20 追跡

「レオ! 気をつけろ!」


 レオを頭上から狙うっているモンスターに気づいて、注意を促す。すぐにレオが槍を振るい、その一撃でモンスターが枝上から落下した。


 また蛇だ。くすんだ緑色の蛇型モンスター。見た目はアオダイショウに似ているが、サイズが全く違う。体長7-8mもある巨大蛇が、気配を殺して森への侵入者を待ち構えていた。


「止めを刺したから、もう大丈夫!」


「ご苦労さん。もうすっかり手慣れた感じだな。動きに無駄がない」


「へへっ。まあね」


 山中に入ってから、こうした蛇モンスターとのエンカウントが増えた。木の上から急に襲ってくるので、最初の内は手間どって二人掛かりで倒していたが、今はもう、注意を怠りさえしなければ1人で対処できるようになっていた。


 山越えを決めた俺たちは、その日の内に「クウォント」を出発した。


「俺たちを放って行くのか!」


「力がある者の責任を果たせ!」


 ギルドホールには、そんな風に騒ぐ連中もいたが、全て無視した。開通クエストの発生を掲示板上で告知したので、いずれ他の街から救援がやってくる。


 非情なようだけど、今現在は食料備蓄もあるし、俺たちがあの街の人々の面倒を見なければいけない理由はない。というか、彼らの要求を飲んでいたらキリがない。


 でも今後のことを考えて、あの3人の婦警とは、掲示板上でやり取りできるように打ち合わせ済みだ。


 俺が最優先するのは父の安全。今この時にも、危ない目に遭っているかもしれない。そう思うと、先を急ぎたかった。


 ゲーム時代と同じく、MAPの更新は随時行われる。それが幸いして、父の足跡を辿ることができる。


 灰色の未踏破MAPの中に、色付けされた一筋の踏破エリアが記録されている。現在進行形で移動しているようで、追いつくのには時間がかかりそうだ。


 *


 陽が暮れ始めると、山の中はすぐに真っ暗になった。


 夜は夜行性のモンスターが増えて移動には適さないので、早めに食事をとって野営することにした。今はレオのテントの中で、今後の方針について話しているところだ。


「なあ、源次郎。『ミース』に着いたら、その後はどうするんだ?」


「『ミース』の街や周辺の状況にもよるけど、おそらく父の性格だち、父は一旦は『クウォント』に戻るんじゃないかと思う。部下を放っておける人じゃないから」


「じゃあ、源次郎も一緒に戻るの?」


「うーん。『クウォント』の周辺なら、ある程度レベルを上げてしまえば、父たちでも何とかなると思うから、少なくとも、そこまでは手伝うつもり」


「そのあとは?」


「俺としては、父が『ノア』か、もっと西にある『ウォルタール』に移ってくれると安心なんだよね。本人の意見を聞いてみないと分からないけど」


 あれで結構頑固だから。昔から、自分で考えて自分で行動する人だ。俺の意見に耳を傾けはしても、是とするとは限らない。


「そっか。前にISAOエリアに行くかどうかは確約できないと言っていたよね? 今はどう思ってる?」


「いずれ行きたいとは思っている。父のことさえ落ち着けば、すぐにでも向かいたい。……というのが本音かな?」


「誰か会いたい人がいるの?」


「うん。どうしても会って、安否を確かめたい人がいる」


 そう。会いたい。ずっと会いたいと思っている。今この状況で、どうしているのか。それが心配でならない。


「友達?」


「友達はもちろんいるけど、どうしても会いたい人は……恋人……かな」


「えっ!? 彼女? 源次郎、彼女がいるのか?」


 なぜそこまで驚く? 俺ってモテない感じに見えるのかな?


「うん。まだ恋人としては、付き合い始めたばかりだけどね」


「うわーっ! 彼女か。やっぱり大学生は違うんだな。源次郎はカッコイイし、いてもおかしくはないと思っていたけど、本当にいるんだ」


 恋人と聞いて、急にレオのテンションが高くなった。


「今どき高校生でも、下手すると中学生でも付き合う事はあるんじゃないか?」


「うち、男子校なんだよ。小学校は共学だったんだけどさ、中学から別学になって、周りは男ばっかり。俺は家が女ばっかりだから、それもいいかなって中学の時は思ってたけど、高校に入ってから、すっごく後悔した」


