第3章 行進

22 構想☆

「お姉ちゃん。高瀬さんは、やっぱりいなさそう?」


「うん。フレンドリストそのものが消えちゃってるから、確証はないけど。でも、もし彼もこの世界に来ているなら、何某かの反応があると思うのよね。それが気配すらないのは、来ていないのだと思う」


 巨大隕石衝突後、外部からの情報が全く入ってこないISAO世界では、自分たちは仮想世界へ精神だけ飛ばされ、肉体はリアル世界に残されている——といった考えが人々の間で主流になっていた。


「なんか変だよね。ISAOを全くやっていなかったのにログインしてる人がいて、高瀬さんみたいに、プレイヤーなのに消えちゃった人もいるって」


「対策本部の人たちですら、情報が少な過ぎて、何がどうなっているか把握できていないそうよ。昴さん、無事だといいけど」


「本当に、無事だといいね。お父さんとお母さんも、この世界に来てたりしないよね? リアルで無事だと信じたい」


「私もそれを願ってる。なぜ私たちが、この世界に閉じ込められてしまったのか? リアルの身体はどうなっているのか? こんな状況は大事件なはずなのに、外部からの干渉が全くない。外の世界はどうなっているのか? それが却って不安で」


 ログアウト不可という状況から、デスゲームに巻き込まれたのではないか? あるいは、ここはゲームにそっくりの異世界で、もう元の世界には戻れないのではないか?


 そう考えて、不安のあまり引きこもったり、自傷して死に戻ったり、自暴自棄になりって暴れたりする者が、これまで数多く出ていた。


 有志により、この異常事態に対する対策本部が結成されていたが、ゲームの時以上に、人心の掌握には苦慮していた。


「今こうしているってことは、私たち、まだ生きてるんだよね?」


「おそらく。こんなことになってから、もうひと月。ゲームのままの時間の流れなら、リアルでは3カ月も過ぎたことになるわ。生きてるから、ここにいると思うようにしてる。考えると不安になるから、普段は忘れるようにしてるけど。由香里、あなたは大丈夫?」


「うん。最初はショックで何も考えられなかったけど、こうしてお姉ちゃんと合流できたからね。だいぶ落ち着いてきたよ。だけど怖いね。1人だったら不安でおかしくなっていたかも」


「私も同じ。由香里がいてくれて……本当はリアルで無事な方がよかったけど、でも、あなたが側にいてくれて、とても助かったわ」


「えへっ。ところで、北海道? へ行った第2次調査隊は戻って来た?」


「まだみたい。選抜されたメンバーだから、戦力的には大丈夫だと思いたいけど、戻ってくるまでは心配よね」


「青函トンネル? は、向こうに通じてないのかな?」


「分からないわ。今は封鎖状態だしね。調査隊が戻れば、なにか進展があるかもしれない」


 アドーリアの街の西にある〈竜の谷〉奥地の山肌に、青函トンネルと酷似したトンネルの入口が現れていた。


 調査の結果、トンネル内はダンジョン化していて、竜種を中心とした非常に強力なモンスターが徘徊していることが分かった。トンネル内の構造が複雑に変化して、リアルとは別物になっていたため、現在は安全のために封鎖されている。


「あー。早く戻ってこないかな。とにかく変化が欲しいの。グラッツ王国方面への遠征部隊は、どうなったんだっけ?」


「運営チームの情報を元に探索したら、実装前の街やダンジョンが幾つも見つかったそうよ。さらにその東には、広大な山地が広がっているらしいわ」


「そこから先の情報はないの?」


「それがないのよね。その先のエリアは、実装に向けて着手され始めたばかりで、構想を元にデータを作り始めた状態で、完成には程遠かったらしいの」


「じゃあ、他に出て行けそうな場所はないの?」


「北の大森林や古代遺跡の東側にも山岳地帯はあるけど、そちらは構想すらなくて、データ上は更地だったって」


「それにしても、調べなきゃいけないエリアが広すぎるよね。ただ行くだけならいいけど、モンスターも出るだろうし」


「そうね。こんなことになって、みんな『死に戻り』を怖がっている。だから、遠征部隊の有志を募っても、思ったように人が集まらない。北海道への調査隊が戻ってきてからじゃないと、これ以上、調査を進めるのは無理だと聞いたわ」


「そっか。本当にあるのかな……リアル北海道」


「まだ仮説なのよね。マップが存在しなかったところに陸地がある——というだけで、どんな場所なのかは、実際に行ってみないと分からない。でも、その仮説が大事というか、今現在のみんなの心の支えになってるから……」


「ゲーム世界から出られるかもしれない。その可能性か。その話を聞いた時は驚いたけど、嬉しかったな」


「パニックになって海を渡ろうとして、死に戻りする人が続出したけどね」


 海の向こうに現実世界の北海道があるかもしれない。その情報は、人々の希望の灯火になるとともに、大きな焦りも生んだ。海を渡ろうと強行する者が後を絶たず、死に戻りが相次いだ。一時より数は減ったが、その状況は今も続いている。


「海にいるモンスターが、メチャメチャ強いんだっけ?」


「そうみたい。外海は実装はずっと先の予定で、侵入不可エリアに設定されていた。でも構想は既にあって、かなり強いモンスターを投入する予定だったらしいの。どうやら、その構想にあったモンスターが出て来ているみたい」


「えーっ。それってどういうこと?」


「実装はされていなかったけど、大体のレベルとか、イメージCGとかの構想が、ゲームデータとしてマスターAIに登録されていたそうよ」


「マスターAI? なにそれ?」


「詳しくは知らないけど、ゲーム世界を統括するAIらしいわ」


「神さまみたいなもの?」


「ちょっと違うかな? 神さまは神さまで、別に設定があるの。マスターAIは、その神さまを含めた全てのゲーム世界の管理者ってことみたい」


「違いがよく分からないけど?」


「そのAIが何をどこまでできて、どれくらいこのゲーム世界に干渉できるのか? それが分かる人は残念ながらいない。運営チームも、未実装データや構想でしかなかったモンスターが現れていることにひどく驚いているらしくて、説明はできないみたい」


「……なんか怖いね」


「そうね。この先どうなるのか、誰にも予想がつかない。本当に怖い。少しでもいいから、何か突破口が見つかるといいのに」

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