18【狐社】三

「とにかく! この私の目の届く範囲内で阿漕あこぎな商いはさせられないわ。お嬢さん、お守りは下の授与所か、この先にある奥の授与所、お山巡りをするなら途中の授与所でも買えるからそこで買いなさい。御朱印なら私が書いてあげましょう。ついていらっしゃい。貴女はあとで箪笥の中身をあらためるからそこで大人しくしてるのよ、いいこと!? わかった!?」


 巫女は箪笥に座っている行商に指を突きつけそう言い放つと、刀子を伴い石段を上がって行ってしまう。

 行商は「ワカッタサァ」と言いながらも早々に唐草模様の風呂敷を畳み始めており、待つつもりはなさそうだ。

 弐朗はそれを巫女に伝えるべきかどうか悩んだが、余計なことを言ってわざわざ説教を延長させる必要もないかと割り切り、行商にお辞儀だけして巫女と刀子を追う。

 巫女が長々と説教をしている間に、何人もの観光客が弐朗たちの後ろを通り過ぎて行った。虎之助はいつの間にかたい焼きをふたつとも食べ終えている。


 石段を上がり切った先には鳥居と同じにあかい社がふたつ並んでいた。

 本殿が特大なら、正面の社は中、左手の社は小といったところか。

 その小社の横に巫女と刀子が並んで立っている。

 巫女は刀子が差し出した手作り御朱印帖に、稲荷神社の名前と、「白狐」と小社の名前らしきものを書き込んでいる。

「普段は書かないんだから。特別よ? レアというなら私の御朱印のほうがレアね! さぁ、持って行きなさい。初穂料は三百円よ。朱印はここ専用のものはないから、奥の授与所か、帰りに下の授与所にこの頁を見せたら、追加の初穂料無しで捺してくれると思うわ」

「みこさん、とっても字がおじょうず! れあごしゅいんありがとうございます!」

「そ、それほどでもないけど。どういたしまして」

 刀子は御朱印帖を恭しく押し戴きながら、巫女の手に三百円を乗せ大いにはしゃいでいる。

 そんな刀子に弐朗がまだ温かいたい焼きを手渡す傍ら、巫女が虎之助に近付き、小声で何か話し掛けている。

 二人は少しやりとりをし、虎之助が頷くと、巫女は満足したようにそのまま石段を下りて行ってしまった。行商に文句を言いに行くのだろう。

 三人は巫女の後ろ姿にお辞儀をし、先へ進む。


 木々に囲われ、奥へと続く大きな朱鳥居は異界への入口さながら。

 そこへ他の観光客諸共吸い込まれて行く刀子の後ろを追いつつ、弐朗が「巫女さん、なんて?」と問えば、虎之助はちらりと小さな社を振り返りながら小声で答えた。


「俺たちのこと、血刀使いだろうって確認してきましたよ。くれ先輩の気配が読めなかったから、どうして隠密してるのかって気になったっぽいです。体質です、って答えときましたけど。あと、山頂まで参拝するなら、鳥居のあるルートから外れないようにしろとも言われました。ここ、怪鳥の目撃情報もあるって話だったんで、鳥居外れると何かあるんですかって聞いたら、「何があるかわからないから言ってる」んだそうです。特定の何かを警戒してるって感じじゃなかったですね」

「エッ。てことはあの巫女さんも血刀使い? もしかしてあの金髪のネーチャンも!? だから俺らぼったくられかけてたの!?」

「それはわかりませんけど。索敵しても、あの二人の気配掴めなかったですし。神社の人なら、血筋じゃなくても関係者でもおかしくないんじゃないですか。御祓いで狂いとか憑物案件持ち込まれたりするって聞きますよ」

「ああ~、確かに。普通御祓い系ってそうだよなぁ、神社とか寺だもんな。そういや、血筋じゃなくても索敵とか技能使える術者居るってヨズミ先輩も言ってたわ。あの巫女さん関係者だったんなら、使い手襲ってる奴のこととか怪鳥の話、聞いてみたらよかったな」

