29 侵入

 

 さて。単独行動を始めるかな。


 ウェーブの押し寄せる西門を迂回して、墓場の外壁沿いにやや北寄りに進む。


 ……この辺りでいいか。


【N俯瞰】で辺りの様子を俯瞰的に観察し、高い外壁を越えるべく【操風術】と【風乗術】を使って上空を移動する形で静かに墓地内に侵入を果たした。


 次のウェーブまで、あまり時間がないはず。


 そのまま空中を慎重に移動して、墓地中央の慰霊塔を目指す。新月のせいかな? 【暗視】を効かせても、塗り潰された暗闇の中では、かなり視界が悪い。


 急に何かの気配を感知した。


 鳥?


 ヒュンッ! と、顔のすぐ横を黒い影が通り過ぎた。これって第2波のが始まったせい? もしかして上空なら第2波を避けられるかなと考えていたけど、そう楽はさせてくれないか。


 俺を目掛けて突っ込んでくる飛影の数が急激に増えて行く。


 小さな鳥じゃない。鋭利な嘴を持つ、全身が闇に溶けるように黒いその鳥は、どう見ても烏。それもアンデッドだ。


 うわっ! これはマズいかも。


 空中を逃げ回ったとしても、逃げ切れるとは思えない。大人しく地上に降りろって?


 バサバサッという羽音と共に身体を掠めていく烏を交わしながら、徐々に高度を下げていく。【俯瞰】で捉えた様子では、地上には蠢くスケルトンの群れが湧いている。


 何とか空いたスペースを探し出して着地。


 しかしもう目の前には、虚ろな眼窩に赤い鬼火を灯すしたスケルトンの一隊が迫っていた。


 スケルトンは、ステータス面では特に突出したところはなく、動きもそれほど速くない。だから、ただ倒すだけなら難しくはない。


 問題は、一旦崩してバラバラにしても、時間が経つと再構成して復活するところにある。本来なら、刀による斬撃ではなく鈍器による打撃で壊し、粉微塵に砕くのが正攻法なんだよね。


 でも、これならどう? 食らえ! 【刀波斬】!


 横一閃に、闇特効武器による範囲攻撃を放つ。


 身体強化により強化された斬撃が、横薙ぎに、そして波状に重なるように飛んで行った。連続する波状斬撃により、隊列を組んだスケルトンたちが、ドミノ倒しのように崩れて吹き飛ばされて行った。


 いい感じ! もういっちょ!


 追撃の【刀波斬】を、地面に崩れ落ち、吹き溜まった骨の残骸に向けて低い軌道で放つ。衝撃波に押し流されるように、バラバラに骨が吹き飛んで行く。


 これでよし! 骨格を再構成するにしても、かなり時間を稼げたはずだ。


 じゃあ、次はこいつらが相手か。


 墓地の奥から現れた新たなスケルトンの一隊。それに向かって俺は迷わず駆け出した。


 *


 スケルトンを中心戦力としたウェーブが終わると、それほどの間をおかず、次のウェーブが始まった。


 目の前に現れたのは、半透明に身体が透けた、ふよふよと自在に宙を泳ぐ霊体たちだ。


 先ほどの烏もそうだけど、空からバラバラに攻撃を仕掛けられるのは厄介なんだよ。一体一体に時間をかけていられないという事情もあるし、


 ヴァンパイアやリッチなど、知性の高い邪悪な不死者のウェーブが始まる前に、慰霊塔に辿り着きたい。だからここで、みんなで考えた作戦を使う。


 レベル31になった時に覚えた種族スキル——【N幻惑】。


「雷のようなフラッシュを浴びせて敵を幻惑し、戦意を喪失デバフさせる」という精神攻撃スキル。


 早速、自分のいる場所を中心にして【N幻惑】を使用する。


 ブウォン!!


 そんな振動するような音が聞こえたかと思うと、俺の身体全体が金色に光り始めた。


 闇夜に光の雫が飛ぶように散りながら、輝きが強くなっていき、次第に光がある形を取り始める。


 ……翼だ。


 俺を抱え込むように2翼の大きな翼が現れ、急速にその輝く羽を広げていった。


 光の翼がドーム状に辺り一帯を覆ったかと思うと、カッと眩しい閃光が生じた。反射的に目を閉じる。


 一瞬の後、目を開けた俺の周囲には、ふよふよしながらも、宙に浮かんだまま、その場で動きを止めているゴーストたちの姿があった。その表示はノンアクティブ。


 効いてる。じゃあ、今のうちに……幻惑の効果が有効な内に、俺はそっとその場を抜け出した。


 *


 あれか!


