27 新月の夜

 〈オォォォ——ン〉


 どこからか、もの悲しい野犬の遠吠えが聞こえてくる。いよいよ魑魅魍魎が湧き出る新月の夜がやってきた。


 アンデッドの湧出源となる墓場は、街の北東に位置している。MAP上で、ほぼ真四角に切り取られたエリアがそうだ。


 そこは周囲をぐるっと高い外壁で囲まれていて、その出入口は西門、南門、そして南西にある正門の3箇所しかない。


 βテストでは、アンデッドたちは全てこの3つの門からだけ湧き出てきた。外壁を越えてくるものはいなかったらしい。従って今回もそれに倣い、それぞれの門の前に突貫工事で防衛陣地を組んでいる。


 仕様なのか、どうやっても門自体を塞ぐことはできなかった。だから、門の前を円弧状に囲むように土嚢を積み、杭を打ち込んでバリケードを築いた。バリケードのこちら側には、魔術師と弓術士が遠距離攻撃をするための櫓を組んでいる。


 出入口が3箇所ということで、攻略班も3チームに分けられた。


 防御力に優れるレオはハルさんと同じチームで、正門前で待機。冬さんの率いるチームが南門。そして俺は、遊撃隊として西門チームに参加して待機することになった。


 *


 この「不死者のアンデッド行進パニック」では、モンスターの湧き方に特徴がある。


 それはウェーブだ。


 一度に大量のモンスターが一斉湧きして、津波のように襲ってくる。やっと倒したかと思うと、第二波がすぐにやってきて、以降はその波状攻撃の繰り返しだ。


 湧いてくるアンデッドは、大きく分けて3種類。


 ・ゾンビやスケルトンなどの動く屍体。いわゆるリビングデッド。


 ・ゴースト・レイスなど、ホーントと呼ばれる霊体。


 ・ヴァンパイア・リッチなどの邪悪な不死者への転身者。


 後になるほど知性が増して、手強くなる傾向にあった。


 *


 西門前に行くと、既に来ていた人たちの間で、これからの作戦に関する会話が交わされていた。


「序盤のウェーブでは、屍体系が出てくるんでしたよね?」


「そうだ。もう1回確認するぞ。屍体系には、通常の物理攻撃も有効だ。それに動きも遅い。だからみんなで取り囲んで人海戦術でボコる。または、攻撃用爆破アイテムを使用することでなんとかする」


 そう。序盤はいいんだ。


 敵の繰り出す麻痺や毒といった状態異常攻撃が少し厄介だけど、その対策さえしてしまえば、普通の魔物とたいして変わらない。いや、動きが遅い分、かえって楽なくらいだ。


「続いて出てくる霊体系は、そうもいかないんでしたよね?」


「そうだ。霊体系は実体がない。だから困ったことに、通常の物理攻撃が全く効かない。それに、強力な個体は『闇魔法』や『恐慌』などの精神攻撃を仕掛けてくるから厄介だ」


「でも、この武器なら倒せる」


「ああ。上手く斬撃を飛ばせばな」


 武器による攻撃は、特効属性を飛ばす斬撃系スキル技だけが有効となる。その特効属性武器は、このミースの街が生産の街ということと、前々から準備をしていたことが功を奏して、かなりの数を揃えることができた。生産職プレイヤーの頑張りが大きい。


「こういった特効武器のおかげで、敵の精神攻撃に対処出来れば、これもまあ、なんとかなる」


 もちろん敵に対しては、光魔法や聖魔法は最も有効で、特効効果を発揮する。


 問題なのが、終盤で出てくる知性の高い不死者たちだ。


 リッチは、強力な闇魔法を操り、他のアンデッドを操る術に優れ、アンデッドの統率をとってくる。


 ヴァンパイアは知性のみならず耐久力にも優れ、致命傷を与えにくい厄介な種族スキルを使ってくる。


「リッチやヴァンパイアなどの高位のアンデッドは、魔法耐性がかなり高い。弱点は光魔法か聖魔法くらいだが、それでも削るのには時間がかかる。特効武器による斬撃も有効ではあるが、そう簡単に攻撃を許してはくれないだろう」


「この陣地には魔術師はいないよね? 大丈夫なのかな?」


「βテストの時は、高位のアンデッドは正門からしか出てこなかったそうだ。今回は光魔法や聖魔法を使える人材が少ないからな。そういった人材は、正門前に集めざるを得ない」


「β通り、こっちには来ないといいな。来たら対処に困りますよね」


「そこは祈るしかないな」


 本当にそう思う。


 ノアの街の防衛戦は、ほぼβテスト通りに進行した。この戦いでも、同様であることを期待するしかない。


 そしてβテストの通りであれば、この戦いの大ボスとなるのは、スピリット「太古の亡霊」だ。


「太古の亡霊」は無数の霊の集合体であり、一旦戦場に解き放たれてしまえば、数の暴力で戦場を支配してしまう。そういった恐ろしい相手だった


 しかし、ここで効いてくるのが、ハルさんたちがわざわざ寄り道してまで入手した「嘆きのノルン」だ。ノルンは古に存在したと言われる女神の1人で「鎮魂」を司る。


 これを墓地の中心部にある慰霊塔に捧げると、スピリットは無力化され、その解放を抑えることができるようになる。


 それがこの防衛戦攻略の攻略の鍵になっていた。


 俺の役割は、ウェーブ序盤の段階で墓地に侵入を果たし、この嘆きのノルン像を慰霊塔に設置してくること。


 1体の女神像の設置に、この作戦の成否がかかっている。責任重大だな。

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