「……どうでしょうね。あんまり根掘り葉掘り聞いてこっちの素性話すはめになったら、ややこしくなるかもしれませんよ」

「なんで」


 弐朗がポカンとした顔で虎之助を見上げれば、虎之助は「アンタ……」と蔑む目を向けながら「先代出禁」と面倒臭そうに吐き捨て、前に向き直る。


 先代。京都。出禁。給水タンクにご神水。茹で卵。売り切れ。滝行。鳥居。稲荷神社、の、鳥居、は、倒れやすいからキヲツケロ。……出禁。


 確かに、迂闊なことは言わないほうがいいかも。

 弐朗も何かを悟る瞬間である。


 刀子は器用に人混みを掻い潜り、随分先のほうに流れてしまっている。時折、人の波間で息継ぎをするように刀子の頭が浮いては沈みを繰り返すのが見える。

 大きな鳥居を抜けた先にも鳥居が在り、何故か左右二手に別れていた。

 鳥居そのものは今まで潜っていたものより一回り小さくなり、鳥居同士の間隔は隙間もないほどみっちりと並べられている。

 観光客は右側の鳥居へと流れて行く。その中にデジカメを構えた刀子が浮き沈みしているのを確認し、弐朗たちも右側の鳥居トンネルへと足を進める。

 狭い通路で写真撮影をする観光客も居たが、弐朗は写り込むこともお構いなしにずんずん進んだ。なんなら、積極的に写り込みながら目線を向けたり無駄にポーズを決めたりもした。この人の多さでは刀子も満足に写真が撮れていないのではと心配したが、刀子のことだ、人の多さも込みでいい写真を撮っているに違いないと思い直した。


 鳥居トンネルは入口が左右に別れていたが、到着地点は同じだったらしく、出口も入口同様真横にふたつ並んでいた。

 トンネルを抜けた弐朗と虎之助の前で、刀子が「はい、ちーず」と一息吐かせる間もなく写真を撮ってくる。

「とりい、せんぼんあったかなぁ。おしゃしんとるのにむちゅうでかぞえるのわすれちゃった。さてじろくん、とらくん。ここでいしあげちゃれんじです! みこさんがここでもお守りかえるといっておられました。いざ、いしにちゃれんじ! お守りおかいもとめ!」

 我に続けと先陣を切る刀子に従い、弐朗と虎之助も石を持ち上げる列に並び、何のために持ち上げるのか本願を忘れたまま石を持ち上げ、粛々とお守りを買った。

 ここで折り返して帰る観光客も多いらしく、今度は行きとは逆のトンネル、向かって右側の鳥居へと吸い込まれるように入って行く。

 よくよく見れば鳥居の上には横断幕があり、幾つかの言語で「右側通行」と書いてあった。片側通行でもあの混みようだ、自由に両側を通ろうものなら確実にトンネル内で渋滞が起き、観光どころではなくなるのが目に見えている。


 この時点では、弐朗は自分の周囲にクラスメイトを見付けることができなかった。弐朗たちが虎之助を待ち、行商につかまっている間に皆先へ進んだのだろう。

 が、頂上を目指して歩き始めて暫くすると、参道に見覚えのある制服がちらほら現れ始めた。池が見える場所に辿り着く頃には、弐朗たちは何人かクラスメイトを追い抜かしていた。


「よォーし愉しくなってきたッ! ガンガンいくぞ!」

「いのちだいじに!」

「あの人ら、あのペースで全部回れるんですかね」


 調子の上がってきた弐朗と刀子は腕を突き上げ、更に奥を目指してペースを落とすことなく進んで行く。

 虎之助も遅れることなくそれに続き、三人は先を行く観光客を牛蒡ごぼう抜きにしながら参道が三つに別れる分岐点、三ツ辻まで止まることなく歩き続けた。


 なるほど、参拝と呼ぶにはいささか山登りが過ぎる参道である。


 三筋の道がぶつかる三ツ辻には、道分石みちわけいしや立て看板、周辺案内図、注意書き等が思い思いに建てられている。

 道は、自分たちが登ってきた道と、本社に向け下山するもう一本の道、頂上を目指す道の三筋。

 案内図には、次の目的地である四ツ辻まで残り三百メートルと書いてある。

 汗ひとつかく様子のない刀子は、虎之助にデジカメを渡して弐朗と三ツ辻制覇の記念撮影をしつつ「ここからいしだんがよんひゃくつづきます!」と四ツ辻へ続く道を示して言う。

 弐朗たちが三ツ辻に到着する前から休憩していた観光客が、案内図を見上げたまま遠い目をしていた。石段四百に心が折れているのかもしれない。

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