33【根岸】一


 「そんなわけで、俺、人探してるだけなんだよね。だから言ったじゃないですかぁ、ジロセンパイたちに用があったわけじゃない、って」


 根岸は「長話になる」の宣言通り、饒舌じょうぜつに語った。


 弐朗がおばんざい定食を完食し、虎之助が何杯目になるかわからないご飯のおかわりをよそって尚、根岸は途切れることなく寝言のようにむにゃむにゃとしゃべり続け、気付いた時には二時間が経過していた。


 生い立ちから、家族構成、友人関係、趣味、好きな食べ物、父親の仕事の都合で日本全国あちこち移住した話、京都に引っ越す直前までいた東京での諸々を経て、漸く語られた「目的」。


 根岸があまりに長々と話し続けるため、弐朗は途中でスマホを弄り、山中に置いてきた唐丸の安否を確認していた。

 唐丸は弐朗たちに置いて行かれた後、他の参拝者同様、迷子になっていたらしい。

 「ありのまま今起こったことを話すぜ!」「山を登っていたと思ったらいつの間にか下りていた」「頭イカれる」「帽子の開拓民、見とったら反応くれ」「JKとおしゃべりした」「JKすごい」と、混乱しながらもしっかりドリムクで呟いていた。

 とりあえず無事ではあるらしい。

 弐朗は今は唐丸のドリに反応せず、そのまま放置を決め込んだ。


 そうしてスマホを置くと、デザートに粟ぜんざいを追加注文しつつ、弐朗は忙しなく瞬きを繰り返す。


「は? ……は? あ? お前の話、登場人物多過ぎて。誰がなんだって? え。なんでお前の人探しの話になってんの。お前、人探すのに、妖刀で辻斬りして回んの?」


 弐朗は四人席で隣座る根岸へ顔を向け、疑問顔で問い返す。

 向かいに一人で座っている虎之助は会話に混ざることなく、白米に漬物を乗せて無言で食べ続けている。


「なんで、って。ジロセンパイが聞きたがったんじゃないですかぁ。探してるのはセンパイ、北沢きたざわセンパイ。うちの隣のボロアパートに住んでた人。二個上、高校三年生の北沢きたざわ鉄平てっぺいセンパイ。だからぁ、センパイ、揉め事の気配とかに敏感で。今になって思えば、なんだっけ、さっきジロセンパイが言ってた……狂い? だっけ。多分それ狩ってたんだと思うんだよね。だから、無闇矢鱈に探し回るよりは、揉め事起こしてセンパイにこっち見付けてもらったほうが早いかなって思って」

「なんで京都で探すんだよ。東京でやれよ。東京の血刀使いなんだろ、その人」

「ジロセンパイ、俺の話聞いてましたぁ? スマホ触ってるから聞き逃すんじゃん? 北沢センパイ、六月にはもう東京からいなくなっちゃったんだってば。俺はその時はよくわかんなかったんだけど、センパイ、大学生とか他校の奴らと色々揉めてたみたいで。東京、なんか覆面のヤバそうな連中もいるし、小学生もさあ、加減知らないっていうか。どっちかというと小学生がヤバかったかな。俺は直接何かされたわけじゃないけど、北沢センパイめっちゃ嫌がらせされてて。春には自宅も特定されちゃったぽくて、おちおち寝てられないとか、引っ越ししようにも金が無いとか言って怒ってたからさあ」

「なんでそんな荒れてんだよ、東京。小学生が高校生の家特定して嫌がらせしてくるって怖ェんだけど。俺らが小学生の頃の高校生なんか、デカいしヤバいし手も足も出なかった記憶が……。その先輩、単に都内のどっか別の部屋に引っ越しただけなんじゃねえの。生活圏そうそう変えらんねえだろ。つか、なんでお前はその騒動に巻き込まれてないわけ」

「だって俺、血刀使い? とか? よくわかんないし。巻き込まれるも何も、部外者扱いっていうか。どっからどう見ても普通の男子高校生でしょ」

「そうだよ、そこ。それな。結局お前は使い手なのかそうじゃないのかどっちなんだ、はっきりしろ」

「そんなこと言われても、わかんないものはわかんないんだって。血刀、って。ジロセンパイが山頂で俺に刺したやつでしょ。トラのは黒い日本刀みたいなやつで。俺、そんなの出したことないからなあ。ヨズミセンパイたちが暗示だとか偽装だとか言ってたけど、なんかさあ、普通にけん玉してたら聞いたことない技名言われて、何それそんな名前ついてんの? って戸惑うみたいな」

「なに、お前、無自覚で気配偽装してんの……? 索敵もやってんだろ? じゃないと血刀使いだけ襲うとかできるはずねえもんなァ? 技能が何かも知らないで使うとか、できんの、そんなこと」


