10 襲来


 三日三晩続いた嵐が、ようやくなりを潜めようとする頃。予想通り、襲撃者たちは現れた。


 まだどんよりと曇った空を背景に背負い、続々と海から上陸する『イプピアーラ』の群れ。


 一見人型だが、醜悪な顔は魚そのもので、体表を覆うヌラヌラとした鱗が、たまに顔を覗かせる陽光を受けて鈍く反射していた。


 獰猛な顔つきをした水妖の戦士たちは、発達した上腕筋を見せつけるように、頭上に三叉戟を掲げ、威嚇の喚声を上げて街門に向かって一斉に走り込んで来た。


 うわっ……速い!


 聞いていたよりも速い接近に、街門前に築いた防衛ラインに緊張が走る。


 ドゴォッンッ! 横一列に隙間なく並べた大盾に、半魚人たちが激しい勢いで衝突した。


 防衛ラインは……大丈夫だ。押され負けてはいないし、一定のラインを保っている。あの中にレオもいるはずだけど、その調子で頑張れ!


 敵を押さえ込んでいる大盾隊の隙間から、「雷」属性を付与した長柄の槍が、群がる敵に向かって一斉に突き出された。


 串刺しにされ、次々と倒れていく半魚人たち。作戦の序盤は、どうやら成功かな?


 倒された敵は、しばらくすると光になって消えていく。従って、防衛ラインに死体が積み重なることはない。そうやって前線が維持されている間に、防衛戦用に編成された遠隔攻撃部隊の準備が、着々と進んでいた。


 街壁の後方に組んだやぐらから、居場所を特定したマージ系亜種を狙って、次々と属性矢が降り注ぐ。


 敵マージは術を使われると厄介だが、その術の発動は遅く、更に体力も少ないため、数発の属性狙撃で無力化することができた。


 敵マージの掃討を確認したら、いよいよ魔術による一斉砲撃だ。


 目の眩むような激しい落雷。


 敵の群れに、槍のような雷が一斉に落ちた。直撃を受けたイプピアーラたちが次々に倒れて、敵の陣営の各所に大穴が空いていく。


 ……よし、そろそろ俺たちの出番だ。


 俺が配属された遊撃部隊の相手は、いわゆるジェネラルクラスと呼ばれる連中だ。魔術の一斉砲撃後も、まだ戦場に立っている奴らがそれに該当する。通常のイプピアーラよりも身体がふた回りも大きく、おそらく力も相当に強いはず。


