28【追究】一


 「こいつぁたまげた。そいつは「十九咫じっくあた羽黒はぐろ」。十九鬼神が一柱、叫鬼きょうきだ」


 正座する幼女の膝上で丸くなった黒猫は、開口一番そう言った。

 弐朗は鬼壱を見る。

 鬼壱は半笑いのまま、机に置かれた赤鞘の刀を眺めている。


「ついでに、彼、キミの高校の一年みたいだよ」


 ヨズミが男子生徒の学生証を差し出しつつ追撃すれば、鬼壱は鈍く何度か瞬きしてから、「みたいですね」と乾いた笑いを返してきた。

 鬼壱の心中察するにあまりある弐朗は、ただただ震えながら「キーチさんかわいそう」と見守ることしかできない。




 一時間前。


 弐朗がアプリ通話を開始した時には、ヨズミは既に稲荷神社に到着しており、駐車場にタクシーを待たせて土産物を物色していた。


 早朝、稲荷神社に向け出発した虎之助を見送った後、ヨズミはまったりと身支度を整えた。朝食を済ませ、ロビーで珈琲を飲みつつ今朝の新聞を読み、制服に着替える。九時には、十時に訪問する約束を取り付けていた十九総代である血刀使い、御大の元へ挨拶に向かった。

 実家に比べると侘しく見える屋敷の大広間に通され、仰々しい挨拶を終えた後、一方的に御大の腹を探り倒していたところでヨズミは稲荷神社山頂付近に覚えのある気配を掴んだ。近くには弐朗たちと思しき気配もある。

 どんな状況なのかと、御大に断りを入れて弐朗に連絡をつけてみれば、怪鳥に遭遇したと言う。

 ヨズミが弐朗と通話している間に、御大も自ら稲荷神社に連絡を入れ、諸々話を付けていたようだ。

 ヨズミが「折角お時間を頂いたのに申し訳ありません、私も現地に向かいます」と切り出すのを待っていたかのようにタクシーを手配してくれた。

 随分手回しがいいなと思うのが半分、余程腹の探り合いが苦手なんだなと納得するのが半分。

 ヨズミはそれに乗って真っ直ぐ稲荷神社までやってきたのだ。


 タクシーの運転手も血刀関係者らしい。

 気絶した男子生徒を連れている、と報告した弐朗に、ヨズミは「何も心配は要らないよ」と晴れやかな声で言った。

 運転手は見た目三十代半ば、薄い色のサングラスを掛けた無口な男だった。ヨズミに言われるがまま必要な作業を行うだけで、余計なことは一切しゃべらない。全体的に陰も印象も薄いが、光の加減で苔色にくすんで見える髪に弐朗は覚えがあった。


 弐朗たちは男子生徒を担いで駐車場に移動し、何食わぬ顔でタクシーのトランクに詰め、自分たちはそのまま後部座席に乗り込んで大仏旅館へと移動した。


 旅館に到着して男子生徒を部屋に運び込み、ヨズミと刀子が男子生徒の持ち物の確認する間、弐朗は鉄分を補給しながら俄雨を使って虎之助の治療を行なった。

 火傷による水脹れを俄雨で切って水を出し、浅く切り傷をつける。火傷も裂傷も目立つものは全て俄雨で上書きし、深い穴になっている突つき跡は深めに刃先を沈めた後、ガーゼを当てて包帯を巻く。

 顔に包帯は大袈裟だ、邪魔だから巻きたくない、とりあえず火傷を冷やしたいという虎之助の意向を汲んで、座布団を枕に寝かせた状態でよく絞った濡れタオルを乗せ、その上から冷蔵庫にあった瓶ジュースを乗せてやる。

 あとは何か適当に肉でも食べさせておけばどうにかなるなと頷く弐朗に、ヨズミが思い出したように「神社でキミたちを待ってる間に雀とうずらの丸焼きを買っておいたんだった」と告げたことで、治療はそのまま虎之助の餌やり時間へ移行する。


 鬼壱とさわらが部屋にやってきたのはその最中だった。


 どうやらヨズミを送り出した御大が、そのすぐ後に鬼壱の高校に連絡を入れ、鬼壱とさわらは二人揃って公欠扱いで早退させられたらしい。

 二人を運んできたのも、弐朗たちを送った例のタクシーだった。

 二人は御大から何か聞いていたのか、それぞれ十九の入った竹刀袋を携えていた。

 鬼壱は部屋に入るなり、机に置かれた赤鞘の刀を見て引き攣った顔をしていたが、暫くすると「奇鬼がぁ、言いたいことがあるみたいなんで……。わわさんも起こせって言うんで、ちょっと二人顕現させますけど、敵意はないですから」と断ってから、いつか見たあの黒猫をその場に呼び出した。

