30【追究】三

 確かに、弐朗と虎之助、刀子の三人は、根岸常彦の財布にあった金を三等分し、着服した。

 一人当たり一万四千円程度の臨時収入だ。

 ヨズミはそれを微笑みながら見守っていた。


 いやだってそれは、と弐朗が反論しようとしたところで、ヨズミが根岸に振り返って言う。


「うちでは不当でなければぶんどりの類いは認めてるんだ。キミの財布には四万と少し入っていたが、こちらが受けた被害ー…治療費、制服の弁償、手間賃等、諸々考えれば、もっと請求したっていいぐらいだよ」


 根岸は顔を覗き込んでくるヨズミから目を逸らし、弐朗を見つつ負けじと言い返してくる。弐朗はそんな根岸を「なんだコイツ」と目を丸くして眺めている。


「それって当たり屋の言い分と一緒じゃないですかァ。邪魔してきたのはあの人たちなのに……。俺だって刺されたし殴られたんですけど。それなのに俺だけお金盗られるのはおかしいと思うんですけどォ……」

「ハァ!? 邪魔って! それはお前があんなとこで人襲ってるからだろうが! 止められて当たり前だろ!? ああいうのは邪魔とは言わねェンだよ!!」

「おばさん襲ったのは俺じゃなくてあの鳥、えーと、キョウキ? でしたっけ? なんで。俺は指一本も触れてないんで」

「でも叫鬼の持ち主はキミだろう。責任の所在はキミにあるのでは? キミが襲うよう仕向けたんじゃないのかい。キミは「邪魔された」と言うが、我々はキミの何を邪魔したことになるのかな。夏頃から京都で使い手を襲撃していたのもキミなんだろう?」

「そうだそうだ! お前がやらせてんだからお前が責任取って当たり前なんだよ!」

「ゆうざいゆうざい! あっとうてきぎるてぃ」

「あ。えっと。よくわかんないです」


 弐朗と刀子がわあわあと言い募れば、根岸は締まりのない顔でへらりと笑い、そのまま口を閉ざしてしまう。

 刀子は根岸の横で「黙秘権を行使していますね!?」「かつどんくうか!」と嬉しそうに食いついているが、弐朗は根岸のその太々しい態度にカチンときていた。


 こっちは楽しみにしてた修学旅行に水注されまくっていい迷惑なんだが? 初京都なんだが? そりゃ小学校でも中学校でも行ったけど、高校のはこの一回しかないんだが? こいつの所為で旅行の段取りがめちゃくちゃだ。自分で納得してここにいるわけだから、鬼壱さんたちを手伝うことに不満はないけど、だからってこいつに腹が立たないかと言われるとそれは別だ。


 弐朗は勢いよく手を挙げ、「提案します!」とヨズミの指名を待つ。


「お、いいね! はい、弐朗クン」

「拷問で吐かせたいッス! わわさんが言ってた、痛い目見せるって点もクリアできると思うッス! なんであんなことしたのか、なんで叫鬼持ってるのか、全部吐かせる自信あります! 風呂場貸してください!」

「ふむ。それも悪くないな。どうかな、鬼壱クン。根岸クンは素直に白状するタイプでもなさそうだし、ここは弐朗クンに任せてみないかい?」

「……風呂場って狭いですよねぇ。ここじゃ駄目な理由はあれですか、結構血飛沫ちしぶき飛び散る的な?」

「や、万が一に備えてってだけなんで、ここのほうがいいならできないこともないッス。血ィ出ない方法でもやれるんで。それに、先輩たちには同席してもらったほうがいいと思うッス。こいつ平気で嘘吐きそうなんで、お二人に見てもらえたら」

「はい! はい! とーこ、あしすたんとしたいです! まずはつねぴこくんのそのぽってりまぶたをじっぷろっくしちゃうぞ!」

「……まあ、俺も御大に「何も聞き出せませんでした」なんて報告はしたくないですしね。阿釜と紅葉さんのやり方は前にも見せてもらってますんで、あれなら大丈夫でしょ。どうぞ、煮るなり焼くなり。お好きなように」