 ……まともに動ければね。スタン効果が出ている内にやっつけてしまえばいい。


 雷砲撃で動きが鈍くなったジェネラルに向かって突っ込む。間合いを詰めたら、頸部の急所を狙って渾身の一撃を振るった。


 右上段からの袈裟切り。


 刀による斬撃が、頸部を含めた右上半身を大きく切り裂くと、硬い鱗が弾け、その下の厚い皮膚がめくれ上がった。


 ジェネラルが怒気を含んだ咆哮をあげて反撃してくるが、右に飛んで余裕でかわす。この身体は本当に軽い。ここまで回避が簡単だなんてね。


 なおも反撃しようと、向きを変えて槍をふりかざすジェネラルに、こちらから肉薄して追撃を加えていく。


 鱗が剥がれ、肉が露出した場所を狙って刀を突き刺す。ドスッ! 強靭な筋肉を貫通する確かな手応えがあった。


 すぐさま刀を引き抜き間合いをとると、支えを失ったイプピアーラは、力が抜けたように膝から地面に崩れ落ちていった。


 倒れた敵が光になるのを視界の隅に捉えたまま、俺は次の目標に向けて駆け出した。


 依然動きが鈍いジェネラルを、同じ勢いで次々と狩っていく。ザシュッ! 勢い余って、ジェネラルの首が飛び、青い血飛沫が跳ね上がる。


 そうして、戦場にいるジェネラルを含む数多くのイプピアーラを概ね狩り終わった頃、


〈ピィィ———ッ!〉


 遊撃隊に対する、一時撤退の合図の笛が鳴らされた。


 一旦陣地内に引き上げて、ここで回復と各種バフをかけてもらう。


「源次郎さん、すごい動きですね。リアルで何か武道をされてたんですか?」


「ええ。以前、剣道をやっていました」


「やっぱり。接敵の仕方や間合いの取り方がまるで違います。全く無駄のない動きだったので、そうじゃないかと思いました」


 俺が手当てを受けている間に、防衛ラインも態勢を立て直し、盾隊の陣形を変更して中央を厚くしていた。


「来たぞ———!」


〈ピッ・ピッ・ピィィ———ッ!〉


 再出撃の合図だ。


 前方に戻ると、まさに今、この防衛戦のレイドボスである海の怪物「インペラトリース・イプピアーラ」が、海から上がってくるのが見えた。


 ……大きい。というか長い。


 ボスの情報については事前に聞いていたが、こうして実物を見ると想像以上だ。


 地面からの身の丈は3メートル……じゃきかないかも。もっとありそうだ。それも、上半身に限っての話でだ。全長はどのくらいになるのか、見当もつかない。


 というのも、今まで相手をしてきたイプピアーラたちは、大きさの違いこそあれ人型の「半魚人」だった。でも、この「インペラトリース」は違う。


 上半身は人型の女性。


 そこだけ見ると、一見人魚のようにも見える。しかしその頭には、髪の代わりに醜く青黒い無数の蛇が生えている。ウネウネと常時うごめき、宙に伸びたり、グラマラスな青銅色の身体に巻きついたり。


 本来美しかっただろうと思わせる、造詣の整った顔で目立つのは、真っ赤に染まった双眸と口元から生えた2本の牙だった。そして、ズルズルと今も海から引き出されているのは、延々と続く蛇のような下半身。


 その巨体の腹から下は、びっちりと鈍い銀色の鱗に覆われているのが見える。背骨に沿って、鋭利な棘状の鰭条きじょうが並び、その間には、透けるような鰭膜きまくがピンと張っていた。


 さて。……作戦に上手く嵌ってくれるといいけど。


 後方で補給や回復を受けた弓術士と魔術師たちが、再び櫓に上り、雷撃の準備に入った。先ほどより前進した防衛ラインを担う大盾隊が、一斉に身構える。


 来る!


 のったりとした体躯からは想像もつかない速さで、スルスルと下半身を伸長し、怪物が迫ってきた。


 バラバラと属性矢が降り注ぐが、硬い鱗に弾かれてしまい、なかなか当たらない。


 防衛ラインで激突するか?


 ……そう思われた少し手前で、ドォォン! 落雷のような爆音が轟き、怪物が乗った地面が盛大に弾け飛んだ。


 やった!


 今回の作戦に当たって入念に準備された属性地雷が、絶妙のタイミングで発動した。どうやらこの作戦、上手くいきそうな気がする。


 インペラトリースの全身を、いく筋もの稲光が這うように覆っていき、怪物は痙攣するように悶え、のたうち、その長い胴体をくねらせる。


 そこにさらに、魔術師による一斉砲撃が落ち、ようやく怪物の動きが鈍った。


 よし! 今だ!


 隙だらけの長い胴体に向かって、遊撃隊の面々が殺到して、各々その武器を振るい始める。俺たち遊撃隊が各人どこを攻めるかは、事前に割り振られて決められている。


 俺の担当は怪物の急所で、種族特有の身軽さを活かして首を狙う。怪物の背中は、鰭条が倒れ鰭膜がたたまれて剥き出しの状態だった。その上に伸びる細い首も。


 怪物の注意を引きつけるため、前方から大盾隊が前進し、一気に間合いをつめて激突した! 怪物の頭から生えている蛇が、一斉にその身体を前方に伸ばし、大盾隊に襲いかかる。


【身体強化】 【精神一到】


 息を吐き、集中する。そして跳躍!


