17 急所

 翌日。


 この調子なら、今日の夜は街の宿屋で寝られるかも。そう期待しながらモンスターを狩り、北西方向に走る川に沿って着実に先へ進んでいった。出てくるのはやっぱり蟹・蟹・蟹。


 そろそろ街が見えてきてもいいかな。そう思ったとき、


 《Encounter! Area Key Monster! Let's fight!》


 エリア・キー・モンスター? いきなり戦闘かよ!


 いわゆるエリアボスとか、フィールドボスってやつか? それにしたって……なにこの馬鹿げたサイズは!


「でけえ———っ!!」


 目の前に現れたのは、青黒い1体の蟹だった。でも、その大きさが尋常じゃない。2階……いや、3階建ての家くらいの高さがあり、横幅も当然ある。まるで重機みたいな巨大な蟹。


 さらに分厚い。……槍の全長よりも、どう見ても厚いよな?


 巨大な鋏は、振り回すたびにビュン! と激しい風切り音がして、当たったら絶対にヤバイ。少なくとも俺は、相当にHPを持っていかれるはずだ。


 さて、困った。どうするか? そう思案していると、


「源次郎。蟹ってさあ、急所が2箇所あるんだって」


 レオが突然、そんなことを言い出した。


「そうなのか?」


「うん。うちの爺ちゃんの好物が渡り蟹で、素早く急所をしめるのが大事なんだ! って言っていたのを今思い出した」


 うん、今まで散々蟹を倒してきて、ここでそれを思い出すのがレオらしい。急所のひとつは『ふんどし』の頂点なのは、既に分かっている。


「もう1箇所は、どこにあるんだ?」


「口の辺りだったはず。腹にある急所よりも神経中枢? っていうのが小さいから、よく狙わないとダメだけど、そこをグリグリ突き刺すと即死だって」


「口か。それは狙うのが、かなり難しいな」


 なにしろ蟹は、口の周りにブクブクと泡を吹いている。とてもピンポイントで命中できるとは思えない。


「口から刺すのが難しい場合は、蟹の目と目の間を強打すると、脳震盪を起こして動かなくなるはずだよ」


 それを先に言ってよ!


「本当か! それなら試しにやってみる。もしこの蟹が、リアル準拠でデザインされているなら効果があるかもしれない」


「じゃあ、作戦はどんな感じで行く?」


「レオは正面で蟹の注意を引きつけてくれ。俺が蟹の後ろに回って、死角から頭の急所を狙ってみる。でも無理はするなよ。ヤバければ一時撤退しよう」


「了解!」


 *


 キー・モンスターは巨体なだけあって、胴体部分は同じ場所にどっしりと構えていて、ほぼ動きがない。その代わり、腕の動きが厄介だ。


 正面には隙がなく、近づくと素早い鋏の振り下ろしが襲ってくる。背面は死角になるが、頑丈な甲殻で全面を覆われていて、通常の武器ではおそらく歯が立たない。


 ……目と目の間ね。まずは目視かな。


 後ろに回りこんで【N俯瞰】を使い、同時に【N空間把握】も開始する。

 これで上空から見渡す2D視野に、3D的な遠近感が加わる。不思議な感覚だけど、慣れると面白い。


 でも実際に攻撃に移る前に、イメトレは必要だな。


 幸い蟹の目の位置は固定されている。距離を測り、近づいて、鋏を躱しながら、ぶっ叩く。


 ……よしっイメージできた! 行くぞ!


 右手で【ゲオルギウスの槍】を掴み、上昇気流に乗って宙高く舞い上がった。目標から目は離さない。上空で足場を入れかえながら待機して、好機を待つ。


 レオが大盾を構えて蟹の正面から前進し、それに反応した蟹が鋏を大きく振り上げ……今だ!


 急降下!


 両手上段に槍を構え、蟹の背後から目と目の間——狙ったところを目掛けて、力いっぱいぶっ叩く! これでどうだ!


 ボグォ!! 鈍く響く打撃音。手に痺れるような反動がくる。蟹を踏み台にして大きく後ろへ跳躍し、そのままバク宙、再び気流を起こして上空へ舞い上がった。


 どうだ? 蟹の動きが……止まった!? OK!


 ここでモタモタできない。ダランと鋏を下げた蟹の正面に急いで回り込み、その口のど真ん中に力いっぱい槍を突き込んだ!


 ドシュッ!! 重い手応えを感じる。槍を引き抜きもう1度突く。さらにもう一度追撃だ。これでどうだ!


 3回繰り返した所で、蟹の全身が細かく痙攣を始めた。しばらくすると完全に動きを停止した。


 《You are winners! Area Key Monster の討伐に成功しました》

 《Area Key Cを獲得しました》

 《☆「PSチケット」×2 GET!! 「Aqua Stone」GET! Congratulation!!》


 ハイテンションなアナウンスが続く。どうやら上手く行ったようだ。


「源次郎、やったな!」


「レオ! 大丈夫か? 鋏が直撃してたように見えたけど」


「うん、大丈夫。盾で上手く受けれたし、防御スキルも発動したから。ちょっとHPが減っただけだよ。すぐに戻ると思う」


「そうか、それならよかった」


「へっへ。とっておきの盾だからな、かなり頑丈なんだ」


「『スヴェルの盾』だっけ? さすが★8。レオ向きのいい盾だ」


「だろ?」


 高レアリティの課金盾は流石だった。あの攻撃を正面から受けて、HPが少し削れただけというレオの耐久力も大したものだけど。


「今のモンスターはなんだ? てっきりエリアボスかフィールドボスだと思ったのに、違う呼称だった」


 気になったので、俺よりゲームに詳しいレオに確認してみる。


「エリア・キー・モンスターは、PSモンスの一種だったと思う。討伐はパーティ推奨で、チケット以外に『キー』をドロップするんだって」


「キーってなんだ?」


「β版にはなかったものだから、実はよく分かってない。集めると何かあるんじゃないかって言われてる」


「そうか。さすがレオは情報通だな」


「源次郎が知らなさ過ぎるんだよ」


「俺はISAOメインで、トレハンは頼まれて短期間やっただけだから、あまりゲームのことを知らないんだ」


「その頼んだ友達、まだ連絡取れてないんだろ?」


「うん。他のゲームも幾つかやっていたみたいだから、この世界にいるとは限らないしね」


「仮想世界って、いくつあるんだっけ?」


「判明しているのは5つだったかな? 西日本にある3つの仮想世界は、リアル世界と自由に行き来できるらしいから、こちらとは全く事情が違うらしいけど」


「西日本か。遠いなあ」


「ああ、今となっては遠すぎる」


 いつになったら、離れ離れになった人々が合流できるのか。早くその日が来ればいいのに。

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