31【追究】四
真っ先に事態を把握したのはヨズミだった。
弐朗は信じられないものを見る目で虎之助を見上げ、開いた口が塞がらない。
刀子はそもそも何の話をしていたのか、そこからわからなくなっている。
鬼壱とさわらは弐朗たち三人が何に反応しているのかわからない。
ヨズミは「やってくれるじゃないか」と感心したように呟き、呆然としている弐朗の肩を叩いて言う。
「暗示系の技能だ。目か、言葉か。とにかく根岸クンの目と口を塞げ。今すぐ」
弐朗ははっと我に返ると指示されるまま根岸の目元と口元を抑え、「暗示!?」と狼狽えながらヨズミを見上げる。
ヨズミは膝立ちで座る弐朗の横で腕を組み、虎之助に顔を向けて「改めてもう一度聞くよ、トラクン」とゆっくり話し掛けた。
「彼が、キミの何だって?」
「……は? 何ですか、改まって。尋問相手間違えてませんか」
「いいから。彼、根岸常彦クンは、キミの友人なのかい?」
真っ直ぐ見詰めてくるヨズミの視線をかわすこともなく、虎之助は眉間の皺を深くしながら「だったら何だってんですか」と不機嫌に返す。
そこで漸く鬼壱も「あ、これはやられてんな」と気付き、二年生三人だけがいつまでも状況を飲み込めずにいる。
「トラクン。彼は根岸常彦。キミとは今日初めて出会った、他校の生徒だよ。キミと友人な筈がない。キミのそれは暗示の類いだ」
「……あんたまでそんなこと言うんですか。暗示だとか騙されてるだとか、聞き飽きました。学区が違うんで他校なのは当たり前ですよね。あいつがやらかしたのはよくわかってるんで……あいつから聞くことあるならさっさと聞き出したらいいじゃないですか」
「勿論聞くよ。聞くけども。いや、キミ、本当に根岸クンのこと友人だと思ってるのかい? よりにもよってキミが、そんな掛かり方を?」
「友人じゃないです。時々一緒に仕事するだけです。先輩だってこいつと仕事ぐらいしたことあるでしょ……何を今更」
「なに? 私が?」
「……そういうの……ちょっと陰湿過ぎませんか」
「どうして!? ちょっ、ちょっと待て、そういうことか。ンンッ!!?」
何かに気付いたヨズミは盛大に吹き出し、その勢いのまま大いに咽せた。
虎之助はそれを「なんなんだ」と不愉快そうに見下ろしていたが、ヨズミが壁に手をついていつまでも咽せ笑いしているため見切りをつけ、呆然としている弐朗の脇腹を膝で蹴りながら言うのだ。
「そいつ、強情なんで先輩の拷問じゃ口割らないと思いますよ。やるなら止めませんけど。根岸の自業自得なんで」
「いや、お前、トラお前。さっきの「友達じゃん」で暗示掛けられてんの……? っていうか、コイツ技能使えるってことは、え、使い手なのォ!? ウソだぁ! だって俺、山で索敵したけど、コイツの気配一般人だった!」
弐朗が声を荒げれば、弐朗の手の下で根岸がくぐもった笑い声を上げる。
それについては鬼壱が「「
「気配を一般人に偽装できる連中がいるんですよ。隠密は気配を断つんで、目の前に立ってても気配がまるっと無い状態なんですけど、偽装の場合は一般人の気配を掴まされます」
「あ! とーへーさんといっしょだ!」
「うげえ! 最悪なタイプ!!」
「誰ですかそれ」
「隣町で掃除屋やってる頭おかしい奴ッス。ほら、キーチさんたちがこっちきた時に、ポロの死骸回収してった」
「嗚呼、何か呼ぶとか言ってたアレ……。それにしてもこの半年、俺にも南にも正体掴ませなかったってことは、こいつ四六時中偽装してたってことかぁ……? 入学式からずっと? 何のために」
呆れたとばかりに溜息を吐く鬼壱の横から、「見上げた根性だ」と笑いながらヨズミが戻ってくる。
「透平さんのあれは偽装とはまた違うんだけどね。でも、彼ですら普段は血刀使いの気配を隠していないだろう? 普通、隠密や偽装は必要な時にだけ使うものだ。何でもない時にこそこそしてる人間なんて信用できないからね。隠密状態で近付いてくるような使い手は、やましいことがあると疑われて当然なんだ。ねえ、鬼壱クン」
