15【招集】三

 鬼壱と安海から報告を受けた御大は「とりあえずわかった」といったん受け取り、代わりのように他区の使い手からの報告、市外、近隣府県の状況、目立つ使い手の動き等について情報共有してくる。


 こと、話が十九の件に及ぶと、御大は片手で額を押さえて渋々といった様子で「進捗しんちょく無し」を告げる。

 いつものことではあるが、この「進捗無し」を聞く度、情報網が発達した現代でもこれだけ情報が集まらないものかと鬼壱は不思議に思う。


 勿論、「使い手集合」「十九集まれ」のハッシュタグで全国各地の使い手が名乗りを挙げるといった絵空事は期待していないが、それにしてももう少し足を使わずにどうにかならないものかと思ってしまうのだ。正直面倒臭い。

 御大もまめに季節の葉書を送り、連絡先を辿り、近隣の使い手を頼り、と色々手を尽くしてはいるようだが、上手くいっていないのが現状だ。

 安海は十九とは無関係なため、適当に聞き流しながらスマホを弄り続けている。が、鬼壱とさわらにとっては他人事ではない。

 自分に鬼々切を押し付けてさっさと「他人事」にしてしまった父親には、呆れてものも言えない鬼壱だが、やる気がないのに惰性で関わり続けられるよりは余程ましだとも思う。

 結局のところ、父親には何も期待していないため言うべきことは何もないのだ。


「……お前らには迷惑を掛けるが、まぁ、これも使い手の務めだ。狂いだあやかしだなんてものを人目に触れさせるわけにはいかない。紅葉シーズンももうすぐ終わりだ。それまでもうひと踏ん張り、務めてくれな。少ないがまた包んどいたから、帰りに近谷こんやから受け取ってくれ。あと、きの字、手土産持って行くなら生八ツ橋あるぞ。必要なら近谷に言え。それじゃあお疲れさん。以上」


 御大は御簾の向こうでぱんっと大きく手を打って話を締めると、間を置かず立ち上がり襖を開けて廊下へ出て行く。

 以前は鬼壱たちが出て行くまで御簾の中で見送ることもあったが、自分がいつまでも大広間に残っていると皆出て行きづらいのだと気付いてからは、なるべく早く話を切り上げ、退出するようになった御大である。


 御大の足音が廊下の向こうに消えてから、鬼壱は斜め後ろで荷物を手に取り、帰ろうとしている安海に「なぁ」と声を掛けた。

 安海は特に言葉は返さず、首だけ傾げて鬼壱の言葉を待つ。

「ホントは何かあるんだろぉ。気になること」

 鬼壱が問えば、さわらが「そうなんですか?」と身体ごと安海に振り返る。

 安海はそんな二人に交互に視線をやってキョトンとした顔をしていたが、すぐに「別に大したことじゃないから言わなかっただけだし」と片手を振りながら話し始めた。

「知り合いがァ。あ、一般人のね。フツウのヒト。なんかドリムクで話題になってるハーピーに興味持っちゃって。俺も見たとか言い出してるから、チョットネ。天狗だとしたら、連れ去られても困るしぃ。ほら、天狗ってあれじゃん? 面倒臭いじゃん。だからどうしたもんかなって。それだけ」

 さわらが「はーぴーとは」と真顔で聞き返すのに対し、安海は「ハッピーの類語」と適当に返し、更にさわらの混乱を煽っている。

「使い手狩りの件でお山の方々にも色々聞いて回っちゃいるけど、あの人らじゃないんじゃねぇかな。絶対、とは言えねぇけど。今更「飛ぶ時は人目気を付けてくださいね」なんて言われなくても心得てるだろうし……」

「まぁ、ずっと昔から居るって話だし。でも実際、あのでっかい鳥みたいな奴、結構話題になってるじゃん? 誰でも簡単に高画質の動画撮れるようになって記録残り易くなったってのもあるかもだけどさぁ。あやかしの類いじゃないなら、鳥タイプの狂いとか? 見たことある?」

「自分で見たことはないけど、話なら聞いたことはある。羽生えてる奴」

「飛べんの?」

「どうだかなぁ」

 羽を生やした狂いの話から飛ばない鳥の話になり、ペンギンが鳥である話になったところで、さわらが「ペンギンは鳥なんですか」と爆弾発言を投下し、話題は大きく横道に逸れる。

 安海がトビウオやヒヨケザル、モモンガ、ムササビといった滑空する動物の名前を挙げて更にさわらを混乱させるのを眺めながら、鬼壱は「まぁ、そういうことでいいか」と自分の疑問に一段落をつけていた。


 知人がくだんの怪鳥に興味を示している。


 安海がそれを気にしているのは口ぶりからして間違いなく、何かを誤魔化そうと出任せを言っているようにも見えない。意図的に隠蔽するほどの内容とも思えないが、安海にとってはそれなりに比重の大きい問題なのかもしれない。


