第3話
帰宅後のくだりの続きだ。
「手応えあった?」
幽霊の女の子、幽子(僕がそう名付けた)は椅子に腰を落ち着かせる僕に語りかけた。
「いや全く。他の人の方が僕よりよっぽど喋れていたよ」
色々あったがこんなアパートでプライベートを過ごす奇妙な大学生活も佳境を迎え、今や僕は就職活動中の大学四年生になっていた。
現在は五月の下旬。この時期ともなると就職活動も一つの正念場を迎える。三、四月に履歴書を送り、書類審査を通った就活生たちが続々と面接試験を受け始める頃合いだからだ。ここで会社への熱意を、大学生活で培ったコミュニケーション力で如何に上手く説明出来るかどうかが、内定獲得のカギとなってくる。そしてこの僕もそんな試練の只中にいる就活生の一人だったが、しかし……。
「今日の面接は圧迫気味だったからね。僕は小心者だから途端に喋れなくなっちゃったよ。隣に座っていた、ガタイの良い体育会系のイケメンの方は、全然動じていなかったし僕なんかよりずっと喋れていたよ。あいつは絶対面接通っただろうな」
「そう……でも君だってまだ落ちたって決まったわけじゃないじゃん。きっと、ビビってる人も可愛いなあ~って思って採用してくれるよ」
「んな訳ねーだろ」
そう。今日僕が受けた面接は俗に言う圧迫面接の類で、僕は面接官のきつい物言いや、乱暴な素行の前に委縮してしまった。それももう蛇に睨まれた蛙のように。声は震えて小さくなり、面接官とまともに目を合わせられなかった。
さらには話した内容も要領を得ない、支離滅裂なものになってしまった。終始僕はそんな無様な姿を晒したまま良い所無しで面接は終了し、手応えもクソも無かった訳である。
本来、圧迫面接は学生のストレス耐性を見る試験でもあり、そんな場面で委縮してしまったのでは、「自分はストレスに弱い人間です」と言っているようなもの。致命的だ。
少し残念そうな表情で僕を眺める幽子に対して口を開く。
「まあここ落ちても、第一志望じゃないから。それに他にも面接に進んだ企業はあるし、何とかなると思って気持ちを切り替えていくよ」
陰キャ気味の僕にしてはポジティブシンキングな発言、と心の中で自画自賛してみる。
でも本当のところは焦っていた。家の経済事情があんなだから、僕はどうしても大手企業に受かりたかった。誰もが知るような一流企業に入社して、年収は一千万以上稼いで優雅に暮らし、他人からも羨望の眼差しで見られる事を望んでいた。そうして貧乏生活からおさらばする。そんな勝ち組就活生になりたかった。
しかし現実はそう簡単にはいかない。僕と同じように勝ち組になる事を考えている就活生は星の数いる。それにも関わらず一流企業から内定を貰える人数、勝者のパイは非常に限られている。それだけに競争は熾烈だ。僕以上のコミュニケーション能力、学力、人間力を持つライバルたちと鎬を削り、勝利、いや蹴落として力づくで椅子を獲得しなければならない。
過酷な戦い。だからこそ、僕の貧乏生活に終止符を打つための、勝ち組への片道切符はそう容易く手に入る物ではなかった。
そんな事を悶々としながら考えていると。
「じゃあもういっそ、就活やめちゃおうよ!」
閃いたような表情で幽子が言った。たまに彼女はこのような投げやりな事をドヤ顔で言う。
「ふざけんな。僕は何が何でも一流企業に入って勝ち組にならなきゃいけないんだよ!」
幽子の発言に対して僕は、人の人生を何だと思っているんだと思った。就活という戦いと無縁の気楽な立場の者からの、軽はずみな発言につい憤りを感じてしまい、語気が強くなってしまった。そんな僕に少し動じたのか、さっき打って変わって緩慢で穏やかな口調で彼女は返す。
「そんなに思いつめて……自殺とかしないでよ」
「お前が言うな」
説明が遅れたが彼女の死因は自殺だ。この部屋の丁度僕が座っている机の位置で自ら命を絶ったと自己申告している。親との関係や勉強による多大なストレスが原因だったらしいが、これ以上は詳しく語りたがらない。それでも何だかんだこの世に未練があって地縛霊となり、この部屋に住みついているらしい。
この幽霊女は何かとうるさくて迷惑っちゃ迷惑なんだが、呪われたり、祟られたりするよりはマシだと思えばまあ許せる。傍から見ていれば鬱陶しい事この上だろうが、それでも僕はそこまで煩わしく感じてはいない。むしろ話し相手がいて一人暮らしの孤独が紛れる事もあるので、別に害ではないはずだ。
後ろから色々話しかけてくる幽子を無視して、僕はノートパソコンを開き、リ○ナビの画面との睨めっこに励むことにした。幽子は、帰って来るや否や就職サイトを閲覧し始めた勤勉な僕の姿を前に、気を遣ったつもりか部屋の隅で大人しくなった。そして床に落ちていた漫画本を手に取って読み始めた(幽子は任意で物質を透過したり、しなかったり出来る)。
時々むかつく事もあるが、まあ別に、悪い奴ではない。こんな感じで、二人で三年と二か月を過ごしている。まあ初めのうちは色々あったが、こんな「優良物件」にも僕は意外と順応していく事が出来た。それも彼女のこんな人柄のお蔭だ。
ちなみに、いざこの部屋に住み始め、初めて彼女に遭遇した時どうだったかっていうと、そりゃあ、腰を抜かしたね。叫び声を上げて尻元をついてしまたっけな。これもすでに三年前の出来事だ。懐かしい。
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