29【追究】二

 弐朗は京都の事情も十九の事情もよくわかっていない。

 それでも、観光地であんな騒ぎを起こすような人間は問答無用で鉄拳制裁だろ、と思っている。

 今は雀と鶉の丸焼きを食べているため大人しい虎之助も、意見を求められれば「殺したほうがいいんじゃないですか」と答える気がする。

 一歩間違えば一般人に血刀の存在が露見しかねない案件だ。

 現に、顕現状態の怪鳥は複数名によって目撃され、ドリムクに目撃情報まであがっている。今のところ未確認飛行物体扱いで留まっているが、放っておけば言い逃れできない証拠動画が出回っていただろう。


 鬼壱は項垂れる体勢からぬるりと顔を上げ、片手をかざして制止の仕草を向けつつ童鬼に言う。

 

「や、わわさん、あの、戦はちょっと。寧ろ、俺たち根岸に避けられてましたよね。直接喧嘩は売られてないんで……。十九持ち同士でやり合うのは流石に不毛というか。一応、同類というか仲間ではあるんで……」

しかり然り。彼方あちら此方こちらと逃げ回りて、まこと意気地のない男児よのう。奇鬼きき侵鬼しんき戸鬼とき鬼王きおう、そしてこの童鬼どうき。小物ばかり狙うて、京の都に大将首が五振りも揃うておるのを狙わぬとは。天門の太刀にして旱災かんさいの名を戴きしいぬいの鬼神叫鬼、相手にとって不足無し。戦神の誉れも高きこの童鬼自らがお相手致しましょうぞ」

「おい、奇鬼。笑ってないでわわさん止めろ」

「止める? 何をだぁ?」

「真轟さんたちのおかげでこうして叫鬼は確保できてんだから、わざわざやり合う必要ないだろっつってんだよ。後はそこで寝てる持ち主からなんであんなことしてたのか目的聞き出して、やばけりゃ十九没収すればいいだけだろ」

「てぬるいッ。斯様かよう虚仮こけにされ、このまま無罪放免とは承知致しかねまする。この者どもには相応の仕置きが必要。死して後、で罪を償わせる前に、十九自らきつくきゅうを据えてやらねば面目が立ちませぬ。使い手にも人の子にもあやかしにも、十九は健在、此処に在りと威容いようを示しておかねば、いよいよ舐められかねませぬ故に」

「今更でしょ……。昔はどうだったか知りませんけど、十九を有り難がる奴らなんてもう残ってないですって」

「なにをぅ!! 鬼壱、ぬしがそのような心構えでは奇鬼の刃も鈍りまする。まずはおぬしが奇鬼に対して格別の敬意を払い、」

「はいはい、払ってます払ってます。さわぁ、わわさん止めろ……」

「は、」


 童鬼が身を乗り出して小言を言い始めれば俄かに部屋が騒がしくなる。

 鬼壱は童鬼が乗り出しただけ仰け反り、隣で石のように固まっているさわらに話を振った。

 さわらは畏まった短い返事を返すと白鞘から僅かに覗いていた鈍色をぱちりと納め、納刀することで強引に童鬼の顕現を解いてしまう。


 自分を乗せていた童鬼が消え、奇鬼はそのまま座椅子にぼとりと落ちた。


 鬼壱は「そこまでやれとは言ってねえ」と真横のさわらに唖然とした顔を向けるが、さわらは「駄目でしたか」と疑問顔を返すだけである。

「いやぁ……。お前がいいんなら別にいいけどよぉ。手っ取り早いし。お前、あとでわわさんに怒られんじゃねえの。まあ、なんだ。とりあえず十九の面子だ尊厳だの前に、やることやっとかねえとだから。真轟さん、すみません、そいつの学生証見せて貰えますか」

 いつまでも頭の上に疑問符を浮かべているさわらはそのままに、鬼壱はヨズミに振り返って手を差し出し、学生証を要求する。

 ヨズミが「念のためこちらでも控えさせてもらったよ」と写真を撮ったことを伝えつつ手渡せば、鬼壱は「それいいですね」と呟き、自分のスマホで男子生徒の学生証を写真に撮った。


「制服がうちのなんで……見た時からそうだろうなあとは思ってましたけど。確かにうちの高校ですね。えぇと、「根岸ねぎし常彦つねひこ」。一年生。……ネギシィ? 知らねえなぁ。つっても、学年二個下だし、知らない奴のが多いんですけど。さわぁ、お前見覚えあるか」

