第30話 万々歳?
化物は、ただ身動きを取るだけで周囲に甚大な被害をもたらす。
人は押し潰され、家屋は倒壊する。ただ、そこに存在するというだけで、形あるものは粉々に砕かれる。
その化物の名は、ヤマタノオロチ。
太古の昔に暴れまわった天災ともいうべき悪夢の象徴は、今まさに卑弥呼の弟を飲み込もうとしていた。
「さあ! 早く飲み込むのだヤマタノオロチよ! そして仇敵を滅ぼし尽くすのだ!」
「何を考えてるんですか! そんなことをしたら、神があなたを許すわけないじゃないですか!」
「神ですと? 祈ったところで傍観を決め込む方々に、果たして存在意義があるのでしょうか。そんな役に立たない存在を信奉して死んでいくのなら、私はどんな手を使ってもこの国を生き長らえさせますよ」
グルォォォォォ!!
ヤマタノオロチが大きな顎を開けて飲み込もうと襲いかかったその時――
何者かが弟に体当たりをし、すんでのところで助かりました。
「ハァァァァァァ! ちびった! これもうちびったわ! 良い年して染み作ったわ!」
「あなた……戻ってきたんですか?」
「言っただろ。俺は紳士だってな」
急な邪魔が入ったことで、ヤマタノオロチの機嫌はみるみる悪くなっていくのがわかった。
もう避けきれる自信はない。というか、今のだってまぐれにすぎなかった。
もう明日は全身筋肉痛になってると、俺にだって予知くらい出来る。
「……貴様……よくも邪魔してくれたな」
「なんだよ。せっかく助けてやったんだから感謝の一言くらい欲しいんだが。もしくは幼女を養女にください」
「……ち、まぁいい。チャンスはまだある。ヤマタノオロチよ! 先にその男を――」
「おーい酒ならたんまりあるぞー。いくらでも飲んじまえ。そしてぐでぐでに酔っぱらっちまえ!」
「な!?」
卑弥呼が用意した酒樽の蓋を全て開けると、その匂いを感知したヤマタノオロチは、生け贄だった人間などそっちのけで酒に群がっていった。
八つの首がそれぞれ樽に首を突っ込んで一気飲みしている。
「はぇ~まさかヤマタノオロチが酒好きとは知りませんでした」
「ふふん。崇め奉ってもいいんだぞ」
そして予想外なのは、このヤマタノオロチ――酒好きなのは結構なのだが、かなりアルコール耐性が低かった。きっとパラメーターが見れたら最低値だと思われる。
ぐでんぐでんに酔っぱらったあげく、いびきをかいて寝てしまった。
「そ、そんな……馬鹿な」
「馬鹿はお前だバカヤロー」
「貴様さえ、姉上の前に現れなければ」
そういうと、懐から出した短剣で己の腹をかっさばいた。目の前でハラキリとかトラウマもんなんですけど。
「なんてことを……」
すぐさま駆け寄った卑弥呼は、地に臥した弟を薄い胸板で抱き抱えた。
未来が見えるということは、つまり、弟の死期も見えてるということか。
たしかに未来が見えてもろくなことはなさそうだな。
「……ごほっ……到底許されぬことをしでかしたのです……死罪は免れません……ならば……愛する姉上の元で……死にとうございます……」
「ならぬ! 生きて罪を償え! それが命令じゃ!」
「……罪ならば……地獄の底で……永遠に受けましょう……どうか……姉上は……悔い無きよう……生きて……くだ……さ…………」
全身から力が抜けていく。俺もこうやって死んでいったのか。そういえば、俺が助けたあの幼女は元気にやってんのかな。
しばらく声を殺して泣いていた卑弥呼は、顔を上げると何かの呪文を唱え始めた。
詠唱? まさか生き返らせるとか?
「そんな大それたことは出来ません。ですが、魂を隠すことは可能です」
「魂を隠す?」
「生きとし生けるもの全て、死ねば魂は輪廻の輪に戻されます。ですが、悪行を重ねたものは罪を洗い流すまで責め苦を味わい続けなければなりません。弟も例外ではないのです」
なので――私の
「まさか、弟を地獄に落とさせないために隠すってのか?そんな自分勝手なことして大丈夫なのかよ」
「大丈夫、ではないでしょうね。きっと私も死後は地獄行きになるでしょう。ですが、大好きな弟を地獄に落とされるくらいなら、私が全ての罪を背負って喜んで地獄に落ちる覚悟ですよ」
そう言いきる卑弥呼の眼は、何よりもまっすぐ、そして気高かった。
傲慢とか不遜とか、そんなんじゃなくて、全ての罪を一身に受け入れた者の力強さだった。
ん? 俺の体が消えかかってる。そうか、お役目御免ってわけか。
「あら、そろそろお別れになりますかね」
「そうみたいだな。なんだか慌ただしい別れになるが」
「なんだかんだ、すったもんだありましたけど、あなたが未来からやってきて、私は案外楽しかったですよ」
やめろよ。別れ際にそんな顔見せるなよ。
「さて、私としてこの度の騒動のお礼をあなたにしなくてはなりませんね。どうしましょうか」
「お礼だって? それなら幼女のパンティーを――
どうせいつものように卑弥呼パンチが飛んでくる――そう期待していたのだが、飛んできたのは、パンチよりも強烈な別れのキスだった。
「な、な、な、」
唇に触れたのは、なんなのか……衝撃が強すぎてよく覚えていない。童貞には理解できない。
「まったく締まらない男ですね。最後くらいちゃんと締めましょうよ。三本締めでも一本締めでも構いませんから。これが私達の最後なんですから」
「……ああ。そうだな。じゃあ俺からも別れの挨拶をさせてくれ」
はい、ととびきりの笑顔で答える卑弥呼に言ってやった。
「どうせまた会うことになるからな。その時を楽しみにしておけよ。卑弥呼様」
「え? ちょっと、どういうことですか?
