41【彼誰】一


 刀子の話によると。


 刀子とさわらが東山界隈の寺社仏閣を観光し、美味しい甘味に舌鼓を打ち、逢魔が刻の古都を満喫して旅館に戻ると、そこには苦笑いを浮かべ頭を抱えるヨズミと鬼壱がいた。

 手作り御朱印帳に増えた御朱印を披露しながら「なにかありましたか!」と刀子が問えば、ヨズミは仰け反って大笑いしながら詳細を聞かせてくれた。


 なんでも、根岸と一緒に外に食事に出た虎之助から「阿釜先輩がいなくなりました」と連絡が入ったらしい。


 ヨズミは根岸を連れて一度旅館に戻るよう虎之助に告げたが、意固地な後輩は頑として応じなかった。


「索敵してください。俺は掴めなくてヨズミ先輩なら、阿釜先輩の気配追えるんじゃないですか」

「勿論、キミの連絡を受けて真っ先にやったよ。掴んでいたら教えるさ。言ったろう、この辺りは索敵が通らない場所が沢山ある。所謂いわゆる、結界の張られた地帯だ。鬼壱クン曰く、無理に結界を破ろうとすれば、お偉い方々と揉めるのは必至だそうだ。弐朗クンがそこに迷い込んでいるなら索敵では見付けられない。結界地帯はキミの周囲だけでも二十はある。全部当たるかい?」

「じゃあ近くの目立つ気配教えてください。それなら数も限られてますよね」

「それが無駄足だったらどうする。無関係の血刀使いなら? まさか誰彼構わず締め上げて回る気じゃないだろうな。許可できない」

「締め上げたりなんかしませんよ。斬ります。先輩が索敵しないなら根岸にやらせます。阿釜先輩ー…、もし存在するなら、先輩を攫った犯人も、まだ近くにいるかもしれないんで」


 そんなやりとりを最後に虎之助は通話を切り、自分よりは精度の高い索敵を行う根岸に索敵させ、掴んだ気配に片っ端から接触し始めた。


 隠密しない虎之助が五条界隈の血刀使いに次々接触して回るのを追い掛けながら、ヨズミと鬼壱は頭を抱えていたのだ。


「切って回ってるんですかね、端塚」

「まさか。彼だってよほど確信がなければ無関係な使い手を切ったりなんかしないさ。ただ、まあ、怪しいと判断したなら、うん。危ないかもしれないが。……うん。うーん……! あの辺りに喧嘩っ早い使い手、いたりするかい」

「茶屋のお母さんと芸妓さんにおっかない人がいますけど、この時間なら本業のほうが忙しいでしょうから表には出てないですね。男衆おとこしさんにも手練れがいます。あ、また新手と接触してる。今日まで正体掴ませなかった根岸と違って、端塚は正々堂々正面から喧嘩売ってるんでしょうねえ。ははは」

「西に移動してるな。根岸クンの誘導か? あっちは鴨川か。あの辺りは?」

「……まずいですね。五条橋の向こうはちょっと、あ、これ行きますね? 「楽園らくえん」界隈は荒っぽい人が多くて……。……あー」

「何かいるな」

「いますねえ。こりゃ駄目だな。ちょっと、俺、お山に話通しに行ってきていいですか」

「電話じゃ駄目なのかい?」

「電話に出るような方々じゃないんで……。携帯も固定も持ってない方も多いですし。端塚たちとの接触は避けられないとして、ことが大きくならないよう、釘差しとかないと」

「楽園とやらに直に仲裁に行くのは悪手かな? 行っていいなら行くんだが」

「真轟さんが? 真轟さんがぁ? ……やめといたほうがいいですよ。余計拗れます。染殿そめどのの方よろしく一目惚れなんかされたら堪ったもんじゃない。行くなら、こっちの話がまとまってからにしてもらえたらー…。楽園にいるの、多分、高雄たかおさんとこのだと思うんですよね。そっちは御大にお願いして、俺は阿弥陀ヶ峰あみだがみねにきてるほう対処してきます……。早速野次馬にくるとか、十中八九薬師坊やくしぼうでしょ。面識あるんで大丈夫です」

「嗚呼、東に現れたのもお山の方か。悪いね。じゃあ、話がまとまったら連絡してくれ。ついでに、弐朗クンが彼らのお仲間にお世話になっていないかも確認してもらえると嬉しい」

「ありえる。神隠しはあの方たちの十八番おはこですしね。聞いときます。さわぁ、お前はここで真轟さんに指示貰え。真轟さん、使えそうならさわらも使ってください。留守番ぐらいならできますよ」


