08 暴風

 

「酷い雨だね。なんで仮想世界なのに、こんなに悪天候なんだよ」

「本当に。タイミングが悪過ぎたな」


 外は叩きつけるような強い雨が降っている。

 心配していた天気が、残念なことに悪い方に転がった。


 出発予定日前日の夜半から大雨が降り出した。次第に風も強くなってきて、翌日には、外に出るのも躊躇うほどの暴風が吹き荒れ、残念ながら北へ向けての出発は延期せざるを得なかった。


「源次郎、俺ちょっと情報を集めてくる」

「任せてもいいか? 俺はちょっとコイツの練習をしたいから」

「うん! じゃあ後でね」


 嵐なので外には出たくない。でも、じっとしているのもなんだから、槍の練習を兼ねて、ギルド内の訓練所で身体を動かすことにした。


 【刃状槍[鉄]】[槍]★★


 これが市場が品薄な状況の中で、やっと手に入れた槍だ。レアリティは低めだけど、今の状況では文句はいえない。手に入っただけラッキーだから。


 さて。まずは、この長さに慣れないといけないな。


 突く、払う、打つ、回す


 打ち上げ、打ち下ろし、薙ぎ払い


 絡め、引っかけ、叩き斬り


 棒と似たような長柄の武器だけど、槍と棒とでは重心が異なる。実戦の際には、これがとても重要で、身体に覚えた感覚を細かく修正していく必要がある。


 このゲームはISAOよりもスキル補正が強いので、オートプレイに任せて戦うこともできるが、それだけに頼っていると、いざという時に困る気がした。


 このわけの分からない世界で、少しでもリスクを減らすために、自分の体くらい思い通りに動かせるようにしないとね。


 基本動作を繰り返して身体に覚えこませから、訓練用に借りたダミー人形相手に間合いを把握する。


 このダミー人形が結構使える。


 簡易的だが戦闘AIが入っていて、こちらの打ち込みに対して反応を返してくれる。


 訓練所チケットを使えば、初心者がいきなりNPC教官と戦うこともできる。でも今の段階でそれをしても、不慣れな武器では何をしているかも分からない内に、一方的にボコられるだけだ。


 基礎訓練にはダミー人形が最適です!


 しばらくぶりに自主訓練に没頭していたら、あっという間に時間が経った。


 *


 昼頃になって、そろそろ休憩するかというときに、レオがやって来た。


「源次郎、飯にしようぜ〜!」


 しようぜ〜って、タメか? 一気に距離感を近づけてきたレオに、思わず苦笑する。


 まあこんな状況で、3歳年上を主張するつもりはないけどね。レオにはなぜか懐かれている気がするし。


「今行く。先に食堂で席を取っておいてくれるか?」


「分かった! 待ってるから!」


 ダミー人形を倉庫へ返却してから食堂に向かった。


「こっち! こっち!」


「待たせて悪かった。さて、何を食うかな」


「今日の日替わり定食は『牛肉のトマトン煮込み』だって。俺はそれにする」


「牛肉の煮込みか。美味そうだな。俺もそれでいいや」


 ポチポチ、ポチポチ。


 卓上オーダーなので、タッチパネルで注文完了。精算も同時に済む便利仕様だ。すぐに注文した品がテーブルに届いたので、早速食べ始めた。


「なあ。変な噂が流れてるんだけど聞いたか?」


「変な噂? いや、聞いてない。なんだって?」


「昨日の夜から、NPC達が今までと違う台詞を言い出したらしいよ」


 それって……まさかフラグ? こんな状況で、ゲーム的な何かが起きるのかよ。


「NPCが? もしかしてイベントが起こりそうとか?」


「かもしれないって」


「もし起きるなら、どんな内容のイベントになるかは聞いたか?」


「うん。なんか、言い伝えがあるんだって。激しい嵐が続く時には、海から魔物がやってくるっていう」


「十分怪しいな。その海からやってくるという魔物についての情報は?」


「今のところないみたい。この嵐で外を出歩くNPCがいないから、うまく聞き取りができないらしいよ」


 そう遠くもない内に、イベントが起こるかもしれない。でも、ゲームならあるはずのイベント予告はないときた。


「そうか。……それは困ったな」


「なんで?」


「なんでって、魔物の襲来なら恐らく防衛戦になる。つまりイベントが終わるまで、ここから動けなくなるってことだ」


「なるほど! 防衛戦になるのか。気づかなかったよ」


 おいおいっと。しかし参った。まさかのゲーム的なイベント。このタイミングで起きるなら、隕石が落ちる前には既に実装されていたのか?


 ……いや。実装状況とイベントの発生が関係があるとは限らないか。


 ここまでの異常事態が引き起こされている以上、サーバーが無事であるとも思えないし、もし運良く災害を免れていたとしても、管理者だってそれどころじゃないはずで。


 今現在、いったいどういう仕組みで、この仮想世界の運営がなされているのか。……考えて分かるものでもないけど、可能なら知りたいところだ。


 課金前提のこのゲームでは、当然、レイドクラスのイベントになると、課金にものを言わせて特効武器を揃え、力押しで攻略されることが多かった。


 今回は、それが通用しない。


「課金縛り」の元に起こる防衛戦。装備も消耗品も、何もかもが足りない。


 戦えるプレイヤーの数だって不明だし、そもそもこんな状況で、みんな気もそぞろだ。防衛戦に参加するかどうかも分からない。レイドをまとめるリーダー的な存在も、この1週間見た限りでは見当たらない。


 ……条件が悪過ぎる。こんな体勢で防衛戦ができるのか? 考えれば考えるほど、マイナス要素しか見つからない。


「レオ。また何か分かったら教えてくれるか? イベントの情報だけでなく、人の動きにも注意していて欲しい」


「うん、分かった」

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