そんな未来は、」
「あ、もう時間みたいだ。あ~ばよ~父っつぁ~ん!」
「ま、待ちなさい!」
「ご苦労様のお疲れ様です」
目を覚ますと、ベッドで横になっていた俺を見下ろすように、アマテラスが傍らで寄り添っていた。
その横にはついでにイザナギも。
「まったく、ただ起こったことを目にしてくれば良かったものを、妙に歴史まで改竄しおってからに」
「歴史? 改竄? なんのことだよ」
「まあまあパ、イザナギ様。むしろ良かったじゃないですか。結果オーライとはこの事です」
「二人して何を話してるんだよ。何がどうなってるんだ?」
「正妻の身でありながら悔しいですけど、ここは一時的にあの子に場を譲ろうと思います」
誰が正妻だ。制裁をくらいたいのか。
「ほら、入ってきなさいよ」
「誰も来ないが」
「ああ! 焦れったいですね!」
アマテラスは部屋の外に姿を消すと、誰かと言い争いをしている。よく聞こえないが。
(ちょ、待ってください! まだ心の準備が)
(なにを生娘みたいのこと言ってるんですか。あ、そういえば生娘でしたね。これは申し明けありません)
(テメエ! ぶっ殺してやんよ!)
顔に引っ掻き傷をつけたアマテラスが引っ張るように連れてきたのは、幽閉されてるとか言っていた卑弥呼だった。
「なんだ。出てこれたのかよ卑弥呼様」
「あ、あ、ありがとうなんて言わないんだからね」
「四十点」
「へ?」
「そんなベタなツンデレはいいからさ、あのときみたいにキスしてくれ――卑弥呼パンチ!!
「アベシッ!!」
しばらくベッドから起き上がれなくなってしまった俺の横で、卑弥呼は事の顛末を話始めた。
「というわけなんですよ」
「大事なところを端折るなよ。俺は何の為に体を張ったんだ」
「顔を張られた回数の方が多いんじゃないですか?」
卑弥呼が幽閉されたのは、生前隠しておいた魂が発見されてしまい、それが上層部にバレたことが原因らしい。
卑弥呼自ら出頭、自主したのはケジメだったとか。
魂の操作は、神をもってしても重罪に当たるらしく、本来なら卑弥呼も罪を受けるべきはずなのだが、そこで俺がとんでもないことをしでかしたと語る。
「あのヤマタノオロチを倒す役目は俺じゃなかったのか?」
「ええ。本来ならスサノオ様が倒すはずだったのです」
血気盛んに地上へ舞い降りたスサノオは、目の前でヤマタノオロチがぐでんぐでんに倒れてるものだから、その隙に首をすぱすぱ切って一応倒したのです――
「つまり、俺の猫ババをしたってことか」
「ええ。神が人のおこぼれをちょうだいした形になりますね」
何もせずに素材だけ回収する寄生プレーヤーみたいだなおい。
「本来なら自分が倒すはずの化物は退治され、しかも後世に名が残ることになったスサノオという名は、当然自分の為のものではないのです。なので、手柄も名声も半分、いや、もっと少なくなってしまったのです」
「で、それが幽閉が解かれたのとどう関係してるんだよ」
「それはですね……」
語る。語る。
卑弥呼は死後、地獄行きを覚悟していたのだが、イザナギの必死の嘆願により今のポストに就いたらしく、自らの罪は転生サポート課に死して訪れる人間を導くことで許されたらしい。
だが、そこで隠していた魂が再び姿を現したことで、天界の上層部はその魂だけを再び地獄に送ろうと画策していた。
それを止めるために自らの幽閉を申し出たのだが、誰かさんが歴史を改竄してくれたおかげで、神も下手に処罰を出来なくなってしまった。
「私の弟の魂とは、つまりあなたの魂のことなんですよ」
「へ?俺が?つまりは生まれ変わり?」
「厳密に言うと違いますが、まぁそんな理解でいいでしょう。化け物を倒したという偉業を持つ魂を、誰が裁くことが出来ましょうか。結局あなたの魂は処罰を免れ、私の幽閉も解かれたというわけです」
「……まさか俺と卑弥呼が前世から繋がりがあったなんてな」
「わたしも指摘を受けて初めて知りましたよ。でも、あなたが現世で幼女を助けた姿を見たとき、少し胸が高鳴ったのです。あんな気持ちは初めてでした」
「その薄い胸板が疼くの――卑弥呼パンチ!!
「ぎゃふん!!」
「そうです!その嫌らしい顔を殴ってやりたいと、私の気持ちは高鳴ったのですよ!」
おしまい。
おしまい。
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