20【狐社】五

 社務所は売店から見える場所、すぐ隣に在った。

 駄菓子屋のような佇まいの売店に比べてしっかりした建物であり、書置きタイプの御朱印の他にお守りや蝋燭、護摩木ごまぎ等が売られている。

 弐朗は社務所を一瞥しただけで、足を止めることなく正面の石段を登った。

 後ろをついてくる青年は死にそうな顔で石段を見上げていたが、石段の先に建物の屋根が見えていることに安心したのか、時折両手で膝を押さえながらのろのろ石段を上がってくる。


 青年が本当に自分たちを尾行つけているのか、弐朗は未だ半信半疑だった。

 今も付かず離れず後ろをついてきてはいるが、それだけでは決め手に欠ける。


 石段の先には細い道が伸びていた。その両側には縄が巻かれた塚が幾つも並んでおり、山の斜面に沿って更に小さな石段、その石段の先にもまたぎっしりと塚が詰まっている。

 細道を回り込むと少し拓けた場所に出る。

 その中心に、どうきの朱い建物がひとつ建っていた。

 ここに至るまで幾つも見てきた社に比べ、不思議と圧を感じる場所だった。

 弐朗は賽銭を打とうと片手に小銭を握り銅葺きの建物の周囲をうろうろ回ってみたが、賽銭箱らしきものは見当たらなかった。

 木柵に囲われた平たい石を眺め、立看板を読み、どうにか理解できたことといえば、「ここは神様が飯食うとこなのかぁ」ということぐらいだ。

 弐朗が立看板の前でふんふんと頷いていれば、漸く追い付いた青年もまた、何を見ればいいのかわからない様子で塚や社を見ながらうろうろしている。


 虎之助は青年の気配を「一般人」と言った。

 弐朗も念のため索敵してみるが、確かに、青年からは何も感じるものがない。

 ただ、ヨズミと鬼壱は、使い手を襲っているものが何なのかは特定できていないとも言っていた。

 気配が一般人だからといって油断はできない。


 祈祷所は他にも上がってくる道があったが、青年を最後に観光客は上がってこない。

 弐朗はそれを、虎之助と刀子が石段の下で後続の足止めをしているからに違いない、と判断した。


 暫く待ってみても、青年が接触してくる気配はない。


 業を煮やした弐朗が建物を回り込んで青年の姿を探せば、青年は石段に座ってスマホを眺めたり、時折カメラを頭上に向けて動画を撮ったりなどしている。

 何を撮っているのかとしげしげ見詰めた弐朗は、青年の鞄にぶら下がるものを見て思わず「アッ!」と声を上げてしまった。

 その声に驚いた青年がびくりと肩を揺らし、弐朗へ振り返って身を固くする。

 弐朗は自分のボディバッグを胸の前へと回しながら青年に駆け寄った。


「あのッ、それ! その鞄につけてるやつ! SPOのドラム式洗濯機ッスよね!? しかもイベント会場限定配布の! オニーサン、「開拓民プレイヤー」ッスか!」


 青年の鞄には幾つもストラップや缶バッジがついている。

 缶バッジはかぶせをめくった下に、ストラップはベルトの金具部分につけてある。

 そのストラップの中に、白いドラム式洗濯機に手足が生えたようなキャラクターがいた。

 「ドラム式洗濯機」とは、弐朗がたしなむスマホ向けソーシャルゲーム「スチームパーツオンライン」、略称「SPO」の、プレイヤーキャラクターが最初に身に着けている装備の愛称である。

 SPOは惑星開拓をテーマにした全年齢対象のMMORPGであり、プレイヤーは「開拓民」として、日々の義務を果たしながら惑星を開拓していく。その最初期の装備がどう見てもドラム式洗濯機であることから、そう呼ばれているのだ。本来はもっと堅い名称がついているのだが、その名を覚えているプレイヤーは殆ど居ない。

