34【根岸】二

 根岸は弐朗の質問に滞ることなく流暢りゅうちょうに答えてくる。


 時折適当に端折はしょられはするものの、語る内容に目立った齟齬そごはなく態度も至って普通、それどころか太々しさすら感じる。

 根岸が旅館で言った「聞きたいこと」とは、血刀使いを取り巻く事情であり、弐朗は自分たちの素性は適当にぼかしたまま、当たり障りなく掻い摘んで説明した。


 血刀は遺伝する。狂いは血刀使いの気が触れた成れの果て。狂った使い手の殆どは人間性を保てず、中には姿が崩れて異形化する者もいる。身内で片を付けられればそれが一番いいが、無理な場合は近隣の使い手、もしくは狩りを生業なりわいにする使い手に依頼する。一般人に血刀の存在が露見すると大ごとになるため、使い手であることを隠して生きている手合いが多い。故に血刀使いの存在を暴き立てるような真似は嫌がられ、騒ぎを起こす人間は関係者であろうがなかろうが厳しい処分を受ける。そういった基本的な教育は、たいてい幼い内に身内が叩き込む。


 根岸は大して驚いた様子もなく、なるほど、と弐朗の話をすんなり飲み込んだ。


 定食を頼んだ弐朗と虎之助とは違い、根岸は自分の食べたいものだけ単品で注文し、時間を掛けてゆっくり食べ続けている。

 好き嫌いが多いのか、ただの気分か、頼んだものですら具材をって残すマナーの悪さに弐朗は辟易へきえきとした。

 「残すんなら寄越せ」と空になった皿を突き出せば、根岸は「人の食べ掛けとか食べれるタイプなんだ」と困惑気味の表情を返し、弐朗はそれにまたカチンとくるのだ。


 弐朗は甘過ぎる粟ぜんざいを木のスプーンで掬いながら苦い顔をする。

 根岸の言葉をどこまで信用していいものか、判断がつかない。


 無自覚の血刀使いで。

 居なくなった先輩を探すため、東京から京都に引っ越してきて。

 得体の知れない物売りの助言で、愛知にあった十九を借りて。

 妖怪騒ぎを起こすことで、目立って先輩を誘い出そうとしてる。


 どう考えても怪しい。絶対嘘だ。全部が全部嘘じゃないとしても、半分ぐらいは嘘な気がする。


 こんな時ヨズミや鬼壱が居れば心眼でさっくりと嘘を暴いてくれるのだろうが、生憎あいにく弐朗と虎之助はそんな便利な技能は持ち合わせていない。


 この話を聞いて虎之助はどう思い、何を考えているのか。

 おかわりを注ぎに行った虎之助が空の茶碗を手に戻ってくる。

 弐朗が「もういいのか?」と問い掛ければ、虎之助は渋面で席に座りながら「炊飯器、空でした」と不機嫌に零し、弐朗が食べている粟ぜんざいを見て「なんですかそれ」と興味を示してくる。しかし弐朗が一口分けてやろうとすると普通に断ってくるのだ。何かにつけて刀子と折半せっぱんする習慣のある弐朗としては、何が嫌なのかよくわからない。


「トラはさァ、根岸の話聞いてどう思う? 使い手襲ってた理由は、人探しでやってたっつぅけどさァ」


 話を振られた虎之助は正面の弐朗と根岸に顔を向け、「まあ、」と興味の無さそうな声で言う。粟ぜんざいに示した興味の半分にも満たない。


「大した理由じゃなくて肩透かし食らった気分ですけど、いいんじゃないですか。こいつにとってはそれなりに意味のある行為なんでしょう。ヨズミ先輩には根岸から聞いたままを報告して、後は六目さんたちに引き渡して終了。それ以外に何があるんですか」

「え。お前信じるの。こいつの言ったこと。大した理由って? お前、どんな理由想像してたんだよ」

「別に信じるわけじゃないですけど……。妖怪退治、国家転覆、義憤に駆られた世直しとかだと狙ってるものもでかくて面倒臭いじゃないですか。そもそも理由なんかどうでもいいというか。やった事実さえ確認できれば、どんな理由乗せてこようが同じですよ。京都で十九使って使い手襲ってたのは根岸。それが事実。それにどうけじめ付けるかは、京都の人たち次第でしょう」

「ちょっとぉ。どうでもいいとかさすがに傷付くんだけど。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地とかないわけ。同情とかさ、仕方ないなって思ったりとか」