 どうなの、と弐朗は正面の虎之助に視線を送るが、虎之助はチラリと弐朗と根岸を見ただけで何も言わず、無言でおかわりのご飯をよそいに立ってしまう。

 ずっと食べ続けているおかげか、虎之助の顔の火傷は大分目立たなくなってきている。この調子でいけば、あの業務用炊飯器を空にする頃にはすっかり治っているだろう。


「索敵かどうかはわかんないけど、あれ、何かいるなっていうのは小さい頃からなんとなくわかったっていうか。俺、自分のこと霊感少年だと思ってたんだよね。憑かれてる人がわかっちゃう、みたいな?」

「レイカン……。霊感? 俺、幽霊とかは見たことないですけど? じゃあお前は自覚のない使い手ってことでいいな。使い手として扱うからな! そんで気配偽装してたから周囲もお前が使い手だってことに気付かなくて、誰も血刀のこと教えてくれなかった、と。お前の両親のどっちかが血筋なんだろなぁ。で。……で? なんでそこから、十九手にして辻斬りになるんだよッ……!? なんで東京から一気に京都に飛ぶ!? 全然わかんねえんですけど!」

「まあそこは色々あって」

「その色々を説明しろっつってんだよ」

「説明してもジロセンパイ聞いてないじゃん。えー…っと、さっきも話したけど、東京にちょっと素性のわかんない変な物売りの人がいてさあ。大学、図書館、史料館、病院、薬屋、葬儀屋、雑貨屋って、とにかく色んなところに出入りしてるんだけど。その人が教えてくれたんだよね。人を探す方法と、一介の高校生でも手っ取り早く強くなれる方法。人探しのほうが羅針盤で、手っ取り早く強くなれる方法が、妖刀を手に入れること。羅針盤は紙製で使い捨て、三回使えて三万円。妖刀は一振り二百五十万円。物好きな大学教授には三百万円で売ったって。流石にポンとそんな大金出せないから、他に安いのないですかって聞いたら「自分で手に入れるのが一番安い。東京から近いとこなら茨城、新潟、愛知、滋賀。全部とびきり強いけど、当然持ち主がいるから借りるか盗むかになる」って話で。ちなみにこの情報は千円。どうせ無理だろうから格安にしてくれたんだってさ。で、とりあえず茨城と愛知見に行って、結局愛知で借りることにして」

「なんなんだその怪しい物売り! 東京そんなのウロウロしてんの!? 借りたってお前。本気で? 十九の叫鬼、借りてきてんの? 借りれんの!?」

「その十九ってのもよくわかんないんですけど。俺の持ってる赤い刀、旅館にいた幼女としゃべる猫の仲間なんですよね。えー…っと、キョウキと、キキ、ドウキ。他にもいっぱい名前出てたなあ……シンキ、トキ、キオウ、だったかな。キーチセンパイとサワチャンセンパイ、やっぱ近付かなくて大正解。キーチセンパイたちってさあ、ちょっと怖いんだよね。容赦ないっていうか、融通きかないっていうか。俺がやってることとか絶対見逃してくれそうにないし」

「俺らなら許すとでも思ってんのかお前? 許さねえんですけど?」

「話は聞いてくれてるじゃん。サワチャンセンパイとか聞く耳持たない系でしょ」

「お前が暗示とか面倒臭ぇことするから、仕方なくお前のペースに乗ってやってんだろ! 愛知の誰から借りたんだよ。その、羅針盤だっけか、それがお前の探してる奴が京都にいるって示してんのか? つまりお前はその何とかってセンパイ見付けるまで、叫鬼使って目立ちまくるつもりだったのか? 寄ってきたのが別人だってわかった時点で撤収すりゃいいだろ、なんでわざわざ攻撃してくるんだよ。昨日の! 胎内めぐりで女子高生切り付けたのと、舞台で鴉に襲わせた件はどう説明するつもりだよ」

「反撃されなきゃ結構早めに撤収してましたぁ。全員襲ってたわけじゃないでぇす。まぁ、揉めてたら北沢センパイ寄ってこないかなって期待してた部分もあったけど。昨日のは、実はさあ……。鰻屋にいた気配、釣ろうとしてて。結局トラだったんだけどさ。センパイ、東京にいた時は居酒屋とか定食屋でバイトしてたからさ。皿洗いとかやってる可能性を考慮しました。だから、騒ぎ起こせばワンチャンあるかなって。出てこなかったけどね、トラ。高い鰻は美味しかったですかぁ? 胎内めぐりのあれは、本当はジロセンパイ狙ってたんだけど、石回さないんだもんなあ。舞台のは俺がってよりは、あの鳥が。光り物好きらしいんだよね。それで時々、普通の鴉使って集めてるっぽくて」

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