 鬼壱は正座で畏まるさわらを眺め、若干の間をおいて「多分」と付け足すと、なんとも言えない曖昧な表情を浮かべて部屋を出た。

 そうして単身、御大に連絡を入れながら大仏旅館から歩いて行ける阿弥陀ヶ峰に出掛けて行き、ヨズミはその間に刀子とさわらの三人で部屋に運ばれた食事をとり、情報を共有すると共に役割を分担した。


「私は今から入浴を済ませ、仮眠をとる。何時になるかはわからないが、鬼壱クンから連絡がきたら、トラクンと根岸クンを迎えに行ってくるよ。残念ながら暴れてるね、これは。トラクンは冷静でも暴れるからな……人死にが出ないことを祈ろう。弐朗クン探しはその後だ。闇雲に歩き回って余計な問題トラブルを増やしたくない。トラクンたちを回収後、行けそうなら帰りに弐朗クンが消えた路地とやらを確認してくる。キミたちはここで叫鬼本体を保護しつつ、弐朗クンの帰りと連絡を待ってくれ。案外ひょっこり帰ってくるかもしれないしね。万が一、根岸クンが単体で戻った場合は部屋に入れなくて良い。私がお風呂に入っている間に誰かきたら対応を頼むよ」


 結局、鬼壱からの連絡は二十三時を回った。


 それによれば、鴨川の向こう側にあった気配は鬼壱が危惧した通り山に棲むものであり、喧嘩を吹っ掛けた虎之助は見事に返り討ちに遭っていた。

 どうやら木っ端ではなく、大物が遊んでいたらしい。

 鬼壱が早々に手を打ったことで新たな勢力が騒ぎに便乗することもなく、御大の根回しの甲斐あってか、虎之助と根岸はぼこぼこにされただけで済んだようだ。二人は高瀬川に面した料亭で身柄を確保されているという。


 ヨズミは仮眠を切り上げて制服に着替え、日付が変わるまで弐朗からの連絡を待った後、刀子とさわらに「眠くなったら交代で寝るように」と留守を託して旅館を出た。


 それから三時間後。


 虎之助を迎えに行ったヨズミから「根岸クンが逃げた。貴重品と叫鬼を取り返しに旅館に戻る可能性がある、注意してくれ。根岸クンの所為でこっちは抜け出すのに時間がかかりそうだ。戻るのは明け方になる」という連絡が入り、刀子はさわらと交代で仮眠をとりながら待機していた、と。


 そして今、午前四時。


 さわらは鬼壱に呼び出され。

 旅館には刀子だけが残っている。

 そこに北沢を連れ込んでいいものかどうか。


 刀子は弐朗が連絡を入れる直前まで眠っていたらしく、弐朗からの着信音がアラーム代わりになったらしい。

 就寝時も常に目が開いている幼馴染は、横になっていても起きているのか寝ているのか死んでいるのかわからないところがある。


「ヨズミ先輩が根岸に出し抜かれるとか……何でぇ!? 抜け出すのに時間かかるってなんだ、ヤバいのか。加勢に行くべき? えっと、どこにいるんだっけ、トラと先輩」

『えっとね、初日にばすで移動してるときに、弁慶と牛若の像みたよね。あのちかく。きいちさんは「らくえん」っていってたから、きっと五条楽園ですね!』

「ゴジョーラクエン? 何それ遊園地? 行けばわかる? 北沢さん知ってるスか?」

「……制服で乗り込むようなとこじゃねえよ。祇園や先斗町ぽんとちょうみてえな観光地でもねえし。ヤバそうな連中が気配も隠さずうろうろしてるから、俺もまともに近寄ったことねえ。見えてる地雷みたいなもんだ」

「俺の後輩、見えてる地雷を踏んでくとこあるんで……。じゃあ、そこに行くにしろ、旅館に帰るにしろ、いっぺんヨズミ先輩に連絡したほうがいいかな!? 連絡しても大丈夫そうな感じだった?」

『えっとね、たのしそうなごようすでした! こんこんちきしてた! おでんわしてもだいじょうぶだとおもう。きいちさんとおんたいさんが、おはなしとおしてくれてるから、そんなにたいへんではないはずです』

「??? 愉しそう……!? と、とりあえず連絡してみるわ。トーコは根岸きても部屋入れんなよ! 戸締まりしとけよ!」

『りょ! じろくんは! もっと! じぶんの心配して! かえったらちゃんと説明して!』

「ごめんなさい反省してますすいません! おう、帰ったら説明する! また後でな!」

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