 弐朗はボディバッグにぶら下げている自分のストラップを手に取り、破顔しながら「俺も同じの持ってるッス!」と慄いている青年の目の前に突きつける。


「イベント行ったんスか! イイナァ~! 俺、どこの会場も遠くて行けなかったんですよォ。あ、これは先輩からの貰いもので」

「えっ、ウッ。いや、いっ、……行ったけど、も」

「会場ごとに貰えるパーツが違うアイテムコードあったんですよね! 俺もふたつだけ持ってるッス! オニーサン、どこの貰ったんスか!」

「どこのて、えっ、エッ。いー…、一応、全部? メッセと、インテと、ビッグのは自力で、あとの、札幌とか福岡とか、遠いとこのは知り合いと交換……」

「全部ゥ!? マジすかスゲェ! エッ、見たい! スゲェ!」


 スゲェ! と、言い終えてから、弐朗ははたと我に返った。

 石段に座っている青年は弐朗に覗き込まれながら激しくキョドついている。


 あれ。俺なんで話しかけちゃってんだコレ。しかも勢いつけて話しかけたからメッチャビビられてる。そんなビビんなくても。だって同じドラム式洗濯機持ってるから、つい。どこの惑星サーバーかはわかんないけど、星は違えど同じ開拓民なわけで? 確か惑星違っても、共同開発区域なら一緒に開拓作業できるんだよなあ。昨日の夜、結構鉱石掘ったから、欲しいのあったらあげれるんだけど。コンテナ整理しないと荷物パンパンになってきたし。いやいや、そうじゃなくて。ゲームの話は置いといて。様子見するつもりが自分から突撃しちゃったぜ……。今ここにトラが居なくてよかった、居たら頭ねじ切られてたなコレ。まぁいいか。最初から、なんで尾行てきてるのか聞くつもりだったんだし、このまま聞いちまえ。


 青年は弐朗と視線を合わせず、鞄を抱えてあたふたしている。壁際で右往左往する鼠のように落ち着きがない。

 弐朗はそれを見下ろしながら、「オニーサンさぁ!」と語調も強めに切り出した。


「三ツ辻からずっと俺らの後ろ居たンすよね! もしかして何か用あったスか」


 弐朗がいきなり話題を変えれば、青年はギョッとした顔で弐朗を見上げて固まった後、蒼褪めながら「いや、ちがくて」と小声で何やらごちゃごちゃ言い訳を始めた。


「つ、尾行とったわけやないし、観光地やねんから行き先同じになるの普通やん? 普通、普通やろ? そりゃ、ずっと後ろにはおったけど、あのっ、ア、あー、……あー…アカン何言うても事案まっしぐらやんこれ。オワッタ……! アカンてホンマ、こんな人気ひとけのない場所で声掛けたら誤解されるんちゃうんって、もぉ……。これ完全に「稲荷神社で修学旅行生に不審な青年が声を掛ける事案発生」や

し。べべべつにそういうやましいやつやないんやけど、聞きたいことあるだけで、でもその内容がもう不審っちゃ不審やし、聞いても「なんやこいつ」て思われそうっちゅうか。いや、あの……尾行てましたスンマセン……」


 弐朗は黙って青年の言葉を聞いた。

 その最中、引っ掛かるものを感じはしたのだが、それが何かはわからず「聞きたいことってなんスか」と単刀直入に聞く。

 青年は弐朗を襲う素振りもなく、両手で顔を押さえながら「三ツ辻でー…」と蚊のなくような声で切り出した。


「あー…、と。あのぉ、……話しとったやん。鳥の話。怪鳥、って。自分ら、鳥辺野のハーピーのこと、知っとるみたいやったから……。何か知っとんやったら、教えてくれへんかな思て。俺、それ探しとんねん。三ツ辻で聞こ思たら、自分らさくさく行ってまうからなかなか追い付けんし、なんやあのでかいほうの男子、メッチャ怖し……」


 弐朗は青年のまるりとした頭頂部を見下ろしつつ、なんだ、と張り詰めていた気が抜けるのを感じた。


 なんだ。ただの妖怪好きか。

 居るんだよなぁ、こういう人。心霊スポットうろついたり、伝承研究したり。

 こういうタイプは隠せば隠すほど首を突っ込んでくる。鳥の話はドリムクでも話題になっている。SNSで拾える情報程度なら、高校生の自分が知っていても違和感はない筈だ。


「知ってるっていうほどじゃないスよ。修学旅行で京都行くからって清水とか稲荷神社とかのこと調べてて、ドリムクで噂になってるの見たぐらいで。なんかメッチャデカい鳥がいるんスよね。だから、見れたらいいなあって話してただけッス!」


 弐朗がぺろりと当たり障りない程度の情報を開示すれば、青年は「そうなん?」と疑うように弐朗を見上げ、すぐに「なんやぁ……」と大きく肩を落とした。


「オニーサンはなんで探してるんスか。妖怪好きなんスか」

「え。あー、いや。俺も見たことあって。それ人に言うたら見間違いやとか気の所為やとか言われて、そんなら証拠動画撮ってきたるわって勢いで言うてもうて」

「へー! 見たんスか! えっ、写真とかないんですか! 俺も見たいッス!」

「撮ったんやけど、夕方やったし全然写ってへんくて。ドリムクに画像上げとる分やったら、えーと……あ、これこれ。真っ黒なんやけど」


 言いつつ、青年がスマホを操作してSNSの画面を表示させ、弐朗に向けて見せてくる。

 弐朗は見慣れたドリムクの画面を眺め、ただの黒闇を写した画像を見詰め、青年のアカウントを確認し、何度も瞬きを繰り返した。


 物凄く見覚えのあるアイコンとアカウント名がそこにあった。

 フォロワー数は十万を越えている。


 そして弐朗は思い至った。


 なんか引っ掛かると思ったら、この声としゃべり、めっちゃ知ってる。

 聞き覚えある。

 有名なゲーム実況者だ、この人。

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