 何度か【N幻惑】を使って、逃げるが勝ち作戦を実行した俺の前方に、慰霊塔と思われる真っ白な石造りの塔が見えてきた。


 そこからは新たな敵は現れずに、無事に慰霊塔に到着。


 その塔は、細長い三角錐の形をしていて、その内の2面には、それぞれ一体ずつ、美しい女性の彫像が彫り込まれていた。


 そして残る一面の中腹。


 そこには祠状になった空洞があり、中を覗き込むと、いかにも像を安置して下さいと言わんばかりの台座があった。


 善は急げと、亜空間収納から預かっていた「嘆きのノルン」を取り出し、台座の窪みに合わせるように嵌め込む。


 カチッ。


 そんな音が聞こえた気がした。


 一歩下がって慰霊塔を観察すると、塔全体が淡い光を放ち、塔の頂点を囲むように、クルクルと光で描かれた幾つもの文字が回っているのが見えた。


 これで、不死者にも魔法攻撃が通じるようになったはず……そう思って、ホッと息を吐いたのが隙を生んだのかもしれない。


 カハッ!


 音もなく背中に生じた衝撃に、肺から残っていた空気が吐き出された。


 ……まずい。「恐慌」だ。


 急激に強い畏怖の念が湧き起こり、心と身体を支配される。


 クソッ!


 怖気付く心を叱咤しながら、思うように動かない身体を何とか捻って後ろを振り返る。すると、魔術師のようなローブを纏った、骨と皮だけのミイラのような姿の魔物が宙に浮いていた。


 まさか……リッチか!? 正門に行ったはずでは?


 動揺でますます恐慌が強くなり、金縛りにあったように身体が動かなくなった。


 ザシュッ! リッチが枯れ枝のような指で俺を指さすと、その指先から鎌鼬かまいたちのような風が巻き起こり襲いかかって来た。


 全身の至るところを風の刃で切り裂かれて、少なくないダメージを負う。


 自由を奪われて無抵抗な俺は、リッチのいい的だった。


 猫が鼠をいたぶるように。まさにそんな感じで、俺を弄ぶように魔法を小出しにしてくるリッチは、なんだか楽しんでいるように見えた。


 いい性格してるな。そう思いながら、立っているのに耐え切れず、とうとう膝を屈した時、


「昴くん!」


 その掛け声と共に、暗闇から一条の光の矢が飛び出してきた。その矢は見事に、宙に浮いているリッチの腹に突き刺さる。


 暗闇から駆け出してくる3つの人影。


 不意の攻撃に怯んでいるリッチに、さらにもう1本、光の矢が突き刺さった。


「源次郎! 大丈夫か?」


「すぐに回復します」


 光魔法を得意とする元婦警の戸山さん、回復魔法を得意とする同じく元婦警の峯岸さん、そして、その2人を守るように、盾となって走ってきたレオ。


 そう。俺たちは予め3通りの作戦を考えていた。


 ひとつ目は、そもそもノルンの設置に失敗した場合。俺が途中で撤退するか、やられるかしたことを意味するから、作戦そのものを放棄せざるを得ない。最小限の被害にとどめるべく、以後対応するといったもの。


 ふたつ目は、ノルンの設置に成功して、かつリッチとヴァンパイア、その両方がβテストと同様に正門に現れた場合。その時は、俺は早々にその場を離脱して西門に戻り、状況によっては主戦場の正門に合流する。


 そして3つ目が、ノルンの設置には成功したが、正門にはリッチとヴァンパイアが現れない、あるいは、どちらか一方だけしか現れなかった場合。


 つまり、今の状況になる。


 この場合は、聖結界を張れる聖魔法使いのプレイヤーたちが正門の防衛を担い、ここにいる3人と、もう1組、攻撃魔法を使える別働隊が、それぞれ敵の湧出が減ってきた西門、南門から中央を目指して突入するといったものだっ。


 いやぁ……とにかく助かった。


「嘆きのノルン」は、しっかりと役割を果たしてくれているようで、レオの構える大盾の陰から光の矢が放たれる度に、リッチは逃げ腰になっているように見えた。


 さて。しっかり回復してもらったことだし、行くか。


 レオたちへの対応に意識が集中してるリッチに、死角から近づいて行く。


 リッチの後背部上空から、狙いを定めて一気に急降下。俺の渾身の斬撃が、リッチの頭の天辺から地面まで、唐竹割りにするように通過した。


 かなりダメージが入ったようで、リッチの動きが止まる。


 前後から追撃の猛攻を加えて、もう1組の別働隊が到着する前に、リッチは蒸発するように姿を消した。


 どうやらその間に、正門のヴァンパイアも順調に討伐されていたようで、


《ミース防衛戦「不死者のアンデッド行進パニック」が収束しました。イベント報酬は、各自メールボックスに配信しました「イベント報酬」メールで受け取ることができます。》


 このアナウンスをもって、「不死者のアンデッド行進パニック」は終息した。


 まぁ、大成功かな?

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