 鬼壱は真轟本邸で見た弐朗の治療と、刀子の血刀「削刀皮剥」の固有技能である部位切断を思い出しつつ、どうせくっつくしな、と気楽に了承する。

 その隣でさわらが何か言おうとしていたが、鬼壱が首を振って「いいから」と制止すれば、頷いてそのまま押し黙った。

 今は余計なことは言わず、根岸の恐怖心を煽るだけ煽ったほうが脅しも成立しやすいという判断だ。


 暫く寝転んでいた虎之助も顔面の熱が引いてきたのか身を起こし、「始まる前に顔洗ってきます」と顔からタオルを取らないまま襖の外へ出て行く。


 根岸は重たげな瞼を半分下ろしたまま、結束バンドで拘束されている両親指と足首を見下ろしていた。

 血が止まるほどではないが、髪の毛一本入る隙がないほどきっちり締めてある。

 傍らにいる刀子に首を向け「コレとってくれません?」と持ち掛ければ、思いの外近くに見開かれた丸い目があり、「おやゆびさん以外ならきりとってあげてもいいですよ!」と斜め上の答えが返ってくる。


「よォし。許可も出たし、ちゃっちゃとやんぞ! ちょっと行儀悪いッスけど、テーブルにこいつ乗せますんで。さわら、悪い。茶櫃どけといてくれる? まずは歯は爪かー…あ、口ン中やっちゃうとしゃべれなくなるか。じゃあ爪だな。爪の間に針刺してから爪剥がそ! とりあえず目瞑れないように瞼剥がして眼球露出させときましょーか」


 弐朗はテーブルを回り込んで根岸の肩を掴む。


 根岸は結束バンドを外そうと地味に親指を動かしているが、どう頑張っても関節から先が抜けない。他の指を使って結束バンドを引っ掻いてみたところで、そう簡単に千切れるようなものでもない。


 自分の肩を掴んでテーブルに引っ張り上げる弐朗を見上げながら、根岸は「助けてくださいジロウセンパァイ」と緊張感のない声を漏らした。


「馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃねえ、クソミント。お前昨日胎内めぐりの時にも俺の後ろにいただろ。女子高生怪我させてさぁ。おちょくってんのか? まさか俺らのこと、昨日から尾行つけてたのか?」

「わぁ。自意識過剰。自分中心に世界回しちゃってます? たまたまですって、たまたま。稲荷神社でも言ったじゃないですかァ。俺、ジロウ先輩たちには用ないです、って。クソミントってなんですかぁ? ミント臭しちゃってます? っていうか先輩、二年生なんですねー。山頂で会った時は中学せッ」


 全て言い終わる前に弐朗はテーブルに根岸の後頭部を打ち付けて言葉を遮り、根岸が軽く目を回している間にさっさとテーブルの上に引きずり上げてしまう。

 根岸のミント色の靴下足は、鬼壱に指示されたさわらがしっかり両手で掴んだ。


 ヨズミと鬼壱は弐朗の両側に移動し、根岸の顔を見下ろしている。


 根岸はヨズミと鬼壱をチラリと見上げるもののしっかりとは目を合わさず、次に足元のさわらを見たが、特に助けを求めるでもなく諦めがちに横を向いた。


 そのタイミングで洗面所から虎之助が戻ってくる。

 今は見られる程度に皮膚も再生しており、自分で適当に整えたのか、焦げていた髪も毛先が短く摘まれている。

 俎板の上の鯉になっている根岸は、弐朗に顔を固定されながら帰ってきた虎之助を見上げて「トラァ、助けてヨォ。友達じゃん」と情けない声をあげた。

 虎之助は返事をしなかったが、代わりに弐朗が根岸の顔を平手打ちし「ふざけんな」と釘を刺しておいた。


「トラはそういう冗談通じねえタイプだから。あと、トラ友達とかいねえから」

「それは俺に喧嘩売ってんですか、先輩」

「だってお前が俺ら以外の奴とつるんでるの見たことねえもん」

「とらくんはいっぴきおおかみですので!」

「友達かどうかは別として、たまにつるむぐらいはしてますよ」

「マジで? お前にもちゃんと遊ぶ相手とかいるんだなあ……ちょっとホッとした。いや、それでも見たことないんだけど? 何処の誰だよ」


 弐朗が根岸の瞼を引っ張り、刀子が指先から引き抜いた皮剥の刃をぱちりと起こす。

 虎之助は無感動に弐朗と根岸を見下ろしながら、若干赤みの残る指先を根岸に向けて言う。


「誰、って……。こいつですけど」


 予想外の返しに、弐朗は根岸の瞼を摘んだまま虎之助を見上げた。

 ヨズミと刀子も「ン?」と首を捻るようにして虎之助を見ている。


 弐朗はよく知っている。

 虎之助がこんな状況で冗談を言うような後輩ではないことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る