28 湧出

 来た……あれだ!


 西門前に陣取り、今か今かと門の奥の暗闇に注目していると、ワラワラといくつもの影が蠢いているのが見えてきた。


 最初の相手は……ゾンビだ。


 俺たちの陣営が焚く、いくつもの篝火に照らされて、異形のものが門前にその姿を現した。青黒く変色した身体に、ボロボロに劣化して最早布きれにしか見えない服をまとう、おぞましいゾンビの群れ。


「くっさ!」


 ノロノロと動くその集団から、えたような強烈な腐臭が漂ってくる。


「うへえ。これは堪らないな。用意しておいてよかったぜ。防臭マスクを装備!」


 西門グループのリーダーであるガンツさんの掛け声で、各自配布されていた防臭マスクを装備する。マスクといっても、咳が出るときに使用する白く四角いアレではない。鼻から下を覆うような覆面タイプのもので、色は黒だ。


 黒といえば、俺も今日はこの作戦用に黒い衣装を着ている。


【宵闇のフロックコート】[外装備]★★★ [色:ダークネスブラック]隠密効果(小)+


 いつも装備している【飛竜皮革のロングコート】とレア度は同じ。でもこちらには、隠密効果が付いている。ミースにいる生産職プレイヤーが頑張って作製した一品だ。


 今回俺は、武器としては自前の【数珠丸】を使用する。闇特効(中)が付いているからだ。

 作戦に参加する他のプレイヤーは、武器や盾を支給されている。それが不要な俺には、代わりとしてこの外装備が支給された。作戦後には、そのままもらっていいそうだ。


「迎え撃つぞ! 爪と臭い息に気をつけろ。毒や麻痺をもらうことがある。毒・麻痺になった奴には、治療チームがアイテムを使用」


 まずは、このファーストウェーブを片付けないといけない。一斉湧きしたゾンビの数は、ざっと見て40-50くらい。最初からこれかよ、とちょっとゲンナリするが仕方がない。


 今回の作戦では、迎え撃つ防衛陣側では、防御兼攻撃用に特効属性を付与した盾を用意している。


 陣地を形成する通常の大盾の他に、守ってよし、ときには殴ってよしの攻撃用の盾を装備したプレイヤーたちが、打撃脆弱を有するゾンビやスケルトンを殴り倒す算段だ。


 俺はファーストウェーブまでは攻撃に参加し、それが終わったら、単独行動を開始する手筈になっている。それまでは腕試しで、斬撃の実践練習をするつもり。


 防衛ラインにノロノロと近づくゾンビの群れに向かって、早速スキルアーツを発動する。


 まずは単体スキル【飛斬】。一体のゾンビに向かって、刀を横薙ぎに振るう。すると、刀身の後を追うように白い光の残像が生じて、それが収束してゾンビを真横から切り裂いた。


 若干時差が生じるが、相手が動きの遅いゾンビなので問題ない。


 ゾンビが脆いのか、はたまた特効が強力なのか。ゾンビの身体に深く食い込んだ斬撃は、そのままゾンビの左側へと貫通し、その胴体を真っ二つに切断した。


 切断面でゾンビの胴体がズレていき、上半身が滑り落ちる。そして、地面に落ちた途端に崩れ、潰れたトマトみたいな状態になった。


 うわっ! グチャグチャ。


 でもすぐに、キラキラとした光に変わり始め、蒸発したかのように掻き消えた。


 死体が残らなくてよかった。あんなのを足元に踏みながら戦うとか、ちょっと……いや、かなりやりたくない。


 それからは、群がるゾンビを撫で斬りにするように次々と切り裂いていく。横薙ぎ、切り上げ、振り下ろし。【飛斬】と共に、各方向に斬撃を飛ばすが、気持ちいいくらいに攻撃が決まる。


 後方では、俺たち遊撃部隊が倒しきれなかったゾンビを、防衛ラインの大盾が食い止めている。側方や背後から特効付きの小盾で殴ったり、メイスで潰したりして各個撃破だ。。


〈ピィィィ———ッ!〉


 西門から湧き出た第一波のゾンビを全て倒し終わり、終了の合図の笛の音が鳴った。しばらくして、正門方向からも同じような笛の音が聞こえてきた。この分なら、南門も問題なく討伐し終わっただろう。


「じゃあ、源次郎さん。ここは俺たちが守るから、慰霊塔の方をよろしく頼んだ」


「気をつけて下さいね。異常事態には、必ず狼煙を上げて下さい」


「なるべく上手くいくように心がけますが、万一の時は救援をお願いします」


 実はこの慰霊塔係を誰がやるか——それが最後まで決まらなかった。


 何しろ作戦の要になる部分だ。任務の特殊性から誰でもいいというわけではなく、責任も重い。協議の末に、身軽で攻撃力が高く、空中を移動できて突破力があると判断された俺が指名された。


 でも正直、俺だって自信はないんだよな。


 こういう時には、ISAOのユキムラの力があればと、無理なことをつい考えてしまう。ゲームが違うのに何言ってんの? って思うかもしれないけど、上級神官職であるユキムラなら、この墓地丸ごとでも、苦もなく浄化できたはず。


 まあ、無い物ねだりをしてもしょうがない。


 さて、行きますか。

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