39【北沢】二
「元々、どこの奴らとも反りが合わなかったんだよ。縄張りだのなんだの言われんのもいい加減うんざりしてたし。ただ、狂い狩りだけは続けてた。野放しにしとくと後が面倒クセエし、狩るのだけは得意だったからな。索敵で引っ掛った奴は片っ端から始末してた。死骸の処理? 嗚呼、狩りの後始末は話の通じる葬儀屋に任せりゃなんとかな。いるんだよ、交換条件で事後処理してくれる変わった奴が」
「憑物筋のガキの集団とは冬から揉めてたんだが、春先ー…やり合ってた時に、抜刀に失敗して、大分暴れちまったんだよな。あるだろ、抜刀しすぎで理性吹っ飛ぶ時。そっからだ。狂い掛けてるってことで、あちこちから狙われるようになっちまった。喧嘩吹っ掛けて来る奴ら端から相手してたら、その内、納刀も抜刀もできないぐらい痛み始めてよ。最初は切っ先だけだったのがどんどん出てきて、今じゃこれだ。これは俺の血刀の穂先。「
「この手の症状、
「伝手の人が言うには、手っ取り早く人間辞めるか、修行の道に入るか、血刀根こそぎ抜き取って一からやり直すかって話でよ。修行先もめちゃくちゃあんだよ。寺とか神社とか山とか川とか。治るなら多少の荒事は覚悟してたんだが、出家しろとか
弐朗が左手を
弐朗は相槌を打ちつつ、北沢の顔左半分を覆う包帯とガーゼも取り替えた。
北沢のこめかみや額には摘まめるほど血管が浮き上がり、所々破れて血が滲み出している。皮下でも毛細血管が破れているのだろう、手の甲同様、青黒く斑らになっていた。
「北沢さん、身体の左半分の血管破れやすくなってんスかね。全部抜刀しきる前に血刀が硬質化したのとなんか関係あんのかな。うちの血筋の血刀、造血効果とか治癒効果あるんスけど、血流良くすると余計に出血しそうだしなあ……。でもその、納刀不全さえなんとかできれば、全然狂いじゃないッスよ。マジ全然まともッス。春からなら、もう半年は持ち堪えてるってことスよね。シンプルにすげえ……! それにいい伝手持ってんスねえ。その人、東京では助けてくんなかったんスか」
「そういやお前の親父にボコられた時も、結構すぐ怪我治ったな。笑いながらメチャクチャ刺してくるから頭イカ、……やばいオッサンなのかと思ったら、あれ、そういうことだったのか……。あー、いや。伝手は人間じゃねえから、頼るにも限度があって」
「人間じゃない」
「人間じゃねえんだよ。前にクソガキ集団に追いかけ回されてた狐、助けてやったことがあってよ。その狐の伝手。紹介されたのは伏見の稲荷神社。だから賽銭泥棒はちょっとな」
「あ、そこ今日行ったばっかッス! 地頭さんて人が偉いんスよね!」
「あ? 嗚呼、そう。俺が世話になってんのもその人だ。落ち着くまで山にいていいとも言われたんだが、迷惑掛けるから長居できなくてな……」
弐朗は汚れた包帯とガーゼをビニール袋に入れつつ、やべえ、ガチで狐に恩返しされてる人初めて見た、と妙な感動を覚えていた。
見た目と口調からはぶっきらぼうで粗暴な印象を受けるが、狂い狩りに熱心で、狂い掛けても持ち堪える胆力があり、義理堅く、厄介な後輩に好かれ、狐に恩返しされている。
雨の中、捨て犬を拾って帰る不良タイプだ。
正直嫌いではない。
寧ろ、兄貴と呼んで慕いたい部類の人種だと弐朗は実に悔しく思う。
根岸の知り合い、関係者、という肩書きさえなければ全力で支援したい。
だが、どれだけ北沢個人の好感度が高かろうと「でも根岸の知り合いなんだよな」という一点で、弐朗は一線を引いてしまう。
弐朗が使用済みの包帯類を片付け終えたタイミングで、北沢は「ほらよ」と弐朗の手にスマホを渡してくる。
弐朗はこの瞬間までスマホが手元に無いことを忘れていた。鞄を返されたことで完全に安心していたのだ。
「仲間呼ばれると面倒だから預かってたが、そろそろ行くから返す。借りた金はー…、次があればその時に返すわ。その時持ち合わせがあれば、だけどな」
「いや、金はまあ、余裕ある時でいんスけど。も、もう行くって、ちょっと待っ……」
弐朗はスマホをタップし、そこに表示される時刻を見て思わず言葉を失った。
三時五十七分。
午前、三時、五十七分?
刀子オリジナルの謎オブジェが待ち受ける、ロック画面。
そこにびっしり、アプリの通知と着信履歴が並んでいる。
刀子とヨズミからの着信、メッセージは勿論のこと、滅多に掛けてくることのない虎之助からも鬼のように着信が入っている。
それも全て数時間前のものであり、今は充電を僅かに残し沈黙している。
「き、北沢さん、今時間って」
「俺、スマホも時計も持ってねえんだよ。お前のスマホに時間出てんだろ」
「朝の四時なんスけど」
「そんぐらいかもな。お前、だいぶ気ィ失ってたから」
「なんで早く教えてくれないンスか! め、めっちゃ着信が」
「嗚呼、数時間前までガンガン鳴ってたぞ」
「出て説明してくれても良かったのに!」
「お前昏倒させた俺が通話に出て何説明すんだよ……」
路地から立ち去ろうとしたのが十八時ぐらい。
意識を取り戻したのが一時間前だったとしてー…九時間近く気絶していたことになるのか。
精々一時間足らずの昏倒だと思っていた。
北沢に呆れられながら弐朗はスマホのロックを外し、未読になっているメッセージを古いものから確認する。
刀子からは『じろくんどこにいるの?』『げんきですかー!』『いきてますかー!』『よずみせんぱいもしんぱいしてます』『とらくんはげきおこです』『じゅうでんきれちゃったかな?』『まいごなのかな?』『じ』『ろ』『く』『ん』『を』『さ』『が』『せ』と数分刻みのメッセージが届いており、虎之助からは『電話出てください』のメッセージの他は、着信が繰り返し残っている。
一番新しいものは四時間前、日付が変わるタイミングで届いたヨズミからのメッセージであり、それに目を通した弐朗は全身から血の気が引くのを感じた。
『連絡手段を失ったか、もしくは、連絡できない状況にあると判断した。もう待てない。これ以降、こちらからは連絡しない。もし連絡可能になったら、刀子クンのスマホに連絡を入れてくれ。無事を祈る』
もう待てない。
この六文字が、ヨズミの業を煮やした様子をありありと伝えてくる。
自分がいなくなったことに気付いた虎之助がヨズミに状況を報告したのは間違いないが、その後は一体どうなったのか。
待てない、ということは、何らかの行動に出ているだろうことは想像に易い。
問題は、どういう行動に出ているか、だ。
スマホを握り締めて狼狽える弐朗に、北沢は「なんか悪かったな」とバツの悪そうな顔で謝罪し、ゴミの入ったビニール袋を手に階段から下りる。
そしてそのまま歩き去ろうとする後姿に、弐朗はその場で立ち上がり、思わず呼び止めてしまうのだ。
それは、深く考える前に出た、咄嗟の言葉だった。
「北沢さん! 俺ンとこ来ませんか!?」
振り返った北沢は、暗闇でもわかるほど怪訝な顔をしていた。
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