「ですねえ……。面倒事避けるつもりの隠密でややこしくなることありますからね。誰かさん家に行った時みたいに。ね、真轟さん。まあ、基本は絡まれたく無い時とか、狂いに気取られないよう立ち回る時に使うもんなんで」
「根岸クン、キミはずっと正体を隠して生きてきたっていうのかい。この京都で? そんなことが可能なのかなぁ。御大が把握していない使い手はどれぐらいいるのかな」
「どうですかねえ……。御大、顔が利くのは確かですけど、割と抜けてるところもあるんで」
「あのッ!」
ヨズミと鬼壱がこのまま話を先に進めそうな気配を感じ取った弐朗は、根岸の顔を両手で覆い隠したまま遮るように声を掛ける。
「トラあのままってのはまずいんじゃ。だって今あいつ、こいつのこと友達だと思ってるんスよね? こいつぶん殴って気絶させたら暗示解除とか出来ないスか!」
弐朗は必死に訴える。
それを、根岸が乗るテーブル、その脇腹あたりに座り込んだ虎之助が「だから友達だなんて言ってないですから」と嫌そうに否定し、吐き捨てるように重ねるのだ。
「俺が暗示に掛かってようが掛かってなかろうが、拷問の邪魔してるわけじゃないんでどうでもよくないですか」
弐朗は「そういう問題じゃねえだろ」と言い返したかったが、横に立つヨズミが弐朗の肩を軽く叩き、耳打ちすることには、
「トラクンは意固地な性格だから、言えば言うほど頑なになるよ。どうもちょっとばかり面倒臭い掛かり方をしているようだから、彼からしてみればどの部分が暗示なのか判別しづらい状態なんだと思う。それに根岸クンを気絶させてしまうと話が聞けなくなる。気絶で暗示が解除できなければ時間の無駄だ。それよりは根岸クンを説得して解除させたほうが確実だし、話も聞ける」
とのこと。
弐朗はテーブルに押さえつけている根岸を見下ろした。
目元と口元を押さえているため、表情はわからない。
が、根岸は特に慌てる様子もなく、大人しく頭上で交わされる会話を聞いている。
嫌な感じだ。
根岸が何を考えているのか弐朗には全くわからない。
「じゃあ、拷問続行する感じでいいんスか? 俺、トラにぶちのめされたりしないスか。「俺の親友に何すんだー!」みたいな感じに」
「そうなりそうだったら止めるから安心したまえ。そもそもトラクンはそういうキャラじゃないから大丈夫。彼は合理的だよ」
そういうことなら、と弐朗は渋々根岸の口元を押さえていた手を外し、皮剥を手に待機している刀子に振り返って頷いてみせる。
さて瞼を切除してその寝起き面しゃっきりさせてやるか、刀子並みのぱっちりお目目にしてくれる、と気合を入れ直したところで、その出鼻を挫く発言は飛び出した。
「拷問なんかしなくても全部話しますよぉ。トラになら」
弐朗は雑音の発生源、根岸を見る。
「センパイたちは俺から話を聞きたい。俺はちゃんと聞いてくれる相手になら話してもいい。でもキーチセンパイとヨズミセンパイはなんか怖いんで、萎縮しちゃうって言うか? その点、同学年で気心知れてる友達のトラになら、ぶっちゃけトークで話せるかなぁって」
弐朗は叩きつける勢いで再び根岸の口を塞ぎ、ついでに頬骨と下顎の間に指が埋まるほどきつく握り込む。
根岸は弐朗の手の下で「痛い痛い」と情けない声をあげた。
「お前あんまふざけたこと言ってると耳から脳味噌ほじくり出すぞ……? お前に選択権あると思ってんのかよお前は今からここで生い立ちから性癖まで洗いざらいゲロるんだよわかってんのか、アァ?」
弐朗の隣で刀子とヨズミが「じろくんとってもちんぴらないず」「
逆隣の鬼壱はそんな弐朗たちをまじまじと眺め、「(こいつらの家ってやっぱり本職さんなんじゃ……)」と認識を新たにしている。初対面の時からそんな気はしていた。
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