切る重い手応えがあり、エフェクトの派手な飛沫が散った。


 動きの鈍った鬼女に矢が命中し始めると、レオが守りから攻撃に転じ、ここぞとばかりに大剣を振るう。そこからは、ひたすら三人で敵のHPを削りに行った。


 ……多勢に無勢。でも悪いとは思わない。お前に恨みはないけど、俺たちは北へ行く。だから、俺たちの前に立ち塞がるのであれば、遠慮なく倒させてもらう!


 そして、ついに鬼女は力尽きて地に伏せ、光となって宙に消えていった。


「……やっと倒せた」


「観音菩薩像があってこれじゃあ、なければ到底無理だったろうな」


「お疲れ様〜。しんどかったわね」


 鬼女の消えた後に残されたもの。


【泣き鬼面】一定時間鬼人化(力上昇・体力上昇・超回復・痛覚麻痺・狂戦士化)する。


 なんというか……使いどころの難しそうなアイテムだな。とりあえずしまっておくか。


 さて。これでMAPの封鎖が解けたはずだ。でも今夜はもう遅いから、ここでキャンプかな? やれやれだ。

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