25 予兆

 クウォントでの夜。

 やっと父さんと2人でゆっくり話せる機会を持てた。


「じゃあ昴は、以前からレオ君と知り合いというわけではないのか」


「そう。ノアの街で話しかけられてからだね。レオの学校の同級生が、俺がやっていたISAOというゲームでの知り合いなんだ」


「ということは、その子を介してレオ君に昴のことがたまたま伝わっていたってことなのか?」


「そうらしい。その子……イナバ君っていうんだけど、その子とはゲームで同じ職業だったこともあって、親しく話す機会があったんだ。その時にこのトレハンの話題が出たことがある」


 俺がSR種族になったと告げたら、SR種族が当たるまでリセマラすると頑張っている友達がいると言っていたのを覚えている。その友達がレオだったんだろう。


「そうか。つまり昴は、あまりレオ君の家族のことは知らないんだな?」


「そうだね。お姉さんが3人いることや、いいとこのお坊ちゃんなんだろうな、ということしか分からない。レオもトレハンの世界に知り合いが来てないか探したみたいだけど、見つからなかったと言っていた」


「そもそも、この世界に知人が来ている可能性はあるのか?」


「それが微妙らしくて。ご両親は多分ゲームはやってないそうで、お姉さんたちの内の誰かは、ゲームをやっていてもおかしくはないけど、多分トレハン以外のゲームだろうって」


「なら彼は今、天涯孤独というわけか」


「そういうことになる。俺に声をかけたのも、イナバ君に会いに行きたいという動機からみたいだし、初対面の俺に声をかけるくらいだから、トレハンエリアでは他に知り合いが見つからなかったんじゃないかな? 」


「それは心配だな。レオ君は少し話をしただけでも、素直で、これまで苦労をしたことがないのだろうという感じがする。箱入りというのかな?」


「俺もそう思った。一緒に旅をすることにしたのも、知り合いの知り合いだからってだけじゃなくて、あのまま1人でいたら、悪い奴らにカモにされて、騙されそうな感じがしたからだし」


「面倒見がいいんだな。昴はあまり学校のことは話さなかったし、部活にも入ってなかっただろう? 友達関係がどうなっているのか、これでも気にはしてたんだ。でも、レオ君はだいぶ昴に懐いているみたいだから、ちゃんと人のお世話ができているのが分かって、ちょっと安心した」


「お世話ってほどのことはしてないけどね。お互い様な所もあるし。でも、レオに懐かれている気は確かにする。元々レオは人懐っこい子だと思うけど」


「……こんな世の中になって、今までの常識が全く通じない。大人でも疑心暗鬼になり、不安に押し潰されそうになったり、家族が見つからなくて焦燥に駆られたりしている。だから、誰にも家族とはぐれた子供たちを顧みる余裕がない」


「確かに。レオみたいな境遇の子は、探せば他にも出てくる可能性はあるだろうね」


「ああ。俺は運良くこうして息子に会えた。だが、そうじゃない人の方が多いはずだ」


「……クウォントの街の人たちが心配?」


「 そうだな。あそこの街は、なぜかゲーム未経験者ばかりだった。彼らにしてみれば、この世界は異世界みたいなものだ。全てが自分が知っていたルールと違う、別の決まりで動いている」


「クウォントの人たちは、被害を訴えるばかりで、気持ちが内側に向かっている人が多かった。あれじゃあ、他人を気にする余裕なんてないだろうとは思った」


「大人はそれでも自己責任な所はある。しかし、本来保護されるはずの未成年者だけでも、何とかしてやりたい。その中には、昴も入っているからな」


「俺も? 父さんが気にかけてくれるのは凄く嬉しいけど、どっちかっていうと、父さんの方が心配なんだけど?」


「そうか、俺が心配される方か。逞しくなったな、昴。親としては嬉しい一方で、寂しい気もする。なんだか複雑な気分だ。まだまだ頼って来ていいんだぞ」


「父さんのことは誰よりも信頼してるし、こうして会えて本当によかったと思う。困ったことがあったら、もちろん相談するよ。父さんも遠慮しないで言ってきて欲しい。ゲームのことなら少しだけ、俺の方が慣れてるから」


「ああ。頼りになる息子に育ってくれて、本当に嬉しいぞ。じゃあ、遠慮なく頼りにさせてもらうか」


「そうだね。こんな世界じゃ、1人じゃ何もできない。ゲームであってゲームじゃない。……ログアウトして逃げることは、できないから」



「ハルさん、フユさん、お久しぶりです」


「待ってたぞ。その人たちが助っ人?」


「全員、イベント攻略に協力してくれるそうです。お二人に紹介します」


 あの後、残り2人の婦警もパワーレベリングに参加して、総勢12人となった俺たちは、ミースへと移動した。


 何人か抜けるかな? と予測していたが、意外なことに全員がミース行きを希望した。


 互いの自己紹介が終わると、俺たちはハンティングギルドの会議室で、ハルさんたちからミースの状況を聞くことになった。


「市街地にモンスターが徘徊するのか。それは厄介だな」


「実は、あなたたちがクウォントへ行く前から、その予兆はあった。でもまだ墓場の敷地内に限定されていた」


「今はどれくらい出て来るんだ?」


「深夜、日付が変わってから夜が明けるまで。最初は2-3日に1回くらいだったが、ここ最近は毎日、モンスターの目撃情報が上がっている」


「モンスターの種類は?」


「今のところウィスプがほとんどだ。あとはバンシーの目撃情報が数件。実害はまだ出ていないが、NPCが怯えて活動性が落ちている」


「襲撃はいつ頃起こりそう?」


「おそらく新月の日だろう。β通りなら」


 ミースでこれから起こると予想されているのは、防衛イベント「不死者アンデッド行進パニック」だ。まるで、遊園地のアトラクションのようなふざけた名称。


 しかし、この文字通りの現象が起こる。


 墓場で予兆があってから最初の新月の日に、ミースの街の北東にある墓地から、アンデッドが溢れ出す。


 そして百鬼夜行のように街を蹂躙する。


 完全クリアできなければ、街の機能の欠落を招いてしまう。そしてその中に、困ったことに重要施設である船着場が含まれていた。従って、ミースからエヴリンへの航路開通のためには、必ずクリアしなければいけない防衛イベントだった。


「戸山さんは光魔法を使えるのか。光魔法は闇特効があるから、是非攻撃チームに入って欲しいが、それでもいいかな?」


「ええ。お役に立てるなら」


「助かるよ。何しろここは生産の街だから、攻撃魔法を使えるプレイヤーが少ないんだ」


「武器や防具に属性特効の付与はできるんですか?」


「今現在、武器・防具の生産職が付与魔法のスキルレベルを上げている最中だ。おそらく新月までには間に合うと思う」


「それは朗報ですね」


「君たちも属性付与が必要なら、遠慮なく言ってくれ」


「俺は闇特効の刀を、レオは闇特効装備一式を持っていますが、他のメンバーは所有していません。是非お願いしたいです」


「おう。弟に言っておくよ」

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