第29話 終わりの始まり

 卑弥呼の予言は正しかったことが証明された。

 物見の兵からおびただしい数の武装した兵が進行してきていると告げられ、瞬く間に倭の国は蹂躙されていく。


「さて、すっかり包囲されてしまいましたね。ここは潔く投了すべきでしょうか」


 まだ、今から逃げ出せば、卑弥呼の命は助かるかもしれない。なのに卑弥呼は一歩も動こうとしない。俺なんて怖くて怖くて足が震えてるってのに、幼女のくせして今も逃げ出そうとしない。


「さあ、逃げるなら今のうちですよ。この屋敷も攻めいられるのは時間の問題ですから」


「馬鹿言うなよ。幼女を置いて逃げ出せるもんか。俺は紳士なんだからな」


「変態という名の紳士ですか」


「はは。言うじゃねぇか」



 グオォォォォォ!!



「うおっ! なんだよこの声は」


「あれ、見てください。外に何かが」


 逃げ惑う人々の悲鳴を引き裂くように、突如として災悪は舞い降りた。耳をつんざくような叫び声を国中に轟かせ、それまで敵味方入り乱れて争っていた兵達は、目の前の悪夢に叫び出す者、腰を抜かすもの、気が触れる者、様々な反応を見せる。



「おい……卑弥呼……確認なんだが、倭の国はあんなペット飼ってるのか?」


 うねうねと八つの首を蠢かしている化物――


「ば、馬鹿なこと言わないでください。あれは、固く封印されてる化物――ヤマタノオロチですよ!」


「なんで、まさか……」


「お、おい、どうしたんだよ!」


 ヤマタノオロチを目にした卑弥呼は、何かを思い出したのか、突如走り出した。すかさず後を追うと、俺も立ち入ったことのない宝物庫の扉を勢いよく開いて、中を確かめる。


「な、ない……なくなってる」


「どうしたんだよ」


「遥か昔、この地を襲った化物を封じた宝具がなくなってるのです……誰も立ち入ることなんてできないのに」


「そういや……弟の姿がさっきから見えないな」


「そんな、弟を疑ってるのですか? 信じられないです!」


「でもよ、姿を見せない弟と、無くなった宝具に、突如現れた化物。疑うのも無理ないだろ」


「……く、とにかく! あの化物を何とかしないと!」


 今にも化物に向かって駆け出していきそうな卑弥呼の手首を、掴んで引き留める。


「こんなときになんですか! は、まさか……死を目前に生存本能が私を求めてるというのですか? やめてください! 私を薄い本のように襲わないでください! キャー犯されるー!!」


「違うわボケ。俺に考えがある。今から俺が言うものをあるだけかき集めてくれ。いいか、今すぐにだ」


 たしか、伝承通りならアレがうまくいくはず――卑弥呼に必要なものを伝えると、俺は怪物の元へと向かった。



「うわあああぁぁぁ!」

「逃げろォォォォォ!」



 わかっちゃいたが、住民達は突然姿を現した化け物の姿に、パニックに陥っていた。

 ヤマタノオロチは足元を逃げ惑う人間を、蟻をつまむようにひょいぱくひょいぱく食べている。

 見てないで助けてやれって?

 あいにく俺にそんなチートな能力なんて備わってないし、求められても困るってもんだ。

 しかし、このままだと国が滅んでしまいそうな勢いだった。


「おい! そこのヘビモドキ! こっち見ろ!」


(ギロッ)


「ヒェ」


 つい煽るようなことを言ってしまったが、ヘイトはこちらに向いたようで、その間に住民らは逃げ去っていった。

 頼むから早く準備してくれよ。


「オラ、こっちに来いよ! 木偶の坊が!」


「ギシャァァァァ!」


 あー手当てなんかじゃ割りが合わねぇぞ。帰ったら覚えてろ。アマテラス。



「はあ、はあ、はあ」


 ろくに運動もしてこなかったから、私の心臓は破裂しそうだった。

 あの男の言う通り、ありったけの酒を村の外れに集めていたが、これで本当にあの化物は倒せるのだろうか――


「姉上」


 最後の酒樽を積み終えると、背後からよく知ってる声が聞こえた。


「こんな酒樽を運んできてどうされたのですか? まさか、これから祭りでもやるおつもりですか」


「さあ。あの男に言われた通りに運んできただけよ」


「……また、あの男ですか。姉上は口を開けばあの男のことばかりだ。私という者がいながら」


「こんなときに何を子供じみたことを……それよりあの化物。あなたが甦らせたのでしょう?」


「ええ。でないと、この国は他国に取り込まれてしまいますからね。あの化物を使役さえすれば、追い払うどころか攻めこむこともできます。ただ、それにはが必要ですが」


「生贄って……まさか民の命を? 何を考えてるんですかあなたは!」


「姉上こそ目を覚ましてくだされ。この国の王が、情などというものに流されないでください。今すべきことを考えるのが、姉上の仕事ですぞ」


 なぜじゃ、なぜこんな人の命を軽んじるような選択を弟は選んだのじゃ。


「……もういいです。姉上はどうか逃げてください」


 そういうと、暴れまわっている化け物に向かい歩き始めた。すると、弟に呼応するように化物はこちらに進行方向を変える。


「ヤマタノオロチ! この我が身をもって敵を滅ぼせ!」


「な、何を考えてるんですか……まさか、最初から自らも犠牲になることを」


「でないと、制御できないようなので」


 その間にも化物はこちらにやって来る。終わりがすぐそこまで――




「あー! アイツどこに向かう気だよチクショー!」


 せっかくヘイトを集めておびき寄せていたってのに、ヤマタノオロチはナニかに引き寄せられるように方向転換をした。

 あっちは……卑弥呼がいるほうでは。


「くそっ、こんなことなら煙草なんてやめときゃよかったな」


 息も切れ切れに、そんな言ってみたかった台詞を叫んでみたが、煙草なんて吸ったこともない。


 待ってろ。お前は助けてやるからな。

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