【跳躍】【空歩】【エアリアル】


 飛ぶように跳躍し、空間を跳ねるように敵の真上に移動した。


 ——【鋭斬】


 空中に身を投げ出した俺は、持てる力の全てを出し切り、怪物の無防備な首を目掛けて刀を横に一閃した。


 刃が首に食い込み、ゴギッという頸椎の硬い手応えがあった。……イケる! そのまま力任せに刀を振り切って、怪物の首を強引に断ち切る。


 クルクルと回転しながら、勢いよく怪物の首が飛んでいく。


 ウネウネと蛇が蠢く首への対処は、殺到する別の遊撃隊に任せて、俺は怪物の背中から心臓を目掛けて、勢いよく刀を突き刺した。


 怪物がドゥッと倒れる前に、その場から離脱する。これでどうかな? さすがに息の根も止まった気がするが。


《ノア防衛戦「水棲人の襲来」が収束しました。イベント報酬は、各自メールボックスに配信しました「イベント報酬」メールで受け取ることができます》


 イベントアナウンス? ……こんな世界になってもまだあるんだ。イベント報酬は……うん、ちゃんと貰えたみたいだ。


「皆さん、お疲れ様でした。これで作戦は終了です」

「お疲れ様でした!」

「やれやれだな」

「被害はどれくらい出たんだ?」


「本日は、これで一旦解散と致します。負傷者は救護班のテントにお立ち寄りください。消耗品、戦利品等の結果報告につきましては、明日の正午より、ハンティングギルド前広場で行う予定です。貸出した装備につきましては、ギルド会議室まで返却をお願い致します」


「いたいたっ! 源次郎、引き揚げようぜ!」


「ああ、レオも怪我はなさそうだな。なんとか無事終わったな」


「んー。俺としては不完全燃焼だけど、作戦だから仕方ないよね。ギルドに戻って飯を食おう」


「飯か。確かに、だいぶ空腹度が上がってる。戻るか」


 レオは今回、大盾隊の中央部に据えられいた。そこでは大盾を保持し、その後ろから槍を振るう部署に配置されていた。適材適所だし、実際にかなり活躍していたと思うが、本人としては、より目立つ遊撃部隊に参加したかったらしい。


 *


「なあ。『クウォント』には、いつ出発するんだ?」


「そうだな。明日は結果報告があるから、明後日の早朝かな? それでどう?」


「わかった。俺もそれでいい。ところでさあ、イベント報酬は何が来た?」


「まだ詳細は見ていない。あとで部屋でゆっくり確認するつもりだけど、気になるのか?」


「そっかあ。俺、早速チケットを引いたんだけど、なんかイマイチだったんだ。期待して損したよ」


「レオは、既にかなりいい装備を持ってるから、余計にそう感じるんだよ。初期イベントの報酬じゃあ、手持ちの装備以上のものは出ないんじゃないか?」


「そうなの? 課金装備といっても、それほどレア度が高くないものも多いけど」


「同じレア度でも、課金装備はより性能がいいと聞いている。今はもう手に入らないものだから、気軽に売ったり、譲ったりしないように気をつけた方がいい」


「ふーん。そうなんだ」


「ああ。ここに来る前に出会ったプレイヤーが、そう警告してくれた。他人の装備を騙し取ろうとする、悪い奴らがいるらしい」


「わかった。気をつけるよ」


 本当に気をつけないといけない。パーティを組むことが決まった時、レオは自分が持つレア装備を全て教えてくれて、更にその中のいくつかを、俺に譲ってくれようとした。もちろん無償でだ。


 でもそれは断った。気前がいいにもほどがある。


 いい装備は欲しいが、今では財産とも言える課金装備を、ホイホイ貰うのは気が引ける。こんな、これからどうなるのかも分からない世界で、それはレオにとって有効に運用されるべきものだから。


 でも、肝心のレオにその自覚が薄いんだよな。やっぱり、裕福な家のお坊っちゃまなせいか。育ちが良すぎるというか……正直いって、甘い。そして無防備だ。旅の間に、その辺りのことを話し合う必要がある。


「レオ、明日も朝食時に集合だ。防衛戦が終わったから、NPCショップの品揃えが変化しているかもしれない。そのチェックに、正午まで町巡りをするつもりでいる。今日のところは早く休もう」


「分かった。源次郎、俺たちいい相棒になれそうだね、これからもよろしくな!」




*——『次元融合』第一章[了]——*


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。まだまだ続きます。

次回から第二章です。


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