「きいちさん。蝙蝠こうもりは鳥ですか? 恐竜が鳥なら、蝙蝠も鳥ですよね?」

「鳥じゃねぇよぉ……」

「ではあれは一体」

「安海ぃ、お前適当なこと言ってさわら混乱させて遊ぶなって。哺乳類。蝙蝠は哺乳類」

「分類なんて既に存在してるものを人間が勝手に作った項目に振り分けてるだけじゃん。今は哺乳類ってことになってるけど、昔は鳥類だったってどっかで読んだことあるし、こっから先どうなるかわかんないよ? 俺らだって便宜上、人間ってことになってはいるけどさぁ。進化形狂い方はどう見たってバケモノでしょ」


 安海は言いながら立ち上がり、二人に向けて「今ならついでに円座持ってくけど」と順繰りに指先を向けてくる。

 さわらは「自分で持って行きます」と首を振ったが、鬼壱は面倒臭いため尻の下から円座を抜いて安海に手渡し、のろりと腰を上げて大きく伸びをした。

 安海は円座の山に近付きながら、蛇だって空飛ぶし、とさわらに話し掛け、それは嘘だとわかります、とキッパリ言い切られて笑っている。

 鬼壱はそれを聞きながら「飛ぶんだよなぁ。滑空だけど」と思いはしたものの、口を挟まず見守り、二人が戻ってくるのを待って一緒に大広間を出た。


 完全に日が暮れすっかり暗くなった玄関前の廊下に、薄い色の入ったサングラスを掛け、髪を後ろに撫でつけた男が一人立っている。男は三人に向けて深く頭を下げると「御大から預かっています」と封筒を差し出してきた。

 御大が言っていた「近谷こんや」なる人物だ。

 近谷は御大の車係や雑務をこなす使用人の一人であり、表向きは御大の持っている会社の一従業員ということになっている。暗がりに立たれると見過ごしそうになる程度には存在感が薄く、大人しい。

 鬼壱と安海は「頂きます」「ありがとうございまぁす」とそれぞれ封筒を手に取ったが、さわらだけは「よろしくお願いします」と頭を下げて男に封筒を預け、近谷も頷くとそのまま封筒を手元に戻した。

 さわらは単身島根から上京してきた世間知らずの田舎娘である。十九鬼神童鬼という合法幼女婆ロリババアを連れてはいるが、童鬼わわさんは電車の乗り方など教えてはくれない。

 故に、高校入試の段取りから移住の手続き、衣食住の確保、銀行口座開設に至るまで、身の回りの一切を近谷に任せ、管理して貰っているのだ。


「この後キーチたち東山方面行くんでしょ。徒歩? コンヤサン?」

「バスで行くつもりだけど」

「いえ、御大から車を出すように言われているので、使ってください。帰りも私が送ります」

「じゃあ行きだけでいいから俺も途中まで乗せてってくださぁい。四条らへんで降ろしてもらえればそれでいいんで」

「わかりました。では車を回しますので、前の通りでお待ちください」

 近谷は言うが早いか廊下の闇に溶けるように何処かへ行ってしまい、一緒に玄関を出ることはない。裏口か通用口から出て、表に車を回すのだろう。

 ワークブーツに足を突っ込んだ安海が真っ先に玄関を出、鬼壱がそれに続き、最後にさわらが玄関の引き戸を静かに閉める。


 さして広くはない苔した前庭を歩きつつ、鬼壱は安海のふわついた頭頂部の毛を眺めながら「犬なんて連れ去ってどうすんだろなぁ」と小さく独りごちた。

 安海は振り返ることもなく「そりゃってんでしょ」と極当然のように言うが、少し間をあけると「喰ってんのかも?」と付け足し、そこで鬼壱を振り返って言う。

「結果的には殺ってても、動機はなんだ、って話なら、そんなのやってる本人に聞いてみないとわかんないけどね。捕まえたら聞いといてあげる。っていうか、こっちの犬よか、そっちの使い手狩りのが「なんなんだ」ってカンジ。何が目的なんだか。そんなに使い手襲いたいんなら、キーチとかサワチャン襲えばいいのにねぇ。サワチャンなんか目立ちまくりなんだから」

「自分もそう思います」

 隠密ができていないことを皮肉られても、さわらは皮肉とは受け取らず真顔で安海に同意し、安海もまた、「どこ居てもサワチャンだーってわかるもんね」と更に皮肉を上乗せして返している。

 冷静な判断のできない狂い相手になら、さわらは有効な囮であり、役に立つ牧羊犬なのだが、どうも今回はそう上手くはいかないようだ。

 安海はいつさわらが気付くのか度胸試しのように皮肉を重ねて遊んでいる。しかし言葉の裏など読まないさわらがそれに気付くことはない。最終的には安海が「ゴメンネ?」と機嫌を窺うように謝罪し、さわらは何に謝られたのかもわからず怪訝な顔をしているのだ。


 そんな二人を後ろから眺めつつ、鬼壱は「気楽なもんだ」と軽く息を吐く。


 今からあの押しの強い中部の豪傑に、自分たちですら把握できていない騒動について事細かに説明しないといけないのだ。それを思うとー…鬼壱は胃のあたりが重くなるのを感じ、知らず知らずの内に溜息を重ねてしまうのであった。

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