17【狐社】二
女は身長百六十中頃、年は十代にも二十代にも見える。
褐色肌に目の覚めるような青い目。混じりけのない金髪はぼさぼさと量が多く、二本の三つ編みにして胸の前に垂らしている。
色彩も身体つきも明らかに日本人ではないが、だからといってどの人種かと問われると、西洋、南米、中東、東欧、どこの地域ともとれ、全く人種がわからない。
呼ばれるまま近付いてみれば、女はモッズコートの下に深緑の
それだけでなんとなく、嗚呼、餅を扱う商工会の人なんだ、じゃあ大丈夫かな、と弐朗は警戒を解いてしまうのだ。
弐朗と刀子が石段の中腹で「なんですか?」と問い掛ければ、女は「お守り買うサ?」とよく通る明るい声で話し掛けてきた。
「授与所の前に立ってたサ。どうせ買うならアタシから買うサ! セットで買えば割引アリ、今ならお得なオマケもつけるサァ。あるのはここのお守りだけじゃねぇぞ。サァサ
気付いた時には、弐朗と刀子は石段を上った先、次の石段を見上げる場所で、体育座りをしながら女の滑らかな口上を聞いて拍手をしていた。
女は大きな
女の横には、まだ開店準備をしているたい焼きとこんぺいとうの屋台、盆栽を並べている露店が並んでいた。女の出店は違法行為や迷惑行為というわけではないらしい。
弐朗が風呂敷の上に置かれたスニーカーをしげしげ見詰めていると、女が「それは掘り出しものサ!」と勢いよく顔を突っ込んでくる。
「それを履いて走れば駿足アキレウス、
女が言いつつ指を三本立てたため、弐朗が「三千円?」と問えば、「三万円!」と返る。
「たっか! いやいや、スニーカーに三万てそれもう正規の店で買えるじゃん! それに俺、薄っぺらい系のスニーカーなら星ついてるやつのほうがいいし」
「ホシ? どんなのサ。それは売れてるブランドサァ?」
「えぇ? どんなのってー…、待って、今画像検索する……これこれ、こんなの」
「ハァ、なるほど見たことある星サ」
「おねえさんおねえさん。ここは御朱印はいただけますか?」
「オ? ゴシュー…嗚呼、あれか。地獄顔パスのアタシが一筆書いてやればそこらの神社で朱印を集めるまでもねぇ。初穂料一万で書いてやるサ。サイン付きでレアサァ?」
「いちまん! さいんつき! れあ! これはおとくなのでは」
「騙されるなトーコ!! 御朱印で一万はヤバいだろ!」
「騙してなんかねぇサ。ちゃんと書くサァ。ちなみにお守りはどれでもひとつ千円。ふたつ買うなら合わせて千五百円。お前ら見たとこ修学旅行生サ。どっからきたか知らねぇが修学旅行じゃ行けるところも限られてるサ? こんだけあれば色も形も選び放題。こっちが恋愛、こっちが学業。お前ら見るからに頭悪そうサ、ほれ学業お守り買え買え。全国各地の天満宮が揃ってるサ。たくさん買えば天神も懐あったまってニッコニコサ!」
刀子は引き出しに収まる色とりどりのお守りを、ほぉー、と食い入るように見詰めている。
これはイカン、トーコのがま口が空になるまで買わされる! お守りはともかく、生薬とか漢方って言われると正直気になっちゃう! 俺まで買っちゃいそう! あの紙袋とか小分けの瓶がそれなのかなぁ、気になるぅ、見てえ。誰か助けて!
「ちょっと
その時、弐朗の願いが届いたか、救いの声は天の声宜しく弐朗たちの頭上、石段の上から突き抜けるように響いてくる。
弐朗は
赤い建物を背に、竹箒を持った巫女装束の女が一人立っていた。
それは
年は十代から三十代、巫女装束であることから神社の関係者であることはわかるが、行商の女同様、人種がさっぱりわからない。
弐朗は巫女の風変わりな髪色よりも、その少し下、白衣に包まれてぼよぼよ揺れるふたつの丸みを凝視してしまった。なんともだらしのない乳をしている。揺れ加減から見て、弾力よりも柔らかさが勝っているのは一目瞭然だ。
巫女は何やら文句を言いながら結構な
そして弐朗たちの横に立つと、
「いつも言ってるでしょう! 出店の許可は出してるけど、常識範囲内の商売をしなさい! 御朱印に一万なんてどういうつもり!? ここの関係者でもない貴女が何の御朱印を書くって言うのよ!」
「サァ。こいつの地獄めぐりが
「貴女のお墨付きなんて寧ろ余計な場所まで巡らされるわよッ……! あと、聞き捨てならない品が幾つかあったようだけど。ちょっと、見せなさい。何持ち込んでるの。見せなさいったら!」
「あ、コラ、勝手に触るんじゃねぇサ、営業妨害、営業妨害サ! やめろこのでか乳狐! 無駄にぶよぶよ太りやがって、水風船ー…、イヤ、煮込み過ぎた雑煮の餅みてぇサ」
「なッ、なんですッてェ!? なんで今私の体型の話になるのよ関係ないじゃない! あなっ、貴女ッ、取り消しなさいよッ!」
「五キロぐらい肥えたサ?」
「キャーーーッ!!」
巫女が
巫女は顔を真っ赤にして「言われるほど増えてないもの!」「せいぜい三キロよ!」と反論しているが、行商はまるで話を聞いてはいない。
真横のたい焼き屋台で開店準備をしていた中年男性が、「またか」と呆れ顔で巫女の胸元を眺めている。
刀子が興味津々に二人の言い争いを観戦しているため、弐朗はそっとたい焼き屋台に近付き、「あのォ」と控え目に声を掛けた。
「たい焼きふたつー…、や、よっつください。えっと、あの人ら、止めたほうがいいんスか」
「おっと、いらっしゃい。ちょうど焼き始めたところや、すぐできるで待っとってな。ああ、ええ、ええ。ありゃいっつもやっとる。ほっといたらええ」
「いっつも」
「ウン。こっちの緑のネーチャンはたまにここで行商やるんやけどな。自分は月に数回見かける程度やなぁ。それ見付けたら、あの巫女さんいっつも寄ってきてワァワァ言うとる。仲ええんやろ。よっつ、一袋に入れてええんか?」
「はぁー…まぁ確かに。仲悪かったらそもそも寄ってこないスもんねぇ。あ、えーと。ふたつ、ひとつ、ひとつ、で、三袋にわけてもらえますか。友達の分なんで」
「それ俺の分もありますか」
弐朗が代金と引き換えにたい焼きを受け取っていれば、タイミングを見計らったかのように真横に虎之助が立ち、声を掛けてくる。
「先輩たち授与所に居ないんで探してたら、凄い悲鳴が聞こえたんで。何ごとかとー…何やってんですか、あれ」
遠慮なく手を差し出してくる虎之助に、これがお前の分だよ、と弐朗はふたつ入りの袋をそっと乗せてやる。残りの二袋が弐朗と刀子の分だ。
そして虎之助が視線を向けている巫女と行商の言い合いには、「気付いたらああなってた」と弐朗もわかっていない顔で返すことしかできないのだ。
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