09 敵の正体

 ……来なければいいと思っていたのに。

 どうやら現実は甘くないようで、やっぱりこの世界でも、イベントは起こるのみたいだ。


「あら♡ ねえ、そこの格好いいお兄さん! もしかして1人かしら? それなら、ちょうどよかった! いい話があるの。1人って心細いでしょ? 絶対に損しないから、ねえ、ちょっと寄っていかいない?」


 ハンティングギルドに入るなり、やけに露出度の高い派手な服装の女性が現れて、馴れ馴れしく声をかけてきた。


 客引き? そう思うような怪しい呼び込みで。


(チラッ)うーん。……なんだろう、この人?


 軽薄なセリフ以上に、化石的パフォーマンスとして知られる「ダッチュ〜の!」のポーズをしているのが、更に不審さを煽る。


 色気を感じるよりも、リアクション芸人みたいな残念感が漂っているのが余計に。


「結構です」


「……あなた、なんか感じが悪いわよ。チラ見してスルーって何よ。か弱い女性が、可愛く頼んでるのに。少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃない!」


 ふぅ。……なんか、うるさい奴に捕まったか?


(チラッ)うん、やっぱり迂闊にかかわらない方が良さげ。


「いえ、結構です」


「キ———ッ! その態度がムカつく!」


「ちょっとちょっと、そんなんじゃダメでしょ、落ち着いてよ」


 知り合いなのか、もう1人別の女性がやってきた。


「お兄さん。これからここの会議室で、防衛戦についての話し合いがあるから、是非参加して欲しいの。どうかしら?」


(チラッ)うん? こっちはかなりまともそうだ。この2人が仲間なのか? まるで印象が違うけど。


 ………どうする? 防衛戦についての集まり。気になるところではある。


「俺がなんで参加を?」


「あんた、なんで急に態度変えてるのよ! 私の時はスルーだったくせに!」


 そう言われてもね。


「まあまあ、抑えて。お兄さん、見た感じレア種族でしょ? 防衛戦が始まるに当たって、戦力になってくれそうな人に声をかけてるんだ。話を聞くだけでもいいから、参加していってよ」


 見た目でレアリティの当たりをつけたのか。R種族ではなくSR種族だけど、あえて訂正はしない。


「それって、話を聞くだけじゃ済まないのでは?」


「まあ、勧誘はするよ。でも、話を聞いてどうしても駄目なら断ってもいい。だけど本音を言えば、1人でも多くの戦力が欲しいの。それが戦闘系のR種族なら尚更ね。それに、お兄さんにとっても、レイドクラスの防衛戦で孤立するのは危ないと思うよ」


「それは一理ある。でも参加するかどうかは状況次第かな? すぐには返事はできないかもしれない。それでもいいなら話を聞くよ」


「ありがとう! じゃあ、案内するからさ、こっちへ来てよ」


 *


「集まってくれてありがとう。俺はβテスト経験者の拓磨たくまという者だ。ぶっちゃけ、俺が仕切るのもどうかと思うが、もうそんなことを言っている時間がない。急いで対策を練って、協力体制を作らないとマズイと思ったから、こうして声をかけさせてもらった」


 どうやら、防衛戦の音頭を取る人が現れたようだ。言ってることはまともだし、信頼できる人物だといいな。


「時間がないんだろ? そういうのはもういいから、早く話を進めようぜ」


「分かった。じゃあ、俺たちが調べた防衛戦の情報から話そう。桜、続きを頼む」


「では早速。NPCから集めた情報と、資料室の文献、街の図書館の書籍、過去の様々な経験などから、防衛戦はこの嵐が去った時点で始まることが予想されます」


「嵐はどれくらい続くのか分かるのか?」


「恐らく三日三晩です」


「昨日の夜から始まったとして……」


「明後日ですね」


 明後日か。……それは早過ぎる。ろくに準備をする時間がないじゃないか。


「そりゃやべえな。で、敵の正体は分かっているのか?」


「はい。敵は恐らく海からやって来ます。調べた限りでは『イブピアーラ』という、凶暴な肉食の半魚人が、今回の主な相手になりそうです」


「肉食? まさか人も食うのか?」


「はい。残念ながらそのようです。『イブピアーラ』は人肉を好み、繁殖期前になると人を襲って喰らう魔物だという伝承が残っていました」


 なんだって? じゃあ、そいつらはつまり、俺たちを食うために上陸して来るのか?


「うへえ。マジかよ。そいつら強いのか?」


膂力りょりょくに優れ、げきを振るい、力で圧倒する……基本的には、パワーファイター系の魔物であるという記載がありました」


「弱点は?」


「水棲モンスター共通の『雷』は有効のようです。ただ群れの中に、マージ系亜種が紛れているそうなので、一旦魔法障壁を張られてしまうと、その弱点は軽減されてしまいます」


「マージ? 敵にも魔術師がいるのか。それは厄介だな」


「……実は、それがそうでもありません。種を明かしますと、このイベントは初見ではありません。類似したものがβテスト時にあり、攻略方法が分かっています」


「なんだって! 本当かそれ?」


「はい。βテストの時は『オルレイン』ではなく、この『ノア』の街がスタート地点でした。そして、最初のレイドイベントが起こったのもここになります」


「今回のは、それと全く同じ内容のイベントなの?」


「おそらく」


「じゃあ、βの時は防衛戦には成功したんだな?」


「はい、最終的にはですが。初回討伐時は、マージ系亜種の存在にやられて失敗しています。でも第二次討伐には、レベル上げと属性対策を入念に行って成功しました」


「だったら、そのやり方を踏襲すれば……」


「十分な成算が見込めることが予想されます」


「問題は、人材集めと攻略物資の確保……あとは時間か」


「そうなりますね。どれも多ければ多いほどいいです。是非とも皆さんのご協力をお願い致します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る