 そうして、さわらが顕現させた牛角幼女、童鬼どうきが上座に座り、その幼女の膝に乗って丸くなった黒猫奇鬼ききが言い放ったのが「これ十九」である。


 奇鬼の発言を受け鬼壱の顔色は秒で悪くなった。が、それも炭酸の気泡が抜けるように徐々に元の顔色に戻り、最終的には何もかも諦めたような表情になる。

 半年近く振り回された案件に、同じ高校の後輩と、十九が関わっていたというこの事実。なんという体たらく。

 鬼壱は目を節穴にしながら「なんかもう本当、色々すみません」と薄っぺらな謝罪を繰り出した。

 ヨズミは男子生徒の財布から発見した学生証を振りながら「そういうこともあるよ」と気休めにもならないフォローを入れている。


「それにまだ、彼が連続襲撃犯と決まったわけでもないし。今のところ、妖刀を持っていて、稲荷の山頂で人を襲ってたってだけだからね。ところでその「ジックアタハグロ」とやらについて聞きたいんだが。本当に十九なのかい? 私は見てはいないが、弐朗クンたちによると、この妖刀の顕現した姿は黒い面をつけた有翼の少女だったそうだが」


 ヨズミが鬼壱を見つつ問えば、「間違いねぇな」と上座の黒猫から答えが返ってくる。


 上座に童鬼と奇鬼、広縁側にヨズミ、刀子、無造作に寝かされた男子生徒。ヨズミの向かいに弐朗と、仰向けに寝る虎之助、そして上座に面して座るのが、鬼壱とさわら。

 昨夜と違うのは、男子生徒が増え、虎之助と刀子の座る位置が交代している程度である。

 奇鬼は童鬼の膝の上から前足を伸ばして赤鞘を突つきつつ、緊張感のない声で言う。


「叫鬼は名古屋にいる筈なんだが、何しにきたんだろうなぁ」

「お前こんな近くにいても仲間見付けられないとかどういうことなんだよ……。しかも夏からだぞ? 半年だぞ? なあ。頼むからもうちょっとしっかりしてくれって、本当に」

「いや、市内で気配がしたら教えてたろう? でかいのがいる、ってなぁ。近くにいるだけで十九とわかるようなら、わざわざ他所の縄張りにかち込んだりしねぇよぅ。言っとくがなあ、我の目よりお前の心眼のほうが精度高ぇんだからなぁ。大体京都って土地は結界が多過ぎてナ。逃げ込まれると目が届かねえんだわ。盲鬼もうきの奴がいりゃあ話は簡単なんだが、とんと島から出てきやしねえ。結界だなんだと文句垂れてねぇで、心眼持ちのお前が見てくれりゃあそれで事足りるんだがなぁ……」

「それ、寺と神社に喧嘩売れって言ってるようなもんなんだからな。お前だってそれぐらいわかってんだろ。一口に寺っつっても、宗派によっちゃ十九のこと目の敵にしてるとこもあるんだからな?」

「焼き討ちの件はやった本人ももう京を離れてんだし、時効でいいじゃあねえか。なあ? いつまで引きずるつもりだぁ? 敵情視察は戦国の世じゃ日常茶飯事だったんだがなあ。まあ、だからよぅ。同じ十九であろうと、相手に隠れる意思があって実行されると、特定するのは難しいってことだ。それも予想外の相手にされるとあっちゃあ尚更だ。この叫鬼はそういった小細工は苦手な性質なんだがな。こう言っちゃあなんだが、十九の中でもこいつはいっとうおつむの出来が、うん」


 奇鬼が言葉を濁せば、その黒猫を膝に乗せている童鬼が「お粗末に御座りまする故に」としみじみ頷きながら言う。


「叫鬼は迅鬼じんきと供物の饅頭を奪い合うて大火事を起こすようなたわけ、天門てんもんの四柱は騒がしい手合いが多うてかないませぬ。奇鬼の申す通り、これは尾張のさる神社に納められ、御神体として大人しうしておる筈に御座りまするがー…しかし此処にあるのは間違いなく叫鬼本体。鳥の羽も黒面も、あれの持つ姿のひとつに相違ありませぬ。しからばすなわち、そこに転がるの者こそ、叫鬼の定めし現主人あるじ。それが京の使い手に仇為すとあれば、これはもう我らに対する宣戦も同じ。……戦に御座りまするな!」


 牛角幼女は何故か嬉々として拳を握りつつそう断言してくる。

 正面で正座しながらそれを聞いているさわらは「なるほど」と言わんばかりに力強く頷き、その隣で鬼壱は額に手を当てて項垂うなだれている。

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