 根岸の言い草で弐朗の中にあった僅かな余地も吹き飛んだが、虎之助はそもそも微塵も余地を持っていなかったらしく、熱いお茶を飲みながら「ない」と一言で切り捨てる。

 そういえば虎之助は「切った狂いに恨まれようが呪われようが気にしない」と平然と言い切っていた。自分のやったことに対して責任を取ることはないが、やり返される覚悟は常に出来ていると言うことだろう。


 弐朗は全員分の空になった皿をテーブルの端にまとめ、根岸の処遇を考える。

 根岸が言わなかっただけで余罪は他にも色々あるだろう。何をどうやったのかはわからないが、持ち主が居る十九を手に、先代が出禁になるほど厳しい京都に入り込むような輩だ。他に何をやらかしているのか想像もつかない。

 ただ、それを追究するのは、虎之助の言う通り自分たちではない。ここから先は鬼壱たちに任せるべきだ。


 虎之助が「余計なことに首突っ込むなよ」と睨み付けてくるのを、弐朗は「わかってるわかってる」と片手を上げて制しつつ、隣りで頬杖をついている根岸に振り返って言う。


「理由はどうあれ、自分のケツは自分で拭くしかねえってことだな。俺ら、明日には地元帰るし。あとのことはキーチさんたちに任すから、お前も情に訴えたいんならキーチさんにやれよ」


 弐朗の脳内には鬼壱の斜め後ろで控えるさわらの姿も浮かんでいたが、あの切り捨て御免な野武士には話すだけ無駄だなとさすがにわかる。鬼壱に陳腐な泣き落としが効くとは思えないが、さわらよりは話ができるはずだと思いたい。


 根岸は「やるだけ無駄っぽいけど、頑張りまァす」と気の乗らない様子で答え、それ以上何を言うでもなく、少し間があいた。


 弐朗はテーブルの端に置かれた伝票を裏返し、持ってきた広告からクーポンを切り取りながら「そろそろ行くか」と二人に声を掛ける。

 その言葉を合図に虎之助が「便所行ってきます」と席を立てば、根岸も「俺も行きたい」と手を上げる。二人につられた弐朗もついでに用を足すことにし、虎之助と交代で根岸を見張りながら手洗いを済ませた。


 三時間近く居座ったおばんざいの店で会計を済ませて外に出れば、辺りはすっかり赤く染まっていた。

 十七時前ともなればまさに黄昏時たそがれどき。影は深く長く伸び、緩く続く坂の下、遠くに見える山際から僅かに太陽が覗いている。


 さて旅館はどっちだっけかなと周囲を見回す弐朗に、根岸が「あのさぁ」と声を掛けてくる。


「使い手が狂うって言うなら、血刀抜かないただの血筋の人間は狂わない? それが始まったら、どれぐらいで狂っちゃうもの?」


 弐朗は橙に染まった根岸の顔を見上げる。

 そこに不安の色はないが、いきなり「血刀は遺伝する」「お前も血筋」と言われたのだ。自分にも発狂のリスクがあるのか気にするのはおかしなことではない。


「安心しろよ。血刀発現させてない奴は殆ど狂わないらしいし、発現させてても、抜刀あんましないなら成る確率は低いってさ。人によるっぽいけど。症状出始めてすぐ成る奴も居れば、一ヶ月ぐらい粘る奴も居るらしいけどー…」

 だよな、と弐朗が視線をやれば、それを受けた虎之助が無愛想に補足してくる。

「保って一ヶ月、でしょうね。衝動を抑えられなくなるんだとか。精神が完全に参ってから、中身に合わせてガワが崩れ始める。狂い方も遺伝するらしいですよ」


 それで納得したのかどうか。

 根岸は「へえ」と薄い返事を返した後、坂の下、完全に日が沈み切った西北の方角を指差しつつ言う。


「それはそれとしてー…あっちになんかいるっぽいんだけど。その狂いってやつかも。見に行ってみません?」


 弐朗は瞬時に根岸の罠を疑った。

 そして「そんなわけあるか」と索敵を行い、思わず言葉に詰まるのだ。


 確かに何か居る。

 不安定で、落ち着きのない気配。

 言われてみれば狂いのようにも思える。


 勢いを付けて虎之助に振り返るが虎之助は慌てる様子もなく、狼狽える弐朗を見下ろしながら「ヨズミ先輩に連絡」と顎で指図してくる。

 弐朗は「お前自分では連絡入れないよな」と理不尽に思いはしたものの、虎之助のブレない冷静さに素直に感心しながらヨズミに連絡を入れた。

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