「いえ」

「だよな。お前クラスメイトも覚えてねえもんな。聞いた俺が悪かった。……こいつ、気配は一般人なんだよなぁ。だったら尚更、校内で見かけても意識するわけないか」


 鬼壱は学生証をヨズミに返し、スマホを見ながら何やら操作をしている。

 ヨズミは手元に戻った学生証を財布に戻し、傍らに転がっている男子生徒、根岸常彦を見下ろしながら再度確認するように口を開く。


「十九の御二方が認めたなら、この妖刀は十九鬼神の一柱で間違いないんだろう。道理でうちの切り込み隊長が苦戦するわけだ。しかし逆に考えれば、弐朗クン、トラクン、刀子クン、キミたちは初見の鬼神相手に引くことも死ぬこともなく立ち回り、無力化しただけでなく使い手まで確保したんだ。これは素晴らしい戦果だよ。お手柄、お手柄!」


 ヨズミは「自慢の後輩だ」と満足気に手を叩いて労ってくる。

 弐朗は思わず照れたが、タオルを被ったままの虎之助は「満身まんしん創痍そういですけどね」と不機嫌に返し、刀子はもっと褒めてとばかりに両手を上げてガッツポーズをしている。

 ヨズミの労いに「そういえば」と鬼壱が思い出したように虎之助の怪我を心配したが、虎之助がタオルをめくって再生中の顔面を見せれば「ネギトロみてえ」と謎の感想を残し、そのまま閉口してしまった。


「じゃあ、あとは「やることをやる」だけかな。鬼壱クン?」


 ヨズミは鬼壱がスマホを置くのを待って軽やかに声を掛けた。

 鬼壱は一瞬間をあけたものの、すぐに「そうですね」とテーブルに肘をつきながら肯定する。


「正直、そいつからどんな話が出てくるのか想像もつかないんで……。真轟さんたちをこれ以上巻き込むのは気が引けるんですけど」

「おやおや! 何を今更、水臭い。お気遣いなく。「これ以上貸し作りたくない」って本音が透けてるよ。そんなに隠そうとしなくてもいいじゃないか。それに、彼を捕まえたのはうちの者だ。話を聞く権利ぐらいあると思うが?」

「……そう言うと思ってましたよ。そりゃそうですよね。これだけ迷惑掛けといて、こっから先は俺らだけで、なんてわけにはいきませんよね。そもそもここも真轟さんが金払って確保してる部屋ですし。まあ、真轟さんと端塚はそれでいいとして。阿釜と紅葉さんは……修学旅行に戻らなくていいんですか。午後は世界遺産の寺見にいくとか言ってませんでした?」


 不意に話を振られた弐朗は「俺?」と背筋を伸ばし、ヨズミの横で正座している刀子へ顔を向ける。

 刀子も丸い目で弐朗を見詰め返しており、視線が合えば「うん」と深く頷いてくる。

 弐朗は鬼壱へ向き直り、跪坐きざの姿勢で「ダイジョブッス!」と力強く答えた。


「俺らもこいつがなんであんなことしてたのか知りたいッス! 京都はまた今度、プライベートで観光しにくればいいんで! 担任にも旅行途中抜けする話はつけてあるんで、問題ないッス!」

「だからヨズミ先輩、そいつ起こしちゃってください!」


「ウン、実は最初から起きてるみたいなんだけどね、彼」


 間髪入れず返ったヨズミの言葉に、全員の視線がヨズミの後ろで転がっている男子生徒に注がれる。

 ヨズミは後ろを振り返り「様子見は済んだろう? 根岸クン」と軽い調子で呼び掛ける。


 暫くすると、何事もなかったかのように、至って平然と男子生徒が起き上がった。


 元からなのかそれとも本当に寝ていたからなのか、男子生徒は寝起きのような瞼の重い目に、寝癖のような散らかった髪をしている。

 弐朗が思い切り殴った頬は赤く腫れていた。

 手の甲に開いていた穴は、今は完全に塞がり傷跡ひとつない。


 十九鬼神、叫鬼を使って京都の血刀使いを襲っていた男子生徒は言った。


「ー…最初からってわけじゃないですけど」

「とりあえず、そっちの人たちが俺の財布の中の金、山分けしてるとこは見てました」


 それは鬼壱たちがやってくる前の話である。


 どうやら根岸常彦という少年は、相当太々しい性格をしているようだ。

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