「男子校か。俺はずっと共学だから、全然イメージが湧かないな」


「右を向いても左を向いても全部男で、みんなして彼女欲しい〜って言ってた。言わないのは、アイドルに夢中な奴らか、二次元の嫁がいる連中だけ」


 うーん。それは確かに侘しい? いや、俺にはイマイチ分からない環境かも。


「レオは、どんな子がタイプなんだ?」


「俺? やっぱり、大人しくて控え目な子がいいかな。おっとりしてて、口煩くなくて、でも可愛い感じ。源次郎の彼女ってどんな人なの?」


「素敵な人だよ。優しくて温かくて、気づかいが上手で、ちょっと色っぽい。いろんなことを率先してやるような活動的なところもある」


「なんか、大人の女って感じだな。俺にはハードル高そう」


「年上だから、俺よりは大人で合っているかな? レオは、何人もお姉さんがいるんだろう? 年上の女性には慣れてるんじゃないのか?」


「うーん。弄られ慣れてはしているけど、ちょっとな。彼女は年下か同級生がいい」


「俺とは趣味が被らなそうだ」


「うん、よかった。源次郎がライバルじゃ、女の子全部もっていかれちゃいそうだもの。なんでそんなにカッコイイんだよ、そのアバター」


「これ? 年齢設定は少し上に修正したけど、他はほぼ弄ってないぞ。髪型だけちょっと変えたかな? そのくらいだ」


「……マジか。稲羽いなばが、源次郎はトレハンのアバターの方がリアルの姿に近いとは言っていたけど、それでも、もうちょいISAOのアバター寄りだと思ってた」


「ISAOのアバターは、かなり時間をかけて作った自信作だ。とても気に入っている」


「あの平凡アバターが? めっちゃNPCっぽいのに? 今のが断然いいと思うけど。よく分かんないな、その心理」


 ◇


 それから2日かけて、だいぶ父たちに追いついてきた。MAPを見る限りでは、今日あたり合流してもよさそうだ。


 期待を胸にしながら追跡を続けると、遠くから高い金属音が聞こえてきた。


 これって剣戟音か? 


 音の方向に近づくにつれ、人の争うような声、続いて明らかな戦闘音が耳に入る。


「レオ……ここからは、二手に分かれよう。レオはこのまま真っ直ぐか、状況に応じて迂回してくれ。出来るだけ、あちらに気づかれないように、身を伏せて」


「分かった。源次郎は上から?」


「ああ。上空から様子を見てみる。じゃあ、行くぞ」


 言ってすぐに、緩やかに気流を操り、音を立てないように気をつけながら上空へ移動する。木々の間をすり抜け、眼下に山林が広がったところで、急加速して上空へ。


【N俯瞰】


 見えた! あそこか! 


 木々で遮られていて詳細は分からないが、どうやら山賊の様な連中に襲われているようだ。


 クエストの一環なのか? 


 ゲームではよくある展開だ。クエストを邪魔するように、移動の途中で山賊が現れ、身ぐるみを剥がれる。死に戻りもあるかもしれない。ここはトレハンの世界だからなおさらだ。


 そんなところまで、ゲームを再現しなくてもいいのにな。


 木立の隙間から、青いキラメキがちらつく。レオの鎧は森の中でも結構目立つな。状況を把握しようと、レオより少し先に進みながら眼下の観察を続けて、戦闘の中心部に近づいた。


 いた! ……父さん! 


 互いに背を預けながら、戦っているプレイヤー2人と父の姿が見える。その中央には、小柄なプレイヤーが1人。明らかに押されている。よくない状況だ。


 落ち着け! ……敵の数は?


 一瞬飛び出しそうになったが、何とか自制した。4人の周りにいる敵は、1・2・3……多いな、6人いる。そして、少し離れたとこに隠れているのが、1・2……あとは木が邪魔で見えない。


 戦闘の中心地は、木々がまばらになった開けた場所で、おそらく待ち伏せされていたに違いない。逃げ道は塞がれている。そう考えた方がよさそうだ。


 ……ということは。レオの進行方向にも1人か2人いるとして、敵の数は全部で10人前後。


 〈レオ、聞こえるか?〉


 〈源次郎、聞こえるよ〉


 〈レオの進行方向に、2人ほど隠れている奴らがいる。その相手を頼みたい。罠や毒を使ってくる可能性もあるから、足元と飛道具に気をつけて、ゆっくり進んで欲しい〉


 〈分かった。源次郎は?〉


 〈俺は、反対側に隠れている連中を始末した後に、中央の救援に入る〉


 〈了解。源次郎も気をつけて〉


 〈おう!〉


  そこで念話チャットを切った。